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スーサイドクリフ ~この大空と大海原に馳せる想い~

北マリアナ諸島・テニアン特集も今回が最後です。
(1) テニアンのチュルビーチは白い砂の砂浜がとても美しいビーチです。 (Pentax MZ-3,PentaxSMCP-A28mmF2.8,FUJI RDPⅢ)
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(2) テニアンに米軍が上陸作戦を展開したのは、このビーチからでした。そしてここに米軍を迎え撃ったときの日本軍のトーチカが残されています。数多くの弾痕跡が戦争の傷跡を感じさせます。
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(3) フレミングレストラン
ツアーが終わり、フレミングレストランで昼食。悲しい歴史を学び、あまり食欲がわかなかったことを覚えています。
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「M&F HOTEL」の名前にあるとおり、ここは名鉄の資本が入っていた時代があり、名鉄フレミングホテルのレストランでもありました。今は名鉄が撤退しており、内部も改装されたり、併設されていたショップがなくなったりと時々刻々と変わっているようです。
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(4) ここのレストランには前日の夜も来ていました。この頃レストランで取り組んでいた鉄板焼き。シェフが慎重に一生懸命調理している姿が印象的でした。 (SONY Cyber-shotU30)
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(5) ツアーの後、シェフがホテルまで送っていってくれたのですが、前日に会っていたご縁もあってか、送りがてらいろいろ案内してくれました。パパイヤと一緒に。いい笑顔です。
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(6) テニアン島の南端のカロリナス大地は、米軍に占領された後、日本軍が最後の防衛線を張った場所です。ホテルの近くということでシェフが好意で寄ってくれたのだと思いますが、この場所がこの旅でいちばん印象に残りました。 (Pentax MZ-3,PentaxSMCP-A28mmF2.8,FUJI RDPⅢ)
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(7) スーサイドクリフ
  米軍に追い詰められた日本人は、最後の最後、ここの断崖絶壁から身を投じたそうです。テニアンの浅瀬のビーチの水色と違って、断崖絶壁になっている分、ここの海は深く紺碧の色をしています。
鮮やかな青い空と深い紺碧の美しい海が、そんな悲しい歴史とあまりにも対照的で非常に印象に残ります。私たちを案内してくれたシェフの方も祈りを捧げてくれました。
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(8) 沖縄の塔
   テニアン町だった頃は、サトウキビ生産が盛んだったので沖縄県の方が多数移住しており、テニアン玉砕のために沖縄県から移住していた方が多数亡くなりました。沖縄の塔が建てられています。
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写真右は徳島県有志の方が建立した慰霊碑です。
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(7) 鎮魂不戦の碑
  テニアン町だった頃、テニアンに在住していた日本人の方々によって建立されたものだそうです。
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(8) 鳥居の慰霊碑
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鳥居の脇に碑文があります。ここに全文を記載したいと思います。

「碑文」
この大空と大海原に馳せる想い
~日本からこの地を訪れたすべての人々へ~

あなたの純真な心に純粋に美しく映える
この見渡す限りの大空と大海原が、
ひととき悲しみに曇り涙に霞んだ真実を忘れること無く
後世に伝えて欲しいと願います・・・

大東亜戦争当時、
日本を遠く離れこの島を含め南洋の多くの島々で
戦没された軍人兵士『英霊』や、
運命を共にされた当時の在留邦人の多くは、
国家防衛と国民平安の為に尽くされ、
祖国の永続と民族の永遠とをひたすらに願い、
尊い命を捧げられました

激戦の果てに行き場を失い日本民族の誇りに懸けて、
この断崖から紺碧の海に我が子と共に身を投げることなど、
我々には想像もし難い事実であります

平和な次代を残す為に
日本人としての生き方を示し遺された先人達に
感謝の心と敬慕の念を以ってお報いする為、
慰霊の誠を捧げていただければと存じます

散華された『英霊』と戦没者の御霊は、
祖国に帰り靖國神社にお祀りされております

そして幸せに元気よく今の世を生きている
『あなた』を見守っていて下さいます

帰国後は、この島のこの場所であなたが感じた
見渡す限りの大空と大海原の美しさを、
靖國に鎮まる御霊にあなたらしく伝えていただければと願います
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(10) 旅を終えて ~歴史から学ぶこと~
テニアンの海はとても美しいです。まさに南洋の宝石と呼びたくなるほど。
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テニアンは私たち日本人には悲しい歴史を持っています。
グアムの時も思ったことですが、それでも私はこの海の美しさを伝えたいと思いました。
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私たちには辛い歴史のある場所ですが、百聞は一見にしかずでもあります。
歴史は往々にして風化していってしまうものですが、忘れてはいけない歴史もあるのだと思います。
私たちはここに旅行して良かったと思っています。
ただ美しいだけではなく、日本との深い、そして悲しい歴史のある島でした。
南洋の宝石と呼びたい美しい海。そして悲しい歴史とあまりに対照的な断崖絶壁からの紺碧の藍色。。。

短い旅でしたが多くの出会いがありました。日本人のガイドさんやダイビング会社の方だけでなく、チャモロ人の方との触れあいもありました。
ここを訪れた当時、私たちはまだ若く、まだまだ見ていない場所も多くあるので、いつかまたこの場所を訪れることが出来たらと思っています。

テニアン特集を終わります。

2006.4.6~9 北マリアナ諸島 テニアンにて
SONY Cyber-shotU30
PENTAX MZ-3
PENTAX SMCP-A28mmF2.8
FUJIFILM RDPⅢ
Canon CanoScan9000F
by bjiman | 2013-01-23 01:57 | テニアン日記 | Comments(0)

テニアン町だった頃 ~歴史を風化させないために~

テニアン島の歴史は戦争によって翻弄され続けた歴史でもあります。
この地域の歴史は古代チャモロ人によって始まりますが、グアムなどと同じくスペインによって支配されます。現在の名前「北マリアナ諸島」の「マリアナ」もそもそもはスペインの王女・マリア・アナに因むというのだから歴史というのは皮肉なものだと思います。スペインが米国との米西戦争に敗れるとスペインはテニアンの支配権をドイツに「売却」。第一次世界大戦でドイツが敗れるとテニアンの統治権は日本に移り、国連によって委任統治領となりました。日本は南洋庁サイパン支局テニアン出張所を設けました。そのテニアン出張所がタガハウスを説明するために昭和13年に建てた石碑が今でも残っています。この近くには日本人慰霊碑があります。
(タガハウスを説明する石碑。テニアン在住の日本人ガイドの方の説明を聞きながら。)(Pentax MZ-3,PentaxSMCP-A28mmF2.8,FUJI RDPⅢ)
石碑には、タガハウスの石柱の説明や、この周囲を「テニアン町美化委員会」で掘ったり基礎固めをしたりして整えた事、その際、土化した人骨を発掘したので周囲に埋葬した事等が記載されています。テニアン町美化委員会といったあたりが日本人的だなと思いました。
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(タガハウスとその周囲)
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(2) テニアン町だった頃は、大規模なサトウキビ生産が行われ大きな製糖工場やその運搬のための鉄道などが敷設されるなど小さいながらも整った街に整備されていきましたが、太平洋戦争によってテニアン町は大きく破壊されました。街中にはそんな戦争の傷跡が今でも生々しく残されています。
(街中にそのまま残されている飛行機のエンジンとプロペラ。建物は水産組合事務所跡。弾痕が生々しく残っています。)
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(3) 旧日本海軍通信所跡
   激しい攻撃の後が残り、戦争の激しさを生々しく現代に伝えています。
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(4) 鳥居
   破壊を免れた鳥居がぽつんと立っています。
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(5) 原爆搭載地跡
    テニアンの日本軍飛行場は米軍の占領後、大規模なB29用の基地に拡張され、日本への空襲が行われました。またこの場所は広島に落とされた原爆(リトルボーイ)や長崎に落とされた原爆(ファットマン)がB29に搭載された場所でもあり、その搭載地点はこのようにガラスケースで覆われて内部が見られるようになっています。当初は土で埋め戻し、椰子の木などを植えたそうですが、特に広島型(リトルボーイ)を搭載した地点の方は椰子の木が枯れてしまうなど育たなかったそうです。ここで原爆がB29エノラ・ゲイに搭載されたのかと思うと、私たち日本人には正視に耐えない場所ですが、しかし、悲劇ではあっても知らない事の方が罪深い事のように思うので、しっかり見ました。ピットは広島型・長崎型搭載地点の2カ所がありますが写真という気持ちにはなれずこれ1枚しか撮りませんでした。
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(6) 日本軍航空隊司令部庁舎跡
    玉砕の戦闘が行われた場所。激しい戦闘がリアルに感じられ、写真を撮る気分にもなれませんが忘れないために1枚だけ撮りました。
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(7) オールドビジレッジ
   日本人捕虜の収容場所があったところ。かまぼこ型の宿舎が残っています。テニアンは終戦後、ヤップ島からチャモロ人が移住しましたが、その際にこの場所が使われたので古い町という意味でオールドビレッジと呼ばれているのだそうです。
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今日は時間になってしまいました。
続きはまた明日。

2006.4.8 北マリアナ諸島 テニアンにて
PENTAX MZ-3
PENTAX SMCP-A28mmF2.8
FUJIFILM RDPⅢ
Canon CanoScan9000F
by bjiman | 2013-01-21 01:47 | テニアン日記 | Comments(0)

テニアン島を知る

テニアン島は、アメリカ自治領のミクロネシアのサイパンやロタ島と並ぶ北マリアナ諸島のひとつ。
古代はチャモロ人が自給自足の生活を送っていたと考えられています。

(1)そんな古代チャモロ人の歴史を代表するものが、このラッテストーン。 (Pentax MZ-3/Pentax SMCP-A28mmF2.8/RDPⅢ,以下同じです。)
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高さは4mほどもある石柱です。グアムやサイパンにもあり、北マリアナ諸島の旗にも使われるなど古代チャモロ文化を象徴するものです。
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(2) タガ・ハウスと呼ばれるこの場所には、古代チャモロ人の時代、古代スンハロン村の指導者・タガが住んでいたと考えられています。このラッテストーンは家を支える柱だったとの説や墓石だったのではとの説もありますが古代チャモロ人が滅亡したため分からないままです。この石柱はこの場所を伝える最も古い絵によると12体あった事が分かっていますが現在こうして立っているのは1体のみです。約3500年前のものと考えられています。ラッテストーンはタガストーンとも呼ばれており、まさにここがその象徴ともいえる場所ですね。
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ちなみに下の写真は、グアム島に行った時に撮ったラッテストーン公園のラッテストーン。テニアンのものよりだいぶ小ぶりですが、上のタガハウスのラッテストーンもこれと同じような配置になっていたことが記録の絵で確認できています。確かに高床式住居の足のようにも見えますね。
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(3) そのタガ王朝時代、タガ王専用の水浴び場とも言われるビーチ。こじんまりしていますが、とても美しいビーチです。
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美しいテニアンブルーを鑑賞できます。
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このように整備されています。
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テニアンブル-を感じていただけると嬉しいです。
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(4) こちらはデジタルのサイバーショットで撮ったもの。デジタルとフィルムの違いで色合いも違います。 (SONY Cyber-shot U50)
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翌日にもここを見学に行きました。この時は子どもたちが楽しそうに遊んでいました。
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洞窟探検かな。
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(5) ブローホール
 テニアン観光ポイントのひとつ。潮吹きの高さは10mにもなることがあるそうです。
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今日は日本ゆかりの場所まで取り上げられませんでした。
次回に続きます。

2006.4.6~7 北マリアナ諸島 テニアンにて
SONY Cyber-shotU30,U50
PENTAX MZ-3
PENTAX SMCP-A28mmF2.8
FUJIFILM RDPⅢ
Canon CanoScan9000F
by bjiman | 2013-01-17 05:00 | テニアン日記 | Comments(0)

テニアン日記(2006年4月の南洋見学)

今日、1月14日の関東地方は大雪。こんな日は南洋の常夏の色を感じたい。
たまっているフィルムスキャンもこんな時でないとなかなか整理もできないし、、、ということで。
今日は2006年4月6日~9日に旅した南洋の島・テニアン島の思い出を。

(1) テニアン島といえば南洋の美しい白浜とテニアンブル-といわれる海 その象徴のひとつ「タガビーチ」  (2006年4月8日 Pentax MZ-3/Pentax SMC-A28mmF2.8/FUJI RDPⅢ)
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(2) 日本からの直行便はないテニアン。サイパン経由で行きます。この写真はたぶんサイパンの飛行場と、飛行場からバスに乗ったところ。テニアンはサイパンから5kmほどの距離で、私たちが旅した頃はプロペラ飛行機と高速船が選べて私たちは高速船で行きました。高速船は現在は運休中で、現在のアクセスはプロペラ機の国内線のみのようです。でも飛行時間は10分で、コミューターのように飛んでいます。 (2006年4月6日、SONY Cyber-shot 上DSC-U50、下DSC-U30、以後DSC-U30。一部画像修正)
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(3) 宿泊したホテルは、テニアン島唯一のリゾートホテル・テニアンダイナスティホテル。(Tinian Dynasty Hotel&Casino)。このホテルは現在も営業していると思います。日本語のホームページもあり、予約もできるようです。香港系資本のホテルですが、日本人のツアーデスクもあるのでチェックインなど私たちの時は特に不自由しませんでした。私たちの頃はターシツアーズというサイパンの会社でしたが、HPの情報などによるとターシは撤退し、その後、日本人の方がMKツアーズという会社を起業してツアーデスクの運営を継続しているようです。
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ブレブレですが、室内写真です。
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最初の夜はホテルの中華レストラン(ダイナスティコート)で、私たちが行った時は、日本語のコースメニューは高価だったので英語メニューでバラバラに注文しました。高級な感じで、味は良かったです。今ホームページでチェックする限りは、他に日本料理店やブッフェなどもあります。私たちは朝食はホテル内のカジノにあるカジノカフェでハンバーガーを(これは肉の焼き方も聞いてくれる本格的な感じで味も良かったと記憶してます。)、最後の夜はピザ(モンスターピザパブというお店)でピザを食べました。ホームページを見る限り現在もあるようです。
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(4) 翌朝、4月7日の朝は快晴。ホテルのプールを眼下に眺め、その先にあるビーチの青が眩しい。(2006年4月7日 Pentax MZ-3/Pentax SMC-A28mmF2.8/FUJI RDPⅢ)
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(5) ホテル前のタチョンガビーチにて。これがテニアンの白い砂浜。 (SONY Cyber-shotU50、以後同じです。)
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(6) テニアンはサイパンからごく近くですが、ずっと人が少ないです。あまり混んでいないビーチでのんびり遊ぶ人を眺めながら、ベンチに横になってのんびりと。
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(7) タチョンガビーチでは、BIG BOYZ Ⅱ MARINE というアクティビティの会社がビーチを運営していました。ここは当時は日本人スタッフもいて安心して利用できました。閉鎖した、再開したとの情報があったので実際に利用する際はホテルに確認が必要だと思いますが、とりあえずホームページは現在でも日本語ページがありました。
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ここの売りはバナナボートでちょっと沖まで出てウミガメをシュノーケルで見るウミガメツアー。私たちも参加しましたが、とてもキレイな海とウミガメを楽しみました。2006年当時はこんな看板も出ていてわかりやすかったです。(2006年の写真ですので運営や料金はお問い合わせください。)
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(8) カメラをもってちょっとお散歩。
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サンタンカのような赤いお花やハイビスカスなどのリゾートらしい雰囲気のお花たち。
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テニアンは比較的気軽にアクセスできる距離でありながら、マイナーなリゾートでもあるので、個性的な旅がしたい方には興味深いかもしれません。
何よりここはかつて日本が統治していた歴史があるゆかりの深い島です。
明日はそんな歴史を振り返ってみたいと思います。

2006.4.6~7 北マリアナ諸島 テニアンにて
SONY Cyber-shotU30,U50
PENTAX MZ-3
PENTAX SMCP-A28mmF2.8
FUJIFILM RDPⅢ
Canon CanoScan9000F
by bjiman | 2013-01-14 18:34 | テニアン日記 | Comments(4)

思い出の百合が原公園 ムスカリの頃 (GA645日記)

2007年4月、札幌に引っ越すことになったとき、写真を気兼ねなくたくさん撮りたいと初めてデジタル一眼レフ(Pentax *ist-DS)の中古を銀座の中古カメラ店で購入して持って行きましたが、それまでは中判フィルムのFUJIFILM GA645Wをメイン機種として使っていましたので、札幌でも当初はフィルムとの併用でした。そんな当時の写真のうち、まだスキャンしていなかったもののいくつかを取り上げたいと思います。最初は、2007年5月20日。札幌市北区にある「百合が原公園 ムスカリの頃」です。

(1) 百合が原公園は名前のとおりユリが素晴らしい公園ですが、5月のムスカリとチューリップの頃も素敵です。 (FUJIFILM GA645W,SuperEBC FUJINON45mmF4,RVP100。以後同じです。)
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(2) ムスカリのムラサキとチューリップの赤のコントラストがきれい。
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(3) 百合が原公園は自転車が似合う公園です。
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 次は一緒に持って行った35mmフィルムから。
(3) 1本の木と青空と黄色いお花。幸せの5月 (Pentax MZ-3,PentaxFA28-105mm,FUJI FORTIA。以後同じです。)
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(4) 2007年5月20日 この頃、札幌は八重桜が楽しめる頃
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(5) サイロの上から真下を覗くと、ムスカリの紫とチューリップのかわいいコントラスト。絵本みたい。
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(6) 園内に走るリリー・トレインにも乗りました。楽しかったなぁ。FUJIFILMのFORTIAは彩度の相当高い、ちょっと特殊な発色をするフィルムでした。
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百合が原公園のムスカリについては、昨年、2008年にデジタルのPentax K10Dで撮影した写真も掲載しています。2008年にデジタルで撮ったムスカリはこちらです。 
今見ると、K10Dのスタンダードな発色に好感を持ちます。こちらの方が良く撮れているような気も(汗)。シグマの18-50mmはシャープなレンズでしたね。

2007年5月20日 札幌市北区 百合が原公園にて
FUJIFILM GA645W,SuperEBC FUJINON45mmF4
FUJIFILM RVP100(Velvia)
Pentax MZ-3
Pentax SMC-P FA28-105mm
FUJIFILM FORTIA
Canon Canoscan9000Fでフィルムスキャン
AdobePhotoshopElements8 でレタッチ
by bjiman | 2011-06-03 07:33 | 札幌日記(百合が原公園) | Comments(2)

イタリアでの素敵な小型車たち(レッチェ編)

南のフィレンツェと呼ばれるレッチェは、プーリア州レッチェ県の首都。道を走るクルマにもどことなく華やかさが感じられました。今日は、イタリアでの素敵な小型車たち(レッチェ編)です。

(1) 古都・レッチェの街並 (Pentax MZ-3,SMCP-A28mmF2.8/Fuji Fortia)
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(2) 歴史ある街の景観に、モダンなデザインのVolvoの姿が妙にマッチしていました。(おっとタイトルが「小型車」なのに、これはちょっと違いましたね(笑))
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(3) アルファ145。 この角張った前衛的なデザインが、なぜかこの古風な景観の中で雰囲気があります。アルファの中世国家的な紋章をいただいたフロントグリルが雰囲気にあっているせいでしょうか。
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(4) フィアット・プント。小型車でも雰囲気ある落ち着いた佇まいです。
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(5) ランチア・ムーサ。フィアットイデアと同じ基本デザインながらランチアブランドらしく贅沢なレザーの内装を与えられた、コンパクトでも上級な1台。「ムーサ」はギリシャ神話に登場するゼウスの9人の娘で、それぞれが芸術に寄り添う女神。ムーサからは、musicやmuseumといった言葉が派生しました。
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(6) なによりここレッチェでは、嬉しいくらい、私が大好きなランチア・イプシロンが見られました。
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   イプシロンは、ギリシャ文字の「Y」に因みます。
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ランチアでは伝統的にガンマやベータ、デルタなどギリシャ文字を車名に用いるケースが多くイプシロンもその例に倣ったものですが、ギリシアと関係の深いここレッチェの街にとてもよくフィットしている気がしました。
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  まるで全てがデザインされた絵のようなパーキング姿のイプシロン。すべてが一枚の絵のようにデザインの中に溶け込んでいます。
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  これは現行型の2代目・イプシロン。グレーの外装にクリーム色に近いベージュのレザー内装のお洒落な1台。(Sony CyberShotU30)
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(7) こちらはまた凄い旧車の高級なランチア。おそらく戦前のものでしょう。
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(8) シトロエンx'sara picassoのタクシー。シトロエンファンの私には堪らない1台。
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(9) FORD kaのかわいい後ろ姿。こんな凄い縦列駐車には、小回りの効く小型車が欠かせないですね。(SonyCyberShot U30)
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(10) すべてがデザインされた、どこを撮っても絵になる、そんな雰囲気がありました。
   イタリア国民に愛された大衆車・フィアットチンクェチェント。
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(11) こんな街で、いつまでも写真を撮っていたくなりました。
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   お洒落なレストランで休憩しましょうか、なんて(笑)(Sony CyberShotU30)
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 この後、レッチェでは、地元スーパーで楽しい食材の買い物をしました。レッチェ滞在も、あと僅かです。

 2005.9.15 レッチェにて
 Pentax MZ-3
 Pentax SMCP-A28mmF2.8
 Fujifilm Fortia
 CanonCanoScan9000Fでフィルムスキャン
 Sony CyberShotU30
by bjiman | 2011-03-06 02:12 | イタリア日記 | Comments(2)

レッチェ ~南のフィレンツェで愉しむバロック建築~

デジタルカメラが隆盛してきた2004年頃、富士フイルムが限定発売したFORTIAというリバーサルフィルムがありました。デジタル画像を意識したような相当派手な色合いで、撮影対象を選ぶ特殊用途という雰囲気でしたが、時代の趨勢がデジカメに移行する中での一つの模索だったのかもしれません。そんなFORTIAの派手な発色で中世の街、レッチェを撮影してみました。

(1) レッチェは、バロック様式の建築で有名ですが、なんといっても凄いのが、このサンタ・クローチェ聖堂です。1353年に建築が始まって、完成したのが1695年という壮大な建築物で、レッチェのバロック建築の中で最高のものだとか。動物や人身像に支えられて飛び出したバルコニーの装飾に時代の凄みが感じられます。(Pentax MZ-3,SMCP-A28mmF2.8/FUJI Fortia)
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(2) ドゥオモ広場
  旧レッチェ市街地の中心地にあって、有名な建築物が集まる広場。イタリアで最も美しい広場の一つだそうです。
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(3) ドゥオモ
  このドゥオモは1670年頃の建築だそうで、建物の上部部分が一種の凱旋門のようなデザインになっています。
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   鐘楼は五層構造だそうです。
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(4) サントロンツォ広場には、町の守護聖人であるサントロンツォの像をあしらった円柱がそびえ立っています。
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(5) 円形闘技場
  サントロンツォ広場の近くにあり、ローマ時代のものだそうで、建築年台は2世紀頃とのこと。同種の建築の中で最も保存状態が良いそうです。ただし、この建物の上に数世紀にわたって別の建築物が建てられていたため、闘技場部分は地中に埋まっています。
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(6) 凱旋門
  別名ナポリ門ともいわれる凱旋門。中央に王の紋章が入っているそうです。
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  これも鷲のような鳥のデザイン、あるいは神話の中の神々のような姿があしらわれています。
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(7) 有名な建築物ばかりでなく、レッチェの街は、街中に中世的なデザイン、ディティールが満ち溢れていて、まるで神話の世界に迷い込んだようです。
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   ドゥオモ広場で。fortiaの強烈な色彩が青空を鮮やかに写してくれました。
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(8) レッチェはとても整然とした印象で、時空を飛び越えて、中世の時代にワープしたような雰囲気を味わえ、印象深い街でした。この旅行を決めるとき、代理店の方に「レッチェはいいですよ~。ギリシャみたいな雰囲気が味わえます」と言われていたため、今度はギリシャに行きたいな、と思わせられた街でした。
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  2005.9.15 レッチェにて
  Pentax MZ-3
  Pentax SMCP-A28mmF2.8
  Fujifilm Fortia
  Canon CanoScan9000Fにてフィルムスキャン(1600dpi)
by bjiman | 2011-03-04 20:39 | イタリア日記 | Comments(4)

アルベロベッロ散策 イタリアでのかわいい小型車たち

トゥルッリ観光の後、アルベロベッロの街中を少し散策しました。
(1) 立派なドゥオモ (Pentax MZ-3,SMCP-A28mmF2.8/FUJI RVP100F)
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(2) 街中の市警察
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(3) 相当にレアなフィアットには、思わず見入ります。
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(4) 朝市が開かれていました。
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(5) イタリアを代表する新旧大衆車のフィアット。左がチンクエチェント(500)で右が現代の大衆車・ムルティプラ。こうして見ると、イタリアのベーシックカーもずいぶん大きくなったものです。
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(6) でもやっぱり狭いイタリアの小都市には、小型車が似合います。左がフィアットのブラーバ、右がフランス・ルノーのベーシックカーのトゥインゴ。
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(7) こちらは小型車でもちょっと高級なランチアブランドのベーシックカー・イプシロン。薄い水色がラグジュアリーなイメージのランチアに良く似合っています。
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イタリアやフランスの小型車が大好きな私は、街中でクルマウォッチングをするのを楽しみにしていました。今夜はその続きをまとめてみたいと思います。

2005.9.15 アルベロベッロにて
 PENTAX MZ-3
 PENTAX SMCP-A28mmF2.8
 FUJIFILM RVP100F
by bjiman | 2011-03-02 07:34 | イタリア日記 | Comments(0)

アルベロベッロ・後編~世界遺産・トゥルッリの成り立ち~

トゥルッリの石を積み上げたとんがり屋根はとても不思議な外観です。このような街並みが成立した背景には、当時の国家体制と税制があります。
(1) 15世紀後半、ナポリ王の時代。アルベロベッロの領主は、土地を開拓するために周囲の農民を多く移住させましたが、石だらけの街で、農民達は貧しい家しかなく、石づくりのきちんとした家の建築を領主に要望し、領主もこれを叶えることにしました。 (Pentax MZ-3,SMCP-A28mmF2.8/Fuji RVP100F)
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(2) しかし王国時代の話、国の許可無く国の領地内に家を建築すること禁じられており、また、家の数によってその土地の領主から取る課税額が決められていたため、課税額の増額を嫌ったアルベロベッロ領主は、「国の検査官が来た時にすぐに取り壊せる家」の建築を命じました。
そこでモルタルなどの接着剤を使わず、石を積み重ねただけの「とんがり屋根の家」が考え出されたのだそうです。
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(3) 農民達は、国の検査官が来そうな気配があったら直ちに屋根を壊し、領主が「これは家ではない」と検査官に主張できるよう、他の土地に逃げて暮らすという不安定な暮らしを強いられたとか。
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(4) しかしそんな不安定な暮らしは続かず、農民達の国王への直訴によって領主が追放、国の直轄地となって安定を取り戻した農民達は、「自由の象徴」としてモルタルを使い始めたため、今では、とんがり屋根をモルタルで修繕したトゥルッリも見ることが出来ます。
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(5) かつて貧困に苦しんだ街の象徴としてのトゥルッリも、世界遺産として登録された今は、こうしたお土産物屋などにも利用され、「現代のおとぎの国」として観光客に親しまれるようになった事は、とてもいい話だなと思います。
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こんなかわいいとんがり屋根のアルベロベッロの街。オススメのスポットです。
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(6) チンクェチェント
  永くイタリア国民の生活を支えたベーシックカー、「フィアット・チンクェチェント」(排気量の500ccの意)。この街の長い歴史とともに暮らしてきた時の重みを感じさせてくれます。
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  2005.9.14 アルベロベッロにて
  Pentax MZ-3
  Pentax SMCP-A28mmF2.8
  Fujifilm RVP100F
by bjiman | 2011-03-01 01:33 | イタリア日記 | Comments(6)

世界遺産・トゥルッリの立ち並ぶおとぎの国へ~アルベロベッロ・前編~

マテーラ観光の後、奇岩の家「トゥルッリ」が立ち並ぶアルベロベッロへ移動します。アルベロベッロ到着は夕方、ちょっと出歩いただけで夜になってしまいました。観光は明日です。
(1) アルベロベッロの街で。 (Pentax MZ-3,SMCP-A28mmF2.8/FujiRVP100F)
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(2) 夕食はASTORIAというかわいいホテルで。これは、プーリア州名物「オレキエッテ(耳たぶ型のパスタ)」です。
  (Sony CyberShot U50)
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  メインのタコ料理は、左のタコツボから取り出すのです。ちょっと迫力がありました。
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(3) 翌朝、2005年9月15日。お天気は快晴。午前中は、まず神秘の鍾乳洞・カステッラーナ・グロッテを観光しました。(写真左奥に洞窟がありますが、洞窟内の写真は撮り忘れました。)
(Pentax MZ-3,SMCP-A28mmF2.8/FujiRVP100F)
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(4) カステッラーナ・グロッテ観光の後、アルベロベッロの街を散策しました。出かけましょう。
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   アルベロベッロのトゥルッリも世界遺産ですが、トゥルッリとは、、、なんだかとんがり屋根の家がたくさん見えてきましたね。
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(5) トゥルッリは、平らな石を何層にも積み重ねてとんがり屋根を作った家です。
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(6) とんがり屋根の家は、白い壁と相まってとてもかわいらしく、おとぎの国に舞い込んだかのようです。(Sony CyberShot U50)
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(7) マテーラのサッシが洞窟の石を削って住居にしたのに対し、トゥルッリは、石を積み重ねて家にしている、、、なんだか逆のアプローチですが、どちらも石がふんだんにあり、石と密接に生活してきた歴史が感じられます。
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 ではなぜこのような街が、、、というところまでは書く時間がなくなりました。フィルムスキャンの続きとともに、また明日に続きます。

 2005.9.15 アルベロベッロにて
 Pentax MZ-3
 Pentax SMCP-A28mmF2.8
 fujifilm RVP-100F
 CanonCanoScanにてフィルムスキャン
 Sony CyberShot U50 
by bjiman | 2011-02-28 01:49 | イタリア日記 | Comments(4)