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レクサスIS 300h 燃費や使い勝手

LEXUS・IS300hに乗り換えて半年。非常にいいクルマだなというのが感想です。
簡単ですが、こんなにいいクルマに乗ったことないなぁと思いながら乗っています。
ボディがコンパクト。横幅は1810mmですが、最近の駐車場は幅が大きく引き直されたものが多く、大抵の駐車スペースで横幅も余裕だし、前後はもともと全長が4,680mmと5ナンバーサイズ以下なので余裕しゃくしゃくです。
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回転半径も5.2mに過ぎず、HS250h(5.6m)よりも40cm短くなったので、Uターンなどがしやすく、FRはいいなぁと思わされます。エンジンをスタートして動き出し、アクセルをグッと踏んだときのロケットスタート感が非常にいい感じです。HSの晩年ではボディの捩れ感があったのですが、剛性感に溢れたボディがクルマ全体のしっかり感を感じさせて走りが楽しく感じます。
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燃費はどうかというと、ここまで半年乗ってきた中での平均燃費は14.9km/ℓです。
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HSの頃は最初の半年の燃費が安定しませんでしたが、2年目になると普通に安定し、5年間通算で16km/ℓとなりました。HS時代はディーラーさんの助言に従って、最初の半年はノーマル、半年経ってからはずっとエコモードで走っていた事も良い成績で終われた要因だと思いますが、ISでは走りを楽しみたいということもあって、高速道路ではスポーツモードも使っています。それでも燃費的にはとても安定していると思っています。2月の走行実績を見ていただくと分かりやすいのですが、12km/ℓ前後のパターンと15km/ℓ前後の2パターンしかないことが分かると思います。12km/ℓ前後は、近所のゴルフ練習場を往復している時で、その他の温泉施設とかショートコース練習場とか、ちょっと距離を走っている場合は15km/ℓ前後まで伸びているのがおわかりいただけると思います。
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高速道路があろうがなかろうが、距離を走ればノーマルモードでも15km程度は普通に走ると考えて大丈夫そう。燃費には厳しい雪が降るほどの寒い時期でこうですから、3月以降、エアコンの厳しくなる夏までの燃費はもう大丈夫でしょう。安心して低燃費を楽しめるスポーツセダンです。ガソリンはレギュラー仕様ですしね。
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多くのメディアで紹介されているのでご存じの方も多いと思いますが、レクサスのスポーツグレード「F SPORT」にはいくつかの専用装備があります。
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その一つがリングごと動くメーター。スーパースポーツのレクサスLFAで採用されたものを基本にしています。パネル全体を液晶にして、パネル上を実際のリングが平行移動することでメーターそのものが動いているように見えるというギミック的な作りですが機能的にも様々な表示をすることができて優れています。
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私が好きなのはナビ画面。センターコンソールのナビは視線移動があるのであまり見ませんがメーターパネル上のこれは方向と、次に何キロ先に左右どちらに曲がるのかの表示がされて、シンプルな表示が運転する上ではとても分かりやすく実用的だと思いました。
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コンソールのスイッチ類もレクサスのレイアウトに慣れると、どの車種も大体同じイメージで統一されているため、車種を乗り換えても戸惑うことが少ないだろうと思います。
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次回は最初の半年のまとめを書いてみたいと思います。

by bjiman | 2019-03-04 02:15 | CAR | Comments(0)

レクサスIS 300h 初回6ヶ月点検

愛車をレクサスIS300hに変えてから半年。初回6ヶ月点検を終えたところです。
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HS250hに5年間乗ってこれといって不満はありませんでしたし、最後までクルマはピカピカでした。敢えて言えば少し車体がへたってきたかなとの感触はあり、剛性感を欲しいなという思いがありました。ただレクサスに5年間乗ってきた身として、レクサス以外の車種にすることは殆ど考えていませんでしたので、そうなるとコンパクトな車体ということではIS以外の選択肢はありません。実質1ヶ月も掛からず商談がまとまり、我が家にIS300h・Fsportがやってきました。
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今度の選択にあたってはCPO(認定中古車)から選ぶということもかなり早い段階で決めていました。無論予算が主な理由ではありますが、この先のライフスタイルも考えた上のことで、クルマのサイズは自分の年代によって変わっていくと思うし、ある程度リアシートが使えて、かつハンドリングも楽しめるクルマと考えると自ずと選択肢は限られます。自動車の電動化やモビリティ全体のクリーン化、自動化を考えると、後輪駆動ならではのグッドハンドリングを持ったスポーツセダンを楽しむ時間が限られたものであるのは明らかです。このため、新車価格は高価でも今ならCPOで素晴らしい状態で楽しめるISは殆ど唯一の選択でした。
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色は銀、内装は赤というのは妻の好みで決めたものです。HSの白のボディカラーとクリーム色の内装は私の好みをお願いしたものだったので、今回は妻の好みに拘って探しました。でもあっという間に見つかり、かつ近くのディーラー展示車だったので十分見て決めることが出来ました。これも幸運だったと思います。
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内装が赤なのは、レクサスの中でもスポーティな仕様であるFスポーツに限られます。中でもスポーツセダンであるISのFスポーツは、レクサスを代表するバリバリのスポーツ仕様なので乗り心地や使い勝手の面での心配もありましたが、自動車専門誌でISが発売当初、6ヶ月間の長期リポートで、まさにこのFスポーツの300hの試乗記があり、標準モデルよりもむしろ可変ダンパーのついているFスポーツの方が乗り心地が良いという記事を読んでいたこと、ディーラーで試乗したクーペのRC300hのFスポーツを試乗させてもらったら抜群の乗り心地とグッドハンドリングで学生時代からスープラが好きだった妻ともども魅了されたので安心して決めました。
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フロントのスポーツシートは座り心地が良く、サイドサポートがしっかりしているので安心して乗ることができます。助手席の妻の評判も上々。色も赤で一見派手なように見えますが落ち着いた色でもあり、親からもいい色だといってもらえて安心しました。
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自動車のレイアウトとしてエンジン縦置きFR車の良さは運転席まわり。エアロのために傾斜したフロントウインドウとコンパクト化を重視したFF横置き車はハンドルからフロントウインドウの窓枠が長い場合が多く、ボンネット左右の見切りが掴みにくいと思うのに対し、FR車はここがコンパクトな場合が多くISも左右が絞り込まれ、ボンネットの見切りもいいので車体がコンパクトに感じます。これが凄く美点だと感じました。
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低い車体でスポーツセダンならではのレイアウトになっているので自然な位置にシフトチェンジレバーがあり、まるでスポーツカーのようです。かつて乗っていたユーノスロードスターを思い出しました。
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リアシートはFFセダンでも広い方だったHSよりは無論狭くなりますが4人乗りとしては十分なこと、本革仕様なのですがHS(VersionC)よりもクオリティの高い仕様になっていると思われ細かいディンプルが入っていることもあって滑りにくいため、座り心地が良くなったと妻には好評です。
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ISにしたのは、何といっても後輪駆動のスポーツセダンであることが第一の理由ですが、ISというモデルの位置づけもあります。ISは、LS、GSと並んでレクサス後輪駆動セダン兄弟の末っ子であると同時に、世界的に見ればこのクラス最強のBMW3シリーズのライバルという位置づけであり、世界に挑むレクサスの中心的な役割です。ましてハイブリッドの300hは、当時クリーンさ、燃費の良さを誇るBMW3シリーズのディーゼルを直接のライバルとして、彼等よりも低いCO2排出量をキラーコンテンツ(それはCO2規制が厳しい欧州でこそ意味がある)とした車種だったから。そんなチャレンジ的な中に自分を置きたかったということがありました。
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続きはまた次回。


by bjiman | 2019-02-17 01:28 | CAR | Comments(2)

レクサスHS 5年目もキレイに(KeePerでコーティング)

2013年の9月末にレクサスHS250hを我が家にお迎えしてから、早4年3ヶ月が経ちました。もう51ヶ月かと思うと、時の流れは速いものです。
さて、洗車と言えば、HONDA BEATの頃は、あちこちに洗車場があって、私もよくカルナバワックスとか買って、休日や年末は入念に洗車を楽しみましたが、最近は、もうすっかりスタンドさん任せになってしまいました。自分でやっても傷つけるだけだしね、、、
ということで、レクサスHSに関しては、新車の時からずっと同じ馴染みのスタンドで、ずっとKeePerクリスタルコーティングをしています。
年に1回、コーティングをして、後は毎月、機械洗車(水洗い)をしているだけですが、塗装の良さもあって、5年目の今も、さほど塗装が落ちた感もなく、キレイでいてくれています。
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5年前からずっと同じ方が担当でやってくれているので、お互い、すっかりおなじみになりました。
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これからも毎月の機械洗車と、来年のキーパーも、よろしくお願いします。
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2017.12.24 @松戸にて

by bjiman | 2017-12-24 23:22 | CAR | Comments(0)

2018年、MIRAIの未来を信じたい

EV(電気自動車)を巡る議論が華やかな1年だったと思います。
ドイツに端を発するディーゼルの排気ガス不正問題は、欧州発のEVシフトを鮮明にしました。
路上を走るクルマの約半数がディーゼル車という国もあると言われる欧州にとって、とりわけ自動車製造が国の重要な産業であるドイツやフランスにとっては、特にディーゼルからのクリーン化は大きな問題であったと思います。
したがって、2020年を見据えて今後も発表される新型車のほとんどは、何らかのEV化と無縁ではいられないでしょう。
メディアの報道によくある誤解(を招く)は、トヨタのHVもPHVも、また、水素を使うFCVのMIRAIも、すべてEVであるという前提を理解していないことです。
私の愛車であるレクサスHSのHVも、プリウスPHVも、EVとしてモーターだけで走ることが出来ます。HVはEV+エンジン。PHVはその充電もできる電気リッチなEVというだけの事です。「世界の主流はEVだ。だからHVは時代遅れだ」と良く書きますよねメディアは。これは間違いです。タダのEVを選択するか、+エンジンのHVか、+電気リッチなPHVか、というのは手段の選択肢でしかなく、HVであればガソリンが主、PHVであれば電気が主でありつつ電気でもエンジンでも走れる。その技術的なメリットは明らかで、だからこそ、ドイツを始め欧州各国の自動車メーカーは大衆車からポルシェまで、EVシフトが明らかになっても、PHVの開発を諦めたりしていません。欧州各国が開発に力を注ぐPHVは、トヨタのHVの発展系であることは誰でも知っている筈です。

最早、PHVが未来の有力な選択肢であることは誰でも知っています。英国でガソリン車の走行が禁止されるという英国政府の発表には、「HVとPHVは除く」という注釈がついていることを、日本の新聞メディアの多くが報道しませんでした。こういう事の認識不足を、もっと読者は怒るべきだと私は考えています。なぜ、世界で評価される日本の技術を貶め、いたずらに世界の潮流を間違った解釈に導くのかと。それは未来の私たちの次代を引き継ぐ若者達の雇用問題に直結するのです。

しかし、私は、それを敢えて書いた上で、2018年の日本に、2018年の世界にFCVの注目も高まることを期待したいと思います。
EV、HV、PHVが有力な選択肢であることは間違いないと私は思いますが、それは世界の誰もが(普通は)知っていることであり、良く言われているように、特に構造が簡単なただのEVは、生産コスト面で有利な自動車の開発面では今までは先進国ではなかった国々がシェアを伸ばしてくると思います。

しかし、走行に必要な電気をすべて外部からの充電に頼るEVは、排気ガスは出さなくても、必ずしもエコカーであるとは言い切れない面があります。言うまでもなく、我が国での発電の主力が火力発電であるように、発電には重油が必要だし、CO2も発生します。電気コンセントのない山中で停止してしまうリスクもあります。PHVHVもエンジンがありますがガソリンが必要です。

そこへ行くと、FCVは水素から電気を発生してモーターを走らせるEVで、水素があれば自ら電気を発電して走ることができるのです。

専門家は、水素を生成する際に電力を使うじゃないかと主張します。その通りですが、そこは今後の技術開発が残る部分です。つまりまだ夢があると私は思うのです。

高い技術でこれを解決することが出来れば、多くの自動車開発を目指す国々のメーカーがすぐに手がけられるただのEVとは違うジャンルを確立できる可能性があります。

スマホを見れば分かるように、多くの国々のメーカーがすぐに手がけられるものは疲弊するコスト競争を招きます。EVはそういう可能性が高い(かもしれません)

しかし、FCVはそうではありません。インフラも必要ですし、水素タンクにも、それを制御する技術にも高いノウハウが必要です。

排気マフラーから、排気ガスではなく、水しか排出しないというのはクリーンだし、日本らしいという気もします。

そんなFCV、トヨタがMIRAIの専用ショールームを作ったようなので、そのうち見てきたいと思います。1時間乗れる試乗キャンペーンもやっているようです。




by bjiman | 2017-12-23 09:09 | CAR | Comments(0)

レクサス・HS250h 12ヶ月点検を受けました

私のレクサス・HS250h の12ヶ月点検を受けにディーラーに行ってきました。
レクサス・LX (SIGMA DP1 Merrill)
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レクサスのメンテナンスプログラムは6ヶ月点検も込みなので、半年毎にディーラーに行く感じです。このくらいが丁度いいですね。6ヶ月というのは短いようで長く、半年前のレクサスは、LC登場で褒められまくっていた頃でしたが、最近はちょっと勢いがなくて心配しています。ディーラーの展示車もマイナーチェンジしたCTが中心でしたが、本当にこれでいいんでしょうか、と思ってしまいました。

(マイナーチェンジしたCT)ベースのプリウスがモデルチェンジした今、旧プリウスのシステムのままのCTは魅力不足だと思います。開発リソースの問題かもしれませんが頑張って欲しいですね。
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この日のお菓子。和菓子の芋羊羹はかなり美味しかったです。
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この日、魅力的だなと思ったのは認定中古車のGS 200t
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現行型のGS300 iパッケージは定価616.6万円なので認定中古車のGS200t(Iパッケージ)が620万円なのはちょっと微妙だけど、クリアランスソナーとかブラインドスポットモニター、ムーンルーフなどのオプション込みで、新品同様、2017年1月登録、つまりまだ8ヶ月くらいしか経ってない新車同様のものがこの価格で乗り出せるというのは捉えようによってはお得感があり、実際私が見ている側から商談していたので、もう売れてるかなとも思いました。
シトロエンの頃もそうでしたが、ディーラーに行っているとこういうお得なクルマがあって、こういうのに乗るというのも通好みですね。私の知人も最近GSを買ったのですが、やはり格好いいです。
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レクサスは一台一台オーダーなのでこうしたパネルは注文の際に複数あるパネルからセレクトするのですが、この縞木(しまもく)は、かなりいいです。さすがは天童木工このコラボレーションだなという出来です。こういう日本の伝統工芸とのコラボを、レクサスにはどんどんやって欲しいです。
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レクサスの内装の仕上げはかなり国際水準にあると思います。こういうのはライバルの質感もどんどん上がってくるから競争ではあるけれど、かなりいい感じにはなっていると思います。
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レクサスは国際競争で戦っていくクルマです。勢いが大事。RXやNXのようなSUVが売れているのが救いだけど、セダンでも頑張って欲しいです。
最近ゴルフ場に行くようになって、メルセデスやアウディなどのドイツ製高級セダンに混じってレクサスオーナーも多いことが分かります。そういう熱いユーザーの声に応えるには何よりも一にも二にもライバルに負けない魅力を持った製品づくりが大事です。頑張れレクサス!
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日常の出来事はインスタで発信しています。

by bjiman | 2017-09-18 01:45 | CAR | Comments(2)

日産・スカイラインについて(補足:2017年上半期の販売結果を受けて)

日産が今日発表したところによると、米国でのインフィニティブランドの上半期の販売実績は、前年同期22%増だったそうですが、中でも主力のQ50(日本名・スカイライン)の販売実績は、1万9603台で、クーペの「Q60」(写真の2Dr)が、5938台、ついでに、SUVバージョンの「QX50」(日本名・スカイラインクロスオーバー)が、7955台だったそうなので、スカイラインのラインナップで、米国だけで、この半年に約3.4万台が売れたということになります。このまま推移すれば年間7万台近いスケールだということです。

米国にスカイラインが輸出されたのは、2001年発売のV35型からですが、北米では早速2003年のモータートレンド・カーオブザイヤーに選定。続く日本ではV36と呼ばれた2代目も好評で、コンシューマー・レポートの2007-2008年の高級セダンカテゴリの1位に選出、2008年にはオートモビルマガジンのオールスターに選出等の評価を得てブランド価値を高めてきたのです。
(日産・スカイラインV36型)
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この記事を読んでから、下の朝日新聞の記事(既にtwitterで指摘しましたが)を読んで欲しいんです。

私は、この記事の何に対して批判しているかというと、そのタイトルの付け方と世界観の狭さです。「販売は最盛期の40分の1」
というタイトルを読めば誰しも「あぁスカイラインってもう駄目なんだ」と思うでしょう。そういう印象を持つということは文章のプロである記者は分かるはずです。

私がしつこいくらいにこの手のジャーナリズムを批判するのは、それが私たちのためにならないと思うからです。
スカイラインは、確かに日本では販売が低下したでしょう。かつてと比べれば。でも日産は、スカイラインのRシリーズの展開の中でギリギリまで追い込まれ、局面の打開を図る為にV35シリーズで、国内専用とも言えるモデル展開を転換して、グローバルに展開できるインフィニティのブランドで展開していくと決めたのです。そしてそれはある程度成功しました。だからこそセダンが売れない日本で今もスカイラインが買えるのです。

(スカイラインがグローバルモデルとして、輸出で活路を見いだそうとした時のV35の兄弟モデル・ステージアM35。日本では理解されずに後継車が作られなかったけど、後輪駆動車でリッチな、いかにも欧米的なワゴン。こういうのがヨーロッパスタイル。)
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日本では近年は、R32のGT-Rこそスカイラインというイメージがあるかもしれませんが、Rシリーズのスカイライン時代、スカイラインは販売低下傾向が続きました。R32の成功で少し歯止めが掛かったものの、R33で再び低下。大型化すると低調になるという分析から、再び小型化したR34の頃は、セダン不振の傾向に連動して非常に販売不振になってしまいました。Rシリーズ最後のR34は、98年から生産中止までの3年間ちょっとでの生産台数は6.4万台です。今、v37型スカイラインは、米国では、2017年上半期の6ヶ月だけで3.4万台売れていることを考えてください。米国だけで、ですよ。もちろんインフィニティブランドは世界中で展開されているのです。
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この朝日新聞の記事には、日産の国内販売のことしか書いておらず、世界で活躍するスカイラインについては一言も触れていません。
書いてあることは、「若い世代に支持されたスカイラインも、昨年の販売は約4千台と最盛期の40分の1。2015年度の日本自動車工業会の調査では、車を持たない若い世代の7割が「車に関心がない」と答えた。」ということのみです。
しかし、ケンメリの当時の若者をターゲットにしたスカイラインと、今のインフィニティブランドのスカイライン(Q50)は、狙われているユーザー層が明確に違います。当然、インフィニティの中心=高級車という風に明確にシフトしているのです。それなのに、この記事では、「若い世代に支持されたスカイラインも、昨年の販売は約4千台と最盛期の40分の1」という風にしか捉えていない。スカイラインの今を見つめていないからです。
私が実際にデータを使って批判した以下記事も、そんな非常に狭い視点でしか書かれていません。これでは今日の米国でのスカイラインの好調を理解することはできないでしょう。

朝日新聞の記事には、車を持たない若い世代の7割が「車に関心がない」と答えた。」ということのみですが、本当に、クルマに関心がないのでしょうか。

昨日、Twitterでも書いたように、昨日のニュースで、自動車の国内販売はこの上半期、5年降りの好調で、各メーカーとも販売台数を伸ばしています。クルマは、景気動向によっても左右されますし、魅力的なクルマが出れば売れるのです。
トヨタのハイブリッドの代表格、プリウスが売れなくなると、すぐに自動車メディアは、「ハイブリッド販売不調か」とか「もはやエコではない」とする論調が溢れますが、時代を捉えた魅力的な製品が出来れば、ちゃんと販売は伸びてくれます。プリウスは、PHVが好調で、5月の月間販売台数がトップに返り咲きました。
こうやって、世界の流れを捉えながら真っ直ぐにやっていき、結果を出していくしかないのだと思います。

日産にも、トヨタにも、そして我がレクサスにも、そして日本の技術であるハイブリッドにも頑張って欲しい。現場で一生懸命努力しているのは、私たちの同じ国の、サラリーマン達じゃないですか。ちゃんと努力を評価してもらいたいものです。

by bjiman | 2017-07-05 02:39 | CAR | Comments(4)

(補足追記・写真追加)ニッサン・スカイラインについて(ジャーナリズムに意見しておきたいこと)⑦最終回

ニッサン・スカイラインについての最終回。少し時間が掛かりすぎましたが、スカイラインともなるとさすがに情報量が多く、私自身とても勉強になりました。

スカイラインが2001年にR34型からV35型になって一番変わったことは、2代目の初代スカイラインGT(S54)以来の直列6気筒エンジンをV6エンジンに変更したことです。それだけであれば、直裁に言って、トヨタ・クラウンだって後を追うように2003年に「ゼロ・クラウン」でV6に、マークⅡは、2004年に「マークX」になって、同じようにV6レイアウトを採用しています。メルセデス・ベンツもCクラスセダンの6気筒エンジンは、2000年登場のW203型からV6になっているのです。言ってみれば時代の趨勢なのですが、なぜかスカイラインはそんな事も議論になってしまう。それは、直列6気筒2000ccエンジン縦置きの長いボンネットのスタイルが、スカイラインGTのイメージとして定着してしまっているからだと思います。
(プリンス・スカイライン2000GT)
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しかし直列6気筒エンジンは、縦に長く長方形のエンジンになるので、レイアウトが制約されます。全長が長いということはエンジンを横置きにすると幅を取り過ぎてしまうので、エンジンスペースの全長を抑えて室内スペースを少しでも多く取るエンジン横置きのFF車に使うことができません。一方、V6レイアウトにすればおおざっぱに言えばエンジンが正方形になるので、縦置きのFR車でも横置きのFF車でも必要とするスペースは補機類のレイアウトを除けば一緒ですから、ひとつのエンジンで色々な車種を作れる。つまり開発しなければならないエンジンを減らすことができるというのが大きなメリットです。FR車の場合でもエンジンルームに要する長さが端的に言って半分で済むので、その分、室内スペースに向けたり、エンジンの重量配分を考えたりとレイアウトに自由度が増すことが大きなメリットになります。
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ヨーロッパでは、70年代から既にこうした多様なV6エンジンの使い方がされていました。プジョー・ルノー・ボルボの名前を冠したPRV・V6エンジンは、プジョー505と後継車の605のようにFR車とFF車、ボルボのFR車、ルノーやシトロエンのFF車、おまけにアルピーヌA310のようにRR車にまで多様に用いられ、V6エンジンの多様性・効率性を十分に活かして活用されました。一方日産は、1983年登場のY30型セドリック/グロリアで、トヨタ・クラウンよりも20年も早くエンジンをV6化し、フェアレディZのエンジンまでV6にしたのに、スカイライン/ローレルには直列6気筒のRB型を新開発し、結局Zにも載せたりと、やっていることが非常にちぐはぐでした。直列6気筒のRBを開発するなら、セド/グロをV6化した意味がなく、開発コスト負担が余計に掛かってしまっただけです。現在のスカイラインに載っているVQ型V6エンジンは、セド/グロの後継車のFUGAやフェアレディZのようなFR車にも、ティアナのようなFF車にも共通で使われ、また同じアライアンスグループのルノーや韓国のサムスン車にも使われています。このように、FF車・FR車を問わず多様に使えて、開発コストも低減できることがV6エンジンを使う経営の意味です。スカイラインをV6化することの意味というのは、スカイラインのデザインがどうこうではなくて、経営という面から見れば非常に普通なことで、むしろ80年代~90年代当時の日産の問題点って、こういう経営判断ができなかったことにあると思います。

          NISSAN・FUGA /SIGMA DP1 Merrill
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この記事を書き始めたのは、私は、年末にみた自動車ジャーナリストの、スカイラインV35型についての批判記事で、

「これまでスカイラインというクルマが作り続けてきた思いや伝統を微塵も感じさせない」
「このでぶなクルマに、スカイラインと名づけることに反対意見はなかったのだろうか。」
「いや、あったに違いない、ゴーン勢力に押し切られてしまったのだろう。」

という部分、特に、最後の「ゴーン勢力に押し切られた、、、」云々の評論に強い違和感を持ったことがきっかけです。
仕事をする上で、社会人として、私はこのような被害者意識を持ちたくないからだ、と書きました。ここまで書いてきたように、私が思うには、「ゴーン勢力に押し切られた」、、、は違う、むしろ全然逆なのであって、80年代にセド/グロをV6化した時、以後のスカイライン、ローレルやレパード等のLクラスのクルマを全部V6にするような効率的な判断が当時の日産の経営者に出来ていたのなら、日産はルノーに救済される前に自分で経営危機を避けられたのではないかと思うくらいです。

まとめましょう。
直列6気筒エンジンを追求した「R型」スカイラインの販売実績の推移を見直してみて、「このままでいい」と考えるでしょうか。いいわけがありません。
販売台数はずっと減少傾向で、なるほど評判の良かったR32型の時に下げ止まり感があり、「これで行ける!」と思ってもおかしくはありませんが、R33型で再び下がってしまっています。
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詳しい方なら皆さんご存じのとおり、R33型のセールスが伸びず、後継車のR34を開発する時、日産の開発陣の意見は2つに分かれていたことはよく知られています。
件の自動車ジャーナリストは、「これまでスカイラインというクルマが作り続けてきた思いや伝統を微塵も感じさせない」と書いていましたが、日産のホームページには文字通り、「スカイラインにかける開発者の思い」というV36スカイラインの時に作ったページがまだ閲覧できます。この中で、それこそ、「これまでのスカイライン」を作ってきた設計者の櫻井眞一郎さん、R32の伊藤修令さん、R33型とR34型の渡邉衡三さんが歴代スカイラインとV36スカイラインに対する思いを書いています。R33とR34の開発リーダーだった渡邉衡三さんのページを見てみると、R34を開発するときは、既にセダンの販売全体は不振の時代になっていて、当然、GT-Rの開発にも経営陣から難色が示されたこと、R32時代から開発に係わってきたエンジニアの水野和敏さんからは、V6エンジンを使った現代的なプラットフォームを提案され、「個人的にはその方が次期型スカイラインには相応しいと判断した」が、「投資額が大きくなりすぎるので断念せざるを得なかった」と、ちゃんと意見が分かれていた理由を書いています。
R34型の時、日産が直列6気筒エンジンの旧型プラットフォームを継続し、熟成される道を選んだのは、その方が開発コストを抑えられるからです。しかしその結果はどうだったでしょうか。R33型スカイラインはそれでも21.7万台売れたのに、R34型は6.4万台まで急激に販売が落ち込みました。これは市場から「ノー」と言われたも同然であり、途中で生産を打ち切られることになりました。R34の試乗記などを見てみると、できが悪かったのではないと思います。むしろ洗練されていたのでしょう。「ノー」と言われたのは、キープコンセプトの方針自体だと考えるべきでしょう。日産はそう判断したんだと思います。
このジャーナリストが批判している「このでぶなクルマに、スカイラインと名づけることに反対意見はなかったのだろうか。」という問いに答えるには、日産のホームページにあるスカイライン誕生秘話を読めば十分なんです。

2001年、V35型スカイラインとFMプラットフォームを共用するスカイラインのワゴン版、「ステージアM35」すごくモダンなクルマに生まれ変わった、と私は思いました。
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V35スカイラインの開発者だった水野和敏さんは、「別冊水野和敏」という雑誌の中で、V35の開発が日産のエンジニア時代でもっとも印象に残っている仕事だと書いていました。セダン不振の時代の中、「FRの高級車なんかもういらない」という会社の空気だったそうです。そんな中、次代のFR車がどういうものか必死に構想し、コンパクトなV6エンジンを重量配分が最適化されるように後方に置くFM=フロントミッドシップシャシーを提案、反対する社内を必死に説得して回ったと。反対する社内の空気感とは、R34スカイラインの開発時期とダブります。前述したように、R34の開発者だった渡邉衡三さんは、水野和敏さんからは、V6エンジンを使った現代的なプラットフォームを提案され、「個人的にはその方が次期型スカイラインには相応しいと判断した」が、「投資額が大きくなりすぎるので断念せざるを得なかった」と書いています。水野さんによれば、それをルノーから送り込まれてきたゴーンさんが「認めてくれた」と書いてあります。だから逆なんですよ。「ゴーン勢力に押し切られてしまったのだろう。」ではないんです。R33がセールス不振で、そんな中、経営が思わしくなかった日産は、新しくV6を起こして新型のFRシャシーを作るような開発費を掛けるなんてとんでもない、そういう空気感の中を、ルノーから来た外国人経営者が、日産再生の象徴にしたいという思いで開発を認めたということだと、日産のホームページにきちんと書いてあるんです。R34の時、水野さんは既にFMパッケージを構想していたので、V35スカイラインの原型であるショーモデル、XVLは、R34型が発表になった1998年の翌年、1999年の東京モーターショーで発表されます。つまり、同時並行で行われていたということです。これを否定するなら、それだけの材料がいる筈です。
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「ゴーン勢力に押し切られたんだろう」的な被害者意識を、私は好みません。そもそもゴーンさんて、日産が、スカイラインが憎いんでしょうか。そんなはずはないでしょう。彼は創業者でもエンジニアでも資本家でもありません。ルノー本体からいわば派遣されてきた経営者に過ぎず、彼の立場は、消費者に理解され、売れる車を作り、利益を上げて、株主などのステークホルダーに利益を還元しなければならない、そういうものです。開発をするのはエンジニアで、いいと思ったアイディアをどのように組み合わせて採用するのかが経営であって、ゴーンさん以前の日産は、それが出来なかったから経営危機になったんでしょう。V35スカイラインを批判するなら、そういう視点が欠かせない筈です。
(スカイラインV35 決してデブなどではなく、初めて国際的なディメンションを纏ったバランスの良いスタイル。フロントのヘッドライトは、水野氏の好みでポルシェ風になっているんだどか。→水野氏ご本人がそう書いていました。)
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自動車ジャーナリストは、V35スカイラインがデブだデブだと批判していましたが、なぜ、V35型のスカイラインの幅が、1,750mmになったか。その理由を日産は、スカイライン開発秘話の中でちゃんと説明しています。メルセデスのCとEの間、BMWの3と5の間に設定した。それは、国際的にも可能性があると考えたからだ、と。
「国際的な可能性」つまり日産は、ほぼ国内市場のみを考えて作られていたスカイラインを、輸出しようと考えた。そうするとグローバル的な観点から、自動車ジャーナリスト達から「欧州車に比べて細長すぎる」とさんざん指摘されていたスタイルを見直す必要があります。とはいえ、もともとスカイラインのサイズ的な位置は、BMWでいえば3と5の間にずっと置かれてきたということは、本ブログでも以前掲示した表を見れば明らかです。
むしろBMWの3は、R34時代の1740mmから時期型では1815mmになっているので、1,750mmでもちょっと細いくらいです。少しも「でぶ」などではないことは、この表を見ていただければが明らかだと思います。自動車ジャーナリストが、客観的な数値に基づかない記事を展開するなら、こうした事実をもって否定する以外にありません。
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最後に、スカイラインのポジションについて書きたいと思います。
現在のV37スカイラインが発表された時、私は、フロントにインフィニティ、後ろにスカイラインとバッジを貼ったその考えが分かりませんでした。
しかし、今回、プリンスからの歴史を振り返っていたら、「ハッ」と気づいたんです。プリンス・スカイラインは、もともと高級ブランドだったじゃないかと。
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プリンス自動車が1967年に日産に吸収される形で合併された時、プリンス自動車のエンジニア達はどういう気持ちだったかは分かりませんが、プリンス・スカイラインの伝説を作ったのは日産ではありません。プリンス自動車の櫻井眞一郎さん達です。プリンス自動車の「プリンス」の名前は1952年(昭和27年)の今上天皇の立太子礼に因み、初代スカイラインは、皇太子殿下の愛車でもありました。日産に合併される前の1964年、第2回日本GPで、1500ccクラスのレースでは1位~7位までをスカイラインが独占しているんです。御料車であるプリンス・ロイヤルも受注しています。(納入は日産に合併されてからでしたが。)こうした経過を考えると、プリンス自動車のエースであったスカイラインは、日産ブランドではなく、日産のプレミアクラスである「インフィニティ」ブランドで扱われるべきクルマではないのかと思います。
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R32の設計者でもあった伊藤修令氏は、プリンス自動車出身で、櫻井眞一郎氏の弟子でもあります。その伊藤修令氏がスカイラインの開発チーフになったのは、セブンスの開発の最後の所だったそうです。セブンスは桜井眞一郎さんが企画・開発したクルマですが、「都市工学」と言われたハイソカー的なコンセプトは、登場時から「スカイラインらしくない」と批判の嵐を浴びました。そのセブンスの企画の最後のところで、櫻井さんが身体を壊されて急遽、弟子だった伊藤さんにバトンが渡され、それを発表すすると「スカイラインらしくない」との批判を浴びる。。。伊藤さんが語ったスカイラインにかける開発者の思いを読むと、とにかく悔しかったのが、「櫻井さんが手がけなきゃスカイラインじゃない」という心ない批判だったそうです。考えてみて下さい、スカイラインの開発をずっと引っ張ってきたのは櫻井さんで、ケンメリのように走りからデートカー路線に舵を切ったのも櫻井さんなんです。それは純粋に日産の開発責任者として、ジャーナリストが単純に評価するような走りという要素だけではなくクルマが売れて、利益を還元するのはどういうことかということを、櫻井さんが深く考えていたということでしょう。
セブンスに2Drクーペが遅れて発表された時、開発者の伊藤修令さんは、2drには「20代の若い人が似合う」としつつ、2drの発売を後回しにした理由を、「このクラスのクルマの需要の大半は4drだから、そちらが優先でした」とはっきりコメントされています。これが、スカイラインを袋小路にさせる要因なのです。

ジャーナリストは、2Drの走りのいいクルマじゃなきゃスカイラインじゃないというけれど、実際の売れ筋は4Drなのです。高額車であれば、30代や40代のサラリーマンでなければ買えません。まして、R33の時代にもなると、エンジンのRB25DET・ツインカムターボエンジンの馬力はもはや250馬力にも達し、およそ普通の感覚では「速い」どころか「使い切れない」性能になってしまっていました。この番組の中で、R33の主管であった渡邉さんは、「使い切れる250馬力を」とコメントしていますが、司会者のジャーナリスト三本さんが、「使い切れないよ」と言い返すシーンが印象的です。もうR33の時代、スカイラインの速さとしての性能は、十分以上になっていたということなのでしょう。このR33時代も、2Drは台数が出ない、と渡邉さんは明言しています。
こうした過去の経過を考えれば、スカイラインがコンセプトを見直す時、本来のプリンス自動車時代のプレミア感から見れば、若者をターゲットとした2Drスポーツクーペではなく、プレミアなインフィニティのミドルクラスセダンとして4drセダンのコンセプトを再構築したことは、実は非常に正攻法の考え方ではないかと思います。
スカイラインの開発をずっとリードしてきた櫻井眞一郎さんが、インフィニティのミドルクラスとして設計されたV36のスカイラインを見て試乗した時、櫻井眞一郎さんが「よくぞ戻ってきたスカイライン」とコメントしていたことが印象的でした。「長いスカイラインの歴史を振り返って、"スカイラインって本当はこうじゃないのか?"という疑問を抱きながらスカイラインを作った人間がいたのではないかということですね。よくぞ戻ってきた、、、」と。その意味を、私はこう思うんです。
スカイラインは、もともとこういうクラスの、4ドアのスポーツセダンだった、、、と。

私は、自動車の批評は、縦軸(そのメーカーのラインナップ上の位置づけ。サイズ、格付け上の上・中・下)、横軸(同じクラスのライバル車)、そして時間軸(そのクルマがどういう歴史を持っているか、過去のセールス)を見なければ、どうしてこういうクルマになったのかが批評できないと思っています。逆に言えば、縦軸、横軸、時間軸を見てみれば、今のスカイラインのポジションは、まったくおかしくないということが、私が今回思った結論です。

(20174.7 補足追記)
お陰様でスカイラインの記事もたくさんの方に読んでいただくことができました。
冗長になることはよくありませんが、ご愛読に甘えて、この記事を書きながら考えていたことについて若干補足したいと思います。

(スカイラインー70年代という時代背景)
スカイラインを愛されている方のコメントを見ていると、スカイラインは、R32で終わったとか、ジャパンで終わった、とか、いろんなところで「終わった」と書いている方がいらっしゃいます。そもそもこの記事を書くきっかけになったジャーナリストは、R34で終わったと書いているのですが。
私は、スカイラインというクルマの販売推移を見ていると、やっぱりスカイラインの「華の時代」は、4代目C110ケンメリ(72年~)と5代目C210ジャパン(77年~)であり、コンセプトがややレースよりのR30、いわゆる鉄仮面スカイラインのところで販売が大きく落ちていることを考えると、「サーフィンラインの2drクーペ」だったジャパンまでがスカイラインだったという意見は分からないでもないと思います。ここでいう「スカイラインだった」の意味は、「若者文化としての、みんなが憧れた生活を感じさせるスカイライン」という意味です。
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この特集を書くときにずっと聞いていたのは、バズの「愛と風のように」と、GAROでした。
私は1970年代、海外放送のBCLに夢中になりながら、すこしづつラジカセで聞く音楽番組に惹かれていきました。そんな当時、ラジオから流れてきたGAROのメロディにいっぺんにとりつかれ、カセットに録って聞いたのが、1973年の日本レコード大賞大衆賞にも輝いた「ロマンス」という曲です。
ケンメリのスカイラインが大ヒットしていた73年頃、若者達はこういう「繊細な優しさ」に惹かれていたんだと思います。
それは60年代の日本グランプリにおけるスカイライン伝説や、ハコスカの49連勝とも違う、青春時代を迎えた若者達の悩みや葛藤、お洒落な未来というものだったのではないでしょうか。そして、そんな70年代の思い出を、過去を知る私たちは忘れることがありません。
(THE ALFEEは、売れなかった若かりし頃、GAROと同じ事務所で師弟関係にありました。坂崎さんの「ロマンス」には、GAROへのリスペクトが感じられます。)
そんな「ロマンス」の時代を過ぎ、スカイラインは新しいコンセプトを確立しきれないでいたんだと思うんです。
「スカイライン勝利の方程式」は、GT-R、レースで勝つ、6気筒24バルブエンジン、という要素だと思いますが、R30以降のスカイラインは、このすべてを備えていきながら販売台数を下降させつづけていきました。
だから、V35スカイラインを開発するとき、開発スタッフの頭の中にあったのは「従来のスカイラインではなかった」ということです。
その理由を、V35スカイラインの開発責任者だった宮内照雄さんは、
「スカイライン」ではなく、「理想のセダン」を追求した
「スカイライン」のイメージは固定されていて、市場が狭い
だから、「スカイライン」とは切り離して考える方が良かったのだ、としているのです。

よく少数意見も聞くべきだ、というジャーナリズムの論調を目にすることがあります。
少数意見も聞くべきなのは当たり前のことですが、例えば、それをクルマという商品に当てはめた場合、「それが商品として成立するのか」ということに意を配れない論調というのはとても子供じみた意見でもあるし、また、美しすぎる議論は時に空想ともなります。空想なだけならまだマシで、お花畑にいていただければいいのですが、それを相手(メーカー)に強制することは、時にユーザー無視の議論になります。

最近の例でいうと、レクサス・RCという2Drクーペを取り上げた記事で、RCの国内月間販売目標台数が80台だったのを取り上げて、「驚いた」「何とも寂しい数字である」としていたことです。「驚いた」というフレーズはこういう批判をする時によく使われるように思いますが、私から言わせれば「驚く方がおかしい」のです。
クルマの専門家であるジャーナリストが、今や国内で絶滅状態にある2drスポーツクーペ、しかも600万も700万もする高額車の販売目標が「少ない、寂しい」というその感覚こそ、一般のユーザーから乖離しているのであって、そのような批判記事を書いてRCのようなチャレンジを批判することが建設的であるとは、とても私には思えません。

4drセダンとして、全幅と全高をしっかりとって、居住性に配慮したスカイラインを見て、評価できないというジャーナリズムもまた、同じ轍を踏んでいると私は思います。

V35スカイラインは、北米でインフィニティブランドとして発売され、2003年度の「モータートレンドカーオブザイヤー」を受賞。
V37スカイラインは、北米で好調を維持。高級乗用車部門の2016年度ランキングで、メルセデスCクラス、BMW3シリーズ、レクサスES、メルセデスEクラスに次いでセダンでは全米5位に輝きました。北米では、昨年、BMWの5よりも、アウディよりも、「スカイライン」が売れました。
悲しいことに、こういう変化を前に、ポジティブな評価をしてくれるのは、常に外国であるという事実を前に、少しはジャーナリストの方は自省して欲しいと思います。
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2017.6.24 追記
こう書いている側から、やや旧聞になりますが、4月にスカイラインが販売60周年を迎えた際の朝日新聞の記事で以下のリンクのようなものがあり、少々呆れました。
タイトルがこうです。
「日産スカイラインが「還暦」 販売は最盛期の40分の1」
よくこんな風に書けるな、愛してないんだな、としか思えません。国内の販売成績のことだけ書いて、スカイラインが海外展開に転じたことは書かない。
国内販売は下降してきましたよ。確かにそれは事実かもしれない。だけど、そういう経過を踏まえ、数多くの検討を重ねて国内販売中心だったスカイラインを、日産はインフィニティブランドのセダンとして再構築した。そしてその結果、最初のリボーンしたスカイラインは、米国で2003年度の「モータートレンドカーオブザイヤー」を受賞。V37スカイラインは、高級乗用車部門の2016年度ランキングで、メルセデスCクラス、BMW3シリーズ、レクサスES、メルセデスEクラスに次いでセダンでは全米5位に輝きました。北米では、昨年、BMWの5よりも、アウディよりも、「スカイライン」が売れました。これが現実なんです。
私たちが克服し、備えるべき考え方とは、「販売は最盛期の40分の1」なんていうネガティブな内向きでしかない考え方ではなくて、グローバルな世界観なのではないでしょうか。世界はどう見ているのか、世界ではどう評価されているのか、そんな風に考えないと、世界が相互に関連しあい、お互いにいいものを流通しあっている現在にはついていけないよ、と言いたいですね。



by bjiman | 2017-06-24 17:33 | CAR | Comments(2)

レクサスHS250hの魅力とは

我が愛車、レクサスHS250hについて、後継車は作られず、代わりに米国で圧倒的な人気を誇るレクサスESにスイッチされるのでは?というニュースが出ています。
残念なことではありますが、ある程度、予想されたことです。
私は何度もこの欄で書いてきたとおり、レクサスHSというクルマは、フランス車、なかでもシトロエン派だった私から見ても、フランス車らしい雰囲気のクルマだと思いました。何と言っても長年愛用したシトロエンから乗り換えてほとんど違和感がなかったくらい。特に似ていたのが、高い位置にセンターオフセット気味に座る座席位置と、柔らかい内装の雰囲気です。こんな趣味的なクルマを500万円近い値段で売ってマーケットがあるのかな?というのが印象でした。でもそれが私にはとても魅力的でした。ほとんど即断即決のような形で購入したのはそういう訳がありました。

レクサス・HS250h
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レクサスHSのスリーサイズ(4,710mm×1,785mm×1,495mm)は、コンパクトなようでいて実際には結構大きなサイズで堂々たるクルマという風に見えます。それはそうでしょう、かつてのクラウンなどにあった5ナンバー車のサイズ(4,700mm以下×1,700mm以下)を全長・全幅とも超えているのですからそれはそうなんです。スバルが、レガシィの大型化に伴って、「かつてのレガシィ」のイメージを残すために国内専用車として発売したレヴォーグのサイズが4,690mm×1,780mmと近似であることからも分かるとおり、日本で日常的な使いやすさと広さを両立させようとすると、この辺りが適性ということになろうかと思います。HSはハイブリッド専用車でしたし、ボディデザインも空力を追求したデザインではありますが、プリウスよりは余裕方向に振られていることもあって、特に1,495mmと高い全高のお陰で乗り降りがしやすい点が◎だと思っています。後ろ姿を見ると、プジョー405とかルノー21とかかつて好きだったフランス車らしい雰囲気が感じられて好きですね。
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さて、代わりに登場すると言われるレクサス・ESですが、これはTwitterでも発信しているとおり、米国でのベストセラー・レクサスです。

米国の2016年のプレミアムカーランキングでは、1位は、レクサス・RX。4位がレクサス・ESです。アメリカのレクサスは、何と言ってもこの2車が販売の主力。LSでもGSでもありません。
(レクサス・RX)
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2016年の米国プレミアムカーランキングでESは全体の4位、セダンでは3位とメルセデスの主力・Eクラスより上です。でも日本ではこのような大型FFセダンは売れた試しがありません。実際ESは、かつてトヨタブランドで、「トヨタ・ウインダム」という名前で売られたことがありますが全く売れませんでした。アメリカではポピュラーな大型FF車のトヨタ・アバロンが日本では売られないのと同様の理由によるものと思います。大型の高級車は、メルセデスようなFR車でないとブランド力がないと思われているんだと思いますが、アメリカではもっと機能主義的なところがあります。FF車は第一に、まず広いですから。それに比べると日本市場はややロマン主義的です。
でも、国内セダン市場が縮小しているのであれば、日本専用車種を作るよりも、アメリカでのベストセラーカーを持ってくる方が合理的です。実際大型SUVのRXだって日本ではまずまず受け入れられています。狭い道では苦労もすると思いますが、その辺はブランドイメージを作っていく上で重要です。
、、、と残念ではありますが、HS位のサイズがアメリカで可能性がないかと言えばそんなことはありません。例えば日本では、ブルーバードのブランドが整理されて、ブルーバード・シルフィ→単にシルフィとなったクルマは、アメリカではセントラ(サニーの米国名)として売られ、米国ではコンパクトカークラスでは人気がある方です。2016年の米国販売ランキングでは、乗用車部門では全体の8位と、トップテンに入っています。ここら辺も日本市場とは全然事情が違います。
(旧型ブルーバード・シルフィ)
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ハワイで見かけたセントラ。日本ではシルフィとして売られるモデル。
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上のセントラと同型の国内バージョン・シルフィ
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レクサスHSのサイズは、現行型セントラよりちょっと大きい位で似通った位置にあります。本当は使いやすいサイズなんです。セダン好きの人にはまだまだ手頃な使い勝手のモデルとして私は貴重だと思っています。
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私のようなクルマ好きって、自分の今乗っている車が好きだなぁと思いながら、「次はなににしようかな」っていつも考えてる。そんなところがあります。HSの次もHSだと思っていましたが、それが叶わないなら、ESは好きなスタイルですが大きすぎるので、ISでコンパクトに行こうかな、、、と諦めかけたところで、ツマが「今のうちにHS、もう一回買っとく?」には思わず、「それもいいかも、、、」と思ってしまいました(笑)

by bjiman | 2017-06-23 02:12 | CAR | Comments(0)

ニッサン・スカイラインについて(ジャーナリズムに意見しておきたいこと)⑥

スカイラインについての最終回(の前半)。最後にまとめておきたいと思います。
私は、年末にみた自動車ジャーナリストの、スカイラインV35型についての批判記事。

「これまでスカイラインというクルマが作り続けてきた思いや伝統を微塵も感じさせない」
「このでぶなクルマに、スカイラインと名づけることに反対意見はなかったのだろうか。」
「いや、あったに違いない、ゴーン勢力に押し切られてしまったのだろう。」

という部分、特に、最後の「ゴーン勢力に押し切られた、、、」云々の評論に強い違和感を持っていました。
仕事をする上で、社会人として、私はこのような被害者意識を持ちたくないからです。

実際そうなんでしょうか。まずそれを聞きに行くべきだし、昨今、再三取りあげているように、日産のライバルのトヨタの場合は、エンジニア自らが、Webをはじめ、雑誌などにも登場し、インタビューに応え、または自ら投稿し、相当突っ込んだ情報発信をするようになっています。逆に言えば、そうでもしなければ、きちんと情報発信ができないからだろうとも思います。
前回、昨年にテレビで見た、アナウンサーの人が個人的な報道をされて、自分で説明しても、「何も信じてもらえない」と話していたことが印象的だったと書きましたが、クルマのエンジニアにとってもその辛さは同じものがあるだろうと。特に、スカイラインのような人気車については、メーカーも、エンジニアも情報発信をしているので、今回改めて、これだけ豊富な情報発信をしているのに、なぜ、冒頭のようなことを自動車ジャーナリズムが書くのか違和感がぬぐえません。まさに、何を言っても信じてもらえないということの辛さだろうと思います。

では、V35以降の、V6スカイラインは、スカイラインというクルマの伝統を微塵も感じさせないものなのか、私なりに逆の意見の立場から説明してみたいと思います。
まず、スカイラインの始まりから、V35にチェンジするまでの、セールの経過をもう一度グラフで見てみます。
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スカイラインは、2代目のS54Bの時、初代スカGが、第2回日本グランプリで1周だけポルシェの前を走って、普通のセダンでありながら速い!というところが「羊の皮を被った狼」と称されて「スカイライン伝説」が生まれ、プリンス自動車を日産が合併して初のスカGとなった「ハコスカ」こと、GC10のレース仕様である初代GT-Rが、4ドアGT-R&2ドアGT-Rで、ツーリングカーレース49連勝を誇ったところでブランドが確立したといってもいいでしょう。
でも、ここからが肝心ですが、スカイラインが最もセールスを伸ばした時期、それは「愛のスカイライン」ケンメリの時とそれに引き続くジャパンの時だということです。
ハコスカの時も「愛のスカイライン」と呼んでいましたが、ケンメリ時代、バズの素敵な曲「愛と風のように」の繊細なヴォーカルな時代に乗せて、明らかにアメリカを感じさせる「ケンとメリー」のカップルが日本国中を旅するというテーマのCMは社会現象とまで言われるようになりました。私も美瑛にあるケンとメリーの木を見に行きました。日産のホームページNISSAN LEGENDSの中で、桜井さんの部下でR32スカイラインを指揮した伊藤修令さんが、「ケンメリ時代から、走りをセールスポイントにした「真面目な」クルマから、ファッショナブルな路線へ転換した。若者が求めていたデートカーの要素を持っていた。」「そういう方向性を打ち出したのは彼(桜井さん)でした。」と証言しています。また、桜井さんを評して、「理屈ばかりのガチガチのエンジニアだったかといえばそうでもない。世の中の動向や流行にも敏感な人」だったとも指摘しています。日産自動車に吸収されたプリンス自動車にとって、系列ディーラーである「日産プリンス自動車販売」の貴重なエース車種であるスカイラインの売れ行きは、開発エンジニアだった桜井さんにとっては非常に重要だったことは想像に難くありません。ハコスカの時代の49連勝の最中に、ファッショナブルな路線に転換する、、、それは日産自動車の責任者の一人としての「マーケティング」(どうすれば売れるのか、、、という決断)だったのだと思います。そしてそれは大成功を収めるんです。ケンメリとジャパンの時代、それはどこから見ても、アメリカンなデザインのやや大柄なセダンで、若い2人が中心でありながら、後部座席のスペースも確保したことがアピールされたCMになっています。ケンメリとジャパンの9年弱でスカイラインは約130万台売り上げる人気車種になる訳ですが、この間、スカイラインはレースに出場するようなことはなかったんです。むしろ、そんな強さよりも、若者が求める「優しさ」がアピールされた時代でした。
1970年代と現在では、「若者(青年)」の重みが違います。戦争で中堅層が薄くなっていた日本では、70年代、若者に対する期待が大きかったと思います。戦前と全く文化が変わり、アメリカ文化が入ってくる中で、若者には、経済を牽引する力だけでなく、クルマの活用といった文化、ファッション面でもリーダとして発信力も期待されたと思うんです。人口構成という面で見ると、ケンメリの70年代の頃、20歳~39歳の青年層が人口全体に占める比率は35%(2.9人に1人)。これが2010年には25%(4人に1人)に低下、一方、一方、65歳以上の高齢者の比率は、2010年が17.4%にも及ぶのに対し、70年は7%に過ぎません。要するに、人口構成全体が若年寄りで、かつ2.9人に1人は青年なので、自ずと若い人の購入の選択(の好み)は重要だったということです。

また、70年の乗用車の普及率は22%に過ぎず、ほとんどの人が初めて持つクルマだったということも影響があると思います。若い人が多く、高齢者が少なければ、デートカーでもいいでしょう。2ドアでもいいでしょう。でも、クルマの乗車定員、求められるゆとりは年代を追って増えてきて、同じクルマであっても段々ゆとりが求められるようになります。
ジャパンの頃、段々セールスが落ちてきて、日産の開発陣には、レースに出るスカイラインが見たいという声が聞かれるようになってきたといいます。
桜井さんを初めとするスカイライン開発チームには、スカイライン伝説を起こした「勝利の方程式」があったと思います。それは、
①レースに出て、圧倒的に勝つこと
②6気筒DOHC4バルブエンジン、S20のイメージを持つこと
③①を実現するための、2ドアスカイライン「GT-R」を持つこと。(ショートホイールベース化)
この①~③を段々に実現したのが、R32を頂点とする、型番にRが付く、「Rシリーズ世代」のスカイラインだったと思います。
しかし、R世代は、この「スカイライン勝利の方程式」を実現しましたが、販売面では、ジャパンに始まった下降線を上昇させることはなかったんです。

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スカイライン開発陣は、非常にスカイライン伝説に対して慎重だったと思うんです。
R30スカイライン、いわゆるニューマンの時代、スカイラインはレースに復帰します。この時引っさげてきたのが、待望のDOHC4バルブエンジン「FJ20E」でした。
しかし、このエンジンは4気筒であったために、ハコスカGT-Rのエンジン「S20型」のように6気筒24バルブではなく、4気筒16バルブエンジンでした。このエンジンはシルビアにも搭載されていましたから、ちょっとクラス的には格下なんですよね。ですから、GT-Rの名を許さず、桜井さんは、「RS=レン・シュポルト」(Renn Sport)とする訳です。RSは、スカイラインとは因縁深い、ポルシェのRSから持ってきたんでしょう。

スカイラインRS 西部警察バージョン @小樽  SIGMA DP1 Merrill
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スカイラインの開発者の思い、、、なんてそんな単純なことじゃないと思いますが、スカイラインともなると、さすがに日産のホームページに非常にたくさんの情報が出ていて、これを読んでいくと、自ずと、V35に繋がっていくイメージが理解できると思いました。次回は最終回、その辺りを振り返りたいと思います。

by bjiman | 2017-03-07 01:59 | CAR | Comments(0)

ニッサン・スカイラインについて(ジャーナリズムに意見しておきたいこと)⑤

ちょっと旧聞になりますが、ある女子アナウンサーが、自分のプライベートな事柄について報道をされたとき、「何を言っても信じてもらえない」と話していた姿が印象に残りました。私は彼女に同情している訳でも、事情を知っている訳でもないのですが、どう説明しても説明のとおりには報道してもらえず、勘ぐられたことばかり書かれるということがいかに辛いことか、私はクルマジャーナリストの方に言いたいんです。

「設計者に、聞かずに書く」
「決めつける」

ということが、どれほど問題なのか。
スカイラインV35に対して、あるクルマジャーナリストが書いていた言葉

「これまでスカイラインというクルマが作り続けてきた思いや伝統を微塵も感じさせない」
「このでぶなクルマに、スカイラインと名づけることに反対意見はなかったのだろうか。」
「いや、あったに違いない、ゴーン勢力に押し切られてしまったのだろう。」

これに対して、私がこうして強く意見しているのは、当たり前ですが、ジャーナリスト個人に言っているのではありません。
設計者に聞かずに決めつけ、客観性を欠いた議論をすることが、いかに事実を歪曲させてしまうのかということに強い問題意識を持っているからです。
スカイラインV35がデブだという。
ではV35スカイラインがデブなのか、検証してみましょう。
国内の同クラスということで、トヨタのマークⅡ、欧州車では、BMWの3シリーズ、5シリーズと経年で比較してみます。
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この表を見ていただければ一目瞭然であるとおり、スカイラインV35は、ライバルと比べても、歴年のモデルと比べても、決してデブなどではありません。
1980年代、国産車は国内規格の5ナンバー(全長4.7m×全幅1.7m以下)の規制(3ナンバーになると税金が高くなる)の影響で、欧州車等のライバルから保護されつつ、その影響で、スタイルが細長いものになっていました。自動車ジャーナリストからは、「異形だ」「スタイルのバランスが悪い」とさんざん揶揄されていたんです。
それが90年代の税制改正で開放されてからは、段々修正されてきています。特に、この表で見ると分かるとおり、トヨタ・マークⅡは、3ナンバーになったX90型のサイズが、同時代のBMW5シリーズとほぼ同サイズになっていることが分かると思います。こうやって、国産車は世界の水準に並んできたんです。(そしてその後、また5シリーズが更に大きくなったのに、マークⅡはついていかなった。そして、国内専用のマークXという風にコンセプトを練り直すことになるのですが。)
マークⅡのX90型から比べれば、2001年登場のスカイラインV35型の横幅が、1993年当時のマークⅡX90型と同じ1,750mmという設定は、少しもデブなどではなく、むしろライバルから見たら、これでもまだ細長いんです。この時代、既にスカイラインよりも一回り小さいBMW3シリーズ(E90型)の横幅は、1815mmになっているんですよ。横幅が大きくなることは、道幅の狭い我が国の中においては、使い勝手に劣ってくることは確かですが、車内のゆとりが確保でき、側突の安全性を高めることにもなります。なぜ、ライバルと比べてスリムなスカイラインV35型が、これでもデブデブだと言われなければならないのでしょうか。おかしいでしょう。

SIGMA sd Quattro+SIGMA 150-600mmF5-6.3DC OS HSM
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なぜBMWと比較するかと言えば、スカイラインが好きな方なら皆さんご存じのように、特にハコスカ以降のスカイラインが、BMWから、特にマルニ(ノイエ・クラッセ)以降のモデルに強く影響されていることは明らかで、フロント:マクファーソンストラット、リア:セミトレIRSの足回り、直列4気筒ないし6気筒+FRのスポーツセダンというコンセプト、スカイラインの1800ccグレードに用いられたTI(ツーリングインターナショナルと呼んでいた)というグレード名、、、これはマルニ時代のBMWの2002ti をイメージしていると思います。ついでに書くと、ツーリングインターナショナルという訳は、BMWよりも前に「TI」というグレードを用いた本家・アルファロメオのジュリアTI(国際ツーリングカーレース・「Turismo Internazionale」の略)をそのまま使っているのです。この辺りは桜井眞一郎さんを中心とするプリンス自動車時代からのスカイライン開発チームの好みなんだろうと思います。R30の時代には5ドアハッチバックのGTやディーゼルのGTだって出していますから、桜井さんはこうした欧州スタイルのスポーツセダンをスカイラインの中に翻訳していったんだろうと思います。TIの呼称はアルファが先達でも、ジュリアのサスはフロント:ダブルウイッシュボーンのより古典的かつ高級なものなので、ハコスカ以降のスカイラインが実際に参考にしていたのはBMWの方(マクファーソンストラット+セミトレ)だと思います。


そして、マルニ以降のBMWがコンパクトな3シリーズと、中型の5シリーズに分化していくのを横に見ながら、スカイラインは、上のサイズ表にあるとおり、「3と5の中間」のサイズに納めていくようになります。それは、スカイラインのポジションは、下にクラスが近似する看板車種のブルーバードがあったからでしょう。ブルーバードだってサニーじゃないんですから、サイズ的にはDセグメントとCの間くらいにはあるからです。
私の本音を言えば、910のようなFRのブルーバードがもし理想的に発展したなら、レクサスのISや、BMWの3に相当するものになって、スカイラインは、5のサイズでもとやかく言われることはなかったと思います。現行型のスカイラインV37型のサイズをBMWの3と5の間に挟んでみると、それが良く分かると思います。今でもこうしてスカイラインは、BMWの3と5の間にキレイに収まっています。
こういう数字のファクトを揚げて説明せずに、「デブだデブだ」と批判することは、単に適切ではないだけではなく、国際的な競争力を削ぐという点で問題なのです。
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私は、V35のV6になってからスカイラインが欲しいと思うようになりました。これは初めてのことだったんです。
しばらくそんな思いが頭に残って、V36型にスイッチされたときにはディーラーに行ってカタログをもらってきたくらいです。(まだ持っています。下にあるのは当時一緒に検討していたブルーバードシルフィのカタログ)

SIGMA DP1 Merrill
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、、、ということで、次回は、スカイラインが直6からV6に変わった辺りの自分なりの意見を書いてみたいと思います。

by bjiman | 2017-03-04 03:54 | CAR | Comments(0)