(後編の2)野馬土手の保存について考える。 ~五香駅・野馬除土手~

GWも終わりですね。今回の連休は前半・後半あって、たくさん写真が撮れました。
特に5/5~6にかけては前から行きたかった西伊豆・松崎町を満喫。美しく残るなまこ壁に囲まれた昭和モダンの雰囲気が色濃く感じられる町。この旅だけでも500枚程度の写真があるので、整理はちょっと時間がかかるかな、、、その前に、GW前半にご近所をちょこちょこ歩いた写真からアップしていきますので、おつきあいいただければ嬉しいです。
ということで、今日は気を取り直して、五香・野馬土手の続きです。

(1) 五香駅から歩いて徒歩20分ほどでしょうか。立派な野馬除土手が旧ダイエーの後に出来た複合施設「OWL GOKO」の隣にあります。 (SIGMA SD1 Merrill/SIGMA 10-20mmF4-5.6)
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(2) ここは土手全体の半分程度の区画がロープで区切られ、説明プレートが立っています。説明は五香駅前の野馬土手と同じ棒状のものに加えて、立派なプレート状のものもあります。
(こちらは五香駅前のものと同じタイプで説明文も同じものです。駅前のは昭和52年ですが、こちらは平成4年に建てられたようです。)
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(さらに平成11年にはこの立派なプレートが加えられました。)
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説明文の内容は分かりやすいのですが、「荷役用の駄馬の供給源として或いは軍役馬を養成することを目指して、、、」という説明の仕方はもう少し適切にならないかなぁと思います。鎌ヶ谷市の重要文化財指定の文化庁等との説明文によれば小金牧は、「江戸幕府が軍事力を誇示し、全国支配を継続する一環として軍馬を安定的に確保するために設けたもの」と説明されています。また、鎌ヶ谷市の説明では幕府用の野馬は調教のしやすい3歳馬に限られ、当歳馬、2歳馬は野に返されるものであり、民間への払い下げは政権運営が安定し、軍馬の需要が減退したことと野馬が増えた事に伴い、8代将軍吉宗の時代に享保の改革の一環で疵のある馬などが払い下げられ、幕府の貴重な収入源になったとあり、説明文にも「農耕馬等として払い下げられる」と表現されていて説明が丁寧な感じがします。せっかくこのような立派なプレートを掲示されていることは素敵だと思いますが、故にちょっと気になりました。
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(3) それはそれとして、この土手はとても保存状況も良くて当時の雰囲気がよく感じられます。
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(4) この野馬土手はOWL GOKOの区画が終わる部分のところで真ん中に道路が通るので2つに分かれます。
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(5) OWL GOKO側には牧外から牧に入るために設けられていた木戸の遺構があります。
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牧と牧外は野馬土手で区切られているので、牧内に入るためには土手に何カ所か木戸が設けられてたため、木戸に因む地名も残っており、新京成電車には「高根木戸」という駅名まであります。ここの木戸は、小金牧が享保の改革の一環で一部、農地として開墾事業がされた際に、牧内に道路が設けられ、この部分に木戸が設けられていた旨が説明されています。
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(6) 土手の反対側はOWL GOKOの駐車場の一画ということもあり対処が難しいかもしれないのですが、せっかく前側はロープで区切って保存しているのに、こちら側は野ざらしで保存の意図が曖昧に思えて、ちょっともったいない感じです。
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(7) 道路の向こう側の土手もなかなか立派です。
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(8) こちら側は石垣を整備したり花壇を作ったりと親しめるようにしているようです。
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(9) 作業をされていた方にもお話をうかがうことができたのですが、ここは市が買い取って所有しているとのこと。市は公園というコンセプトなのだそうです。野馬土手がどんなに貴重な史跡であっても土手であるので何か活用したいという考えも理解できるのですが、史跡はなるべくそっと保存したいなぁと思うのは好きであるが故の我が儘なのかなぁ、、、と植栽とベンチなどを見てちょっと複雑でした。
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(10) 土手の端の方はかなり急峻で、角度があります。
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竹の子が生えていました。
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(11) いろいろ気になることはあるものの、これだけ広大な土地を市が所有して保存してくれた事はとても嬉しい事です。この土手はずっと今に生きる江戸時代を伝えてくれる教材になるのではと思います。反対側はこうなっています。
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(12) こちら側はかなり急峻で、高さも5m以上はあるでしょうか。
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(13) 最寄り駅は「元山」という駅になります。ちなみに、「元山」、「くぬぎ山」と山がつく駅名が続きますがこの辺一帯に山はなく、資料によると昔の人は、山がないこの地域で、林のあるところを「山」と呼んだのだとか。
小金牧の時代、この辺一体はうっそうと林が茂っていたのでしょうね。
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そんな事を考えながら、この日は次の目的地、「鎌ヶ谷市郷土資料館」のある北初富駅に向かいました。

2013.4.27 松戸市元山付近にて
SIGMA SD1 Merrill
SIGMA 10-20mmF4-5.6
by bjiman | 2013-05-07 00:55 | 新京成電鉄沿線散歩(new!)
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