日本騎兵習練の場所~習志野の旅~

新京成の旅シリーズ 習志野編(2)です。

(1) 習志野駅を降りて歩き出すとすぐに目に入るのがシックな外観の和菓子屋さん「ふなよし」。 (SIGMA SD1 Merrill/SIGMA 17-50mmF2.8)
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むむむな雰囲気。いけそうと思い入ることに。
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(2) 純和風の雰囲気ただよう店内。和菓子屋さんと思いきや、ランチも充実しているようです。
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(3) 私は豆腐カレーを注文。(SIGMA DP3 Merrill)
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ツマはハンバーグ
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(4) もちろん、この「ふなよし」さん、和菓子も充実しています。 (SD1/17-50mm,以後同じです。)
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「明治天皇」、「空」のキーワードがいかにも習志野らしい感じ。この事は後で書きます。
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(5) ふなよしさんのお店を出ると、すぐ脇にただならぬ雰囲気を持った石柱がありました。蝶番があり、何かの門のようだなと思い、お店に戻って聞いてみると軍隊時代の門柱で、ちょっと前までは2本そろっていたけど、1本は倒れて壊してしまったとのこと。
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(6) かつては軍の敷地であったろう場所は今は住宅地となり、少年野球が行われている光景は、ほのぼのとしたもの。
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しかし、グランド外の樹木、土の質感を見ていると、ここがかつて「野原」であった面影をほんのわずか感じられます。
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(7) 今日の目的地はここ、陸上自衛隊 第一空挺団 習志野駐屯地
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駐屯地の創立記念月である4月には、毎年、記念行事として基地が一般公開されるイベントがあるそうです。
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(8) 自衛隊の基地に入るというのも初めての経験。
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いかつい車両も止まっています。
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(9) ここは習志野の歴史と深い関係があります。そのことがこの石碑から分かります。
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(10) 新京成電鉄沿線周囲は、江戸幕府が軍馬育成のために運営した牧(まき)のひとつで「小金牧」と呼ばれていたことはこれまでに何度も書いたのですが、この地域一帯は、明治維新後、明治4年に軍の演習地となり、騎兵の習練が行われていました。 (DP3)
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習志野は日本騎兵の中心地であったため、軍馬慰霊碑が建立されたのだそうです。 (SD1/17-50mm)
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(11) 庭に日本騎兵之碑が建立されています。「習志野」の地名は、この日本騎兵の習練に由来します。
明治6年4月、明治天皇陛下は、この地での演習を野営をしながら2日間ご覧になり、その様子に満足されて、後日、指揮官の篠原陸軍少将をお召しになり、「演習地を今後は習志野原としなさい」と仰せになられたそうです。
この「習志野原」の語源には2説あって、指揮官の名前になぞらえて「篠原に見習え」という意と「兵を習わせよ」という意との事で、どちらかといえば前者を取った解説が多いようですが、いずれにしても直接聞いた訳ではないので真相は分かりません。
いずれにしても明治天皇陛下が「習志野」の名付け親であるということです。明治天皇御製に、
「夏草も 茂らざりけり もののふの 道おこたらず ならし野の原」
があり、自ずと、習練に励む場所の意である事が察せられ、素人の解釈は不要であるかとも思います。
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さて、次回は、そんな明治天皇陛下が習練をご覧になられた建物をご紹介します。

2013.4.7 習志野駅周辺及び陸上自衛隊第一空挺団習志野駐屯地にて
SIGMA DP3 Merrill
SIGMA SD1 Merrill
SIGMA 17-50mmF2.8
by bjiman | 2013-04-20 15:24 | 新京成電鉄沿線散歩(new!) | Comments(2)
Commented by tetsu at 2013-04-20 23:07 x
こんばんは。

習志野はかなり身近だったので、とても懐かしい気分です。
でも、実際に歩いていない所も多かったので
興味深く、そして楽しく散策にお付き合いさせていただいております!

ついでに・・・
正直、とてもややこしかった記憶があります。
と言うのも、街の境界線がとても入り組んでいたり
船橋市なのに「習志野」と言う地名が出てきたり
「習志野店」などとそれを名乗るお店があったり。
そう言えば「JR津田沼駅」も南口が船橋市で、北口が習志野市でしたよね。
(実は訪れた初日、津田沼駅北口でタクシーに乗って、
船橋の住所を告げても通じませんでした・・・)
そんな訳で、最初の頃はかなり混乱していました(汗)
Commented by bjiman at 2013-04-21 07:24
tetsuさんおはようございます。
お近くにお住まいだったということで、習志野特集を楽しんでいただければとても嬉しいです。
私も、今回歩いてみて、はじめてこの事実に気づきました。
そしてなんてややこしいと思いました。
ここが明治天皇陛下の名付けた習志野原であることは間違いないの
ですが、習志野市は、別の場所に出来てしまった。それもおかしな話
しですが、それだけ習志野原は広かったということなんですね。
それにしても後からできた習志野市が、なぜ「習志野市」という名称
に決めたのか(習志野台の住所がないのに)、それが不思議に思い
ます。歴史は歴史として事実があるのに、結局は行政の都合なんで
すよね。
津田沼駅は、見てみたら上が船橋市、下が習志野市という位置関係
でちょうど市境にあるんですね。駅の途中に市境があるという駅も
めったにないのではないでしょうか。それにしても津田沼駅で船橋市の住所を言っても通じないなんて、、、
不案内な運転手ですね(汗)

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