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レクサスHS250hの魅力とは

我が愛車、レクサスHS250hについて、後継車は作られず、代わりに米国で圧倒的な人気を誇るレクサスESにスイッチされるのでは?というニュースが出ています。
残念なことではありますが、ある程度、予想されたことです。
私は何度もこの欄で書いてきたとおり、レクサスHSというクルマは、フランス車、なかでもシトロエン派だった私から見ても、フランス車らしい雰囲気のクルマだと思いました。何と言っても長年愛用したシトロエンから乗り換えてほとんど違和感がなかったくらい。特に似ていたのが、高い位置にセンターオフセット気味に座る座席位置と、柔らかい内装の雰囲気です。こんな趣味的なクルマを500万円近い値段で売ってマーケットがあるのかな?というのが印象でした。でもそれが私にはとても魅力的でした。ほとんど即断即決のような形で購入したのはそういう訳がありました。

レクサス・HS250h
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レクサスHSのスリーサイズ(4,710mm×1,785mm×1,495mm)は、コンパクトなようでいて実際には結構大きなサイズで堂々たるクルマという風に見えます。それはそうでしょう、かつてのクラウンなどにあった5ナンバー車のサイズ(4,700mm以下×1,700mm以下)を全長・全幅とも超えているのですからそれはそうなんです。スバルが、レガシィの大型化に伴って、「かつてのレガシィ」のイメージを残すために国内専用車として発売したレヴォーグのサイズが4,690mm×1,780mmと近似であることからも分かるとおり、日本で日常的な使いやすさと広さを両立させようとすると、この辺りが適性ということになろうかと思います。HSはハイブリッド専用車でしたし、ボディデザインも空力を追求したデザインではありますが、プリウスよりは余裕方向に振られていることもあって、特に1,495mmと高い全高のお陰で乗り降りがしやすい点が◎だと思っています。後ろ姿を見ると、プジョー405とかルノー21とかかつて好きだったフランス車らしい雰囲気が感じられて好きですね。
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さて、代わりに登場すると言われるレクサス・ESですが、これはTwitterでも発信しているとおり、米国でのベストセラー・レクサスです。

米国の2016年のプレミアムカーランキングでは、1位は、レクサス・RX。4位がレクサス・ESです。アメリカのレクサスは、何と言ってもこの2車が販売の主力。LSでもGSでもありません。
(レクサス・RX)
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2016年の米国プレミアムカーランキングでESは全体の4位、セダンでは3位とメルセデスの主力・Eクラスより上です。でも日本ではこのような大型FFセダンは売れた試しがありません。実際ESは、かつてトヨタブランドで、「トヨタ・ウインダム」という名前で売られたことがありますが全く売れませんでした。アメリカではポピュラーな大型FF車のトヨタ・アバロンが日本では売られないのと同様の理由によるものと思います。大型の高級車は、メルセデスようなFR車でないとブランド力がないと思われているんだと思いますが、アメリカではもっと機能主義的なところがあります。FF車は第一に、まず広いですから。それに比べると日本市場はややロマン主義的です。
でも、国内セダン市場が縮小しているのであれば、日本専用車種を作るよりも、アメリカでのベストセラーカーを持ってくる方が合理的です。実際大型SUVのRXだって日本ではまずまず受け入れられています。狭い道では苦労もすると思いますが、その辺はブランドイメージを作っていく上で重要です。
、、、と残念ではありますが、HS位のサイズがアメリカで可能性がないかと言えばそんなことはありません。例えば日本では、ブルーバードのブランドが整理されて、ブルーバード・シルフィ→単にシルフィとなったクルマは、アメリカではセントラ(サニーの米国名)として売られ、米国ではコンパクトカークラスでは人気がある方です。2016年の米国販売ランキングでは、乗用車部門では全体の8位と、トップテンに入っています。ここら辺も日本市場とは全然事情が違います。
(旧型ブルーバード・シルフィ)
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ハワイで見かけたセントラ。日本ではシルフィとして売られるモデル。
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上のセントラと同型の国内バージョン・シルフィ
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レクサスHSのサイズは、現行型セントラよりちょっと大きい位で似通った位置にあります。本当は使いやすいサイズなんです。セダン好きの人にはまだまだ手頃な使い勝手のモデルとして私は貴重だと思っています。
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私のようなクルマ好きって、自分の今乗っている車が好きだなぁと思いながら、「次はなににしようかな」っていつも考えてる。そんなところがあります。HSの次もHSだと思っていましたが、それが叶わないなら、ESは好きなスタイルですが大きすぎるので、ISでコンパクトに行こうかな、、、と諦めかけたところで、ツマが「今のうちにHS、もう一回買っとく?」には思わず、「それもいいかも、、、」と思ってしまいました(笑)

by bjiman | 2017-06-23 02:12 | CAR | Comments(0)

4月2日雪の軽井沢④近衛文麿公別荘他

4月2日雪の軽井沢特集の最後です。
旧三笠ホテル見学の後、ランチをしてから訪問したのが、「近衛文麿公の別荘」です。

近衛文麿公別荘 SIGMA DP1 Merrill
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この建物は、近衛公が大正15年に別荘として購入したものだそうです。近衛公は軽井沢がお好きで度々訪れ、前回紹介した三笠ホテルにも来られている写真が残っていましたが、こんな別荘で避暑を過ごすという生活に憧れます。
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近衛文麿公のような身分の高い方が愛された別荘に、こうして訪問できる、内部も見学できるというのは凄いことだなと感慨に耽りつつ見学させていただきました。私が近衛文麿公に興味を持ったのは、敬愛する白洲次郎氏が親交があり、白洲次郎氏を扱った著作にもよく登場するので、、、、というのがきっかけです。(内部は写真撮影禁止でした。)
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近衛文麿公の別荘のすぐ近くには、軽井沢の開発者としても知られる雨宮敬二郎の邸宅(旧雨宮邸)が外観のみ見学できます。
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ランチは、旧軽銀座の、「パオム」というお店。
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この時のランチのオススメは、信州牛サーロインステーキ!
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このアピールが凄い
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実際、これは何というか、、、凄く美味しかったです。
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これはまた食べたいです。この時は春でしたから、ふきのとうのソースがちょっぴり苦いところなども春らしくて、、、
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とても感じのいい店内で。
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デザートにいただいたブルーベリーのヨーグルトも美味でした。
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たっぷり楽しんだ軽井沢。この後は駅前のアウトレットでちょっとお買い物を楽しみました。
そんな軽井沢の4月の旅特集。これで終わります。

2017年4月2日 @軽井沢にて
SIGMA DP1 Merrilll
Twitterもよろしくお願いします。


by bjiman | 2017-05-07 02:15 | 軽井沢が好き! | Comments(0)

4月2日雪の軽井沢③旧三笠ホテルは見応え十分!

4月2日、雪の軽井沢での旧三笠ホテル見学。このフロント・ロビーの景観に魅せられました。
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西洋の様式・習慣を、こうやって学んだのでしょう。
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13号室がないキーボックス。
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今では伝統ある軽井沢彫の家具ですが、このホテルが建設された頃は、まだ初期の取り組みだったとか。そんな初期軽井沢彫のテーブルと椅子が使われたそうです。
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カーテンボックスの頂部に、三笠ホテルのMの文字。
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窓枠は、二重のスライド式になっていますが、これが分銅の力で任意の位置に止まるように出来ているんだそうです。
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窓越しに見える雪景色がきれいでした。
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客室はいろいろなタイプがありますが、いずれもシンプルな意匠で好感が持てます。
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各部屋に暖炉があります。実際、雪景色のこの日でも、(すでに暖房は機能していませんから)寒くて寒くて、、、。
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忙しく、ゆとりのない日常を送っていると、こんな非日常の落ち着いた空間に逃げ込みたくなります。
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シンプルでかわいらしいランプシェード。今でも十分モダンですね。
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ピンクに塗られた室内ドア。全体がソフトなベージュ、薄いピンクがモチーフにされてコーディネートがかわいらしいですね。
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客室の外に集中して設けられているお手洗い。ドアは、同じピンク系の色でコーディネートされて、かわいらしい。タイルや洗面台はイギリスから輸入したんですね。
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廊下の雰囲気も、一言で言ってシンプル。ランプシェードはコケティッシュ。
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廊下の端々の日当たりの良いところに、こうしてサンルームがあります。お部屋から出てきて、ご友人同士、こうした日当たりの良いコーナーで、穏やかな語らいの時間が過ぎていったことを感じさせます。いいなぁ。。。

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ガラスの不均一さで、窓際の風景がゆがんで見えるってこういうこと。レトロな味がありますね。
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どのサンルームも、デザインの基本テーマにシンメトリーが伺えます。我が国のデザインでは、特に庭園のデザインなどシンメトリーというのではない美意識がありますが、西洋式は、あくまでもこうしたシンメトリーさが基本ですね。
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イタリアのレッチェで見かけたアパートでの景観。全てがシンメトリカルに配置された、同じ雰囲気のモチーフですよね。
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三笠ホテルの、1階から2階に上がっていく正面の景観。優雅なデザイン。
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お風呂は、今のような給湯施設がありませんので、、、
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、、、なので、ここから、ボーイがお湯を満たしに来るという仕組み。
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旧三笠ホテルの家具類には、一彫堂さんのものが多く納められているとのことです。今でも、一彫堂さんのほか、大阪屋家具店、シバザキさんの家具が展示されています。これはシバザキさんのです。シバザキさんのところの製品は今でもトチノキを使ったものが多く、塗料も一彫堂さんや大阪屋家具店さんとは雰囲気の違う塗料(一彫堂さんで伺ったら、今はウレタン塗装が多いようです。)を使っているそうです。
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この見事なつづらとテーブルは、一彫堂さんのでした。
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あやめがフューチャーされた丸い座卓。これも一彫堂さんの。
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これは大阪屋家具店製。みんな昭和初期~中期のものなのに、とても良好な保存状態です。
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まだまだ見ていたかったけど、次があるので、名残惜しく、ホテルを後にしました。旧三笠ホテル、見応え十分です。
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お土産には、この手ぬぐいを買いました。手ぬぐいは、日帰り温泉に行くときに常用しているので、いくらあってもいいのです。
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三笠ホテルのマークがフューチャリングされています。
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三笠ホテル特集を終わります。

2017.4.2@旧三笠ホテルにて
bjiman
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bjimantwitter


by bjiman | 2017-05-03 16:50 | 軽井沢が好き! | Comments(0)

4月2日雪の軽井沢②旧三笠ホテルは見応え十分!

軽井沢の旧三笠ホテル、私は初めて見学しましたが、見応え十分でした。
雪景色の旧三笠ホテル:SIGMA DP1 Merrill
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入り口をくぐると、この偉容に圧倒されます。これは良さそうだなぁ!と。
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この日は、青空に雪景色が映える素晴らしいお天気でもありましたし。
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正面玄関の赤い屋根もかわいいですね。
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雪で寒い時期だったのに見学者がたくさんいらっしゃっていましたよ。GWはさぞかし混んでいるかな?
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旧三笠ホテルは、明治38年(1905年!)に建築・開業された西洋式ホテルで、創業したのは、明治製菓や日本郵船などで重役を務めたという山本直良(1870~1945)氏。音楽家の山本直純さんの祖父にあたられる方なんだそうですが、その方が、万平ホテルの佐藤万平氏の助言を受けながら作り上げたんだそうです。万平氏もライバルに塩を送るというというより、共に格式の高いホテルを揃えることで、軽井沢のブランド価値を創造しようとしたのかもしれませんね。
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ご興味がある方は、こちらを読んでいただければと思いますが、この貴重な建物は、昭和55年に国の重要文化財に指定されています。
設計も施工も日本人が行っており、洋風の、西洋であれば金属を使うような曲げ加工も木材を加工して西洋式のデザインを取り入れている点などが特徴だそうです。
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窓枠の優雅な丸いデザイン、天井を支える腕木などに見られるきれいに曲げられた加工。職人さんの高い技術を感じさせます。
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湾曲したブラケットが優雅さを演出していますね。
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正面玄関をくぐりましょう。歴史を感じさせる「ルテホ笠三」の看板が大事に掲げられています。きっと創業当時のものなのでしょう。
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すると最初に目に付いたのが天井に渡された多くの木材。自然の風合いをそのまま活かしています。お洒落だなと思いました。
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カーテンレールも木材で優雅に作られています。これはいい!
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重要文化財の指定書が飾られていました。当時の文部大臣・谷垣専一氏は、今の谷垣禎一氏のお父様ですね。
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ホテルの100年に亘る歴史が書かれています。ホテルは、近衛秀麿、渋沢栄一、大隈重信氏など、誰もが知る政財界を代表する方々の愛されたそうです。
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ホテルの宿帳が展示されていましたが、ふっと見ると、「M.S.Noghi」って、、、乃木希典だ!奥様とご一緒に宿泊されたんですね。そういう施設だと分かっていても、いざお名前を見ると驚いてしまいます。
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これがホテルのロビー。なんて優雅なんでしょうか。。。三笠ホテルは、軽井沢の鹿鳴館と言われたそうですが、まさに政財界の代表者達が集う社交場の雰囲気があります。
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さて、続きは次回。

2017.4.2 @軽井沢 旧三笠ホテルにて。
SIGMA DP1 Merrill

(twitter用には、DP1撮って出しのJPEGを使いました。ブログ用はX3FのRAWからTIFFを作ってアドビでWeb用のJPEGを作っています。)


by bjiman | 2017-05-02 02:40 | 軽井沢が好き! | Comments(0)

4月2日雪の軽井沢①

明けて4月2日の朝は、快晴でした。朝食はメインダイニング。朝のブレックファストは、何種類かのメイン、ジュースの種類を選びます。
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信州りんごジュースとコーヒー。
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パンは普通に英国式の山形パンです。
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ホテルオリジナルのジャム類が豊富にあります。
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私は、メインはベーコン。卵はスクランブルエッグでいただきました。
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1階と2階の間に見えるステンドグラス。亀は、万平ホテルとなる前身時代に、亀屋という屋号で営業していたことに因みます。
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私たちが朝食を終えると、既にチェックアウトしているお部屋も多数。このベッドスペースと窓際に仕切りがあるお部屋は、いつか私たちが泊まってみたいと思っているお部屋です。
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外は快晴。やった。
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お部屋にも、清々しい空気感が漂っていました。
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名残惜しいけどチェックアウト
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雪景色の万平ホテル。味わい深い宿泊になりました。
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また来ようって思いながら後にしました。 (SIGMA DP3 Merrill)
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さて、今回は、軽井沢駅前のトヨタレンタカーで、カローラ・アクシオを借りました。カローラのレンタカーは初めて。1300ccですが、小回りは効くし、運転しやすい車でしたよ。(DP1)
 
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向かったのは、ホテルからすぐ近くの、旧三笠ホテル。駐車場にカローラを滑り込ませると、なんと隣は、クラウン・マジェスタのレンタカーでした。
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ほんといい天気。有名な白糸の滝は、この道の先になります。
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この山道をほんのわずかに戻ると、三笠ホテルに着きます。
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素晴らしい外観!これは見応えがありそう!!!
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ということで、続きは次回。

2017.4.2 @軽井沢にて
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SIGMA DP3 Merrill
ちょこっとTwitterしました。


by bjiman | 2017-04-30 08:51 | 軽井沢が好き! | Comments(0)

4月1日雪の軽井沢③

4月1日~2日の軽井沢。宿泊は、万平ホテルでした。このときの旅は、万平ホテルの割安な特別宿泊プランのご案内があっての企画でした。

雪景色の万平ホテル SIGMA DP1 Merrill
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泊まったのは、現在の万平ホテルの中でも最も歴史のある昭和11年築のアルプス館。2階の左側の部屋です。
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落ち着いた、非常に雰囲気の良い部屋です。
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ベッドとソファの洋室ですが、反対側には床の間風の設えと掛け軸があって、和風の趣。書は、明治時代、軍医制度の基礎を築いた陸軍軍医総監だった石黒况翁(きょうおう)氏のもので、軽井沢の清々しさを表現したものでした。
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こういうビロード生地のソファが懐かしいです。
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夏の避暑の時は、石黒况翁のいう清々しさが感じられる景観だと思いますが、4月1日のこの日、窓越しの景色は雪景色。これはこれで静寂さがあっていいものです。
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部屋の調度品は、軽井沢伝統の軽井沢彫のもので統一されています。見事なものです。
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この椅子もかわいいです。
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ルームキーも、もちろん軽井沢彫
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テレビ台も軽井沢彫。これ、欲しいなぁ。
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姿見と箪笥。
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軽井沢彫の図柄は、外国人のために作られたという歴史から、日本を感じさせる桜が最もポピュラーだと思いますが、他に葡萄柄なども多いようです。万平ホテルの軽井沢彫は、一彫堂さんのもので統一されているようです。
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ひまわり柄はめずらしい。
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バスタブは、いかにもレトロな洋館ホテルらしく、猫足の西洋式。
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美しい廊下を抜けて、食事のためにロビーに降りていきます。
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2階から1階に降りていく景観さえ、美しく、絵になる。
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万平ホテルでの華とも言えるのが、この素敵なメインダイニングでの食事だと思います。
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この夜は、お得な宿泊プランを選んでいたので、メニューはレギュラーとは別の少し簡易なものでした。折角の機会だったので、普通のにしておいた方が良かったかなとちょっと思いました。これはこれで美味しかったのですが。
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ワインでゆっくり過ごしました。
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すずらんのかわいらしい取り皿
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信州サーモンと、葉野菜のサラダ
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もちろんパンはホテルメード。
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野菜のクリームスープ
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白身魚のポワレと薄切りビーフのポワレは盛り込みで。白身魚までで予算が尽きた感じでした(笑)が。ここはエキストラを払っても信州牛に行きたかったところでした。
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デザート。これは美味しかったですね。
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連泊する人や、何度も来るというリピーターの方も安心。中華もあります。
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素敵な軽井沢での夜が更けていき、私もゆっくり寝られました。

2017.4.1 @軽井沢にて
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by bjiman | 2017-04-29 15:41 | 軽井沢が好き! | Comments(0)

4月1日雪の軽井沢②

4月1日、関東地方ではまさにこれから桜、という春に向かっていくとき。
でもなぜか、こんな雪の軽井沢でゆっくりするのも悪くない。そんな風に思いました。  (SIGMA DP1 Merrill)
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旧軽井沢銀座の周辺、ちょっとだけリーズナブルな駐車場にパークして、歩き始めて。このレストラン、今度来たいな、と思いました。
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旧軽井沢銀座は、人もまばら、、、という感じではなく、まぁこの時期にしては想像より混んでるなあという感じでした。
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この手のお土産って普通あまり買う気にならないんです。でも、この日のこのお店で見たお土産は、美味しそうなものが多くて困ってしまいました。
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これはかわいらしかったな。買いませんでしたが。
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目的のひとつは、この喫茶店「ミカドコーヒー」でのんびりコーヒーをいただくことでした。
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ジョンレノンも愛したという、軽井沢名物のひとつ。ミカドコーヒーのモカソフト。コーヒー味のソフトクリーム。美味しいですよ。
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私、日頃の疲れもあって、ここで珈琲をいただきながらウトウト寝てしまいました。でも、ストレスってそうやって開放されていくもののようにも、、、(強弁)
これはDP3で撮ってみました。
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ミカドコーヒーの店内では私のような世代の者にはちょっと懐かしいものがありました。
これこれ、樽形スピーカー。私は高校時代、自作マニアでした。そういう自作ファンにはこういうタイプのスピーカー、懐かしいと思うんですよね。酒樽とか、桧の桶とか、いろんな既存の箱もキャビネットになりましたね。そんなマニアに愛された16cm(これを6寸半=ロクハンと呼ぶのも死語でしょうが。)フルレンジとか20cmくらいのフルレンジを入れるのが定番でしたね。この(おそらく)パイオニアのコアキシャル2WAY、PAX-A20のようなユニットは定番中の定番だと思います。(DP3)

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コーヒーじゆっくりしてから、また旧軽井沢銀座をブラブラ。軽井沢観光協会も、ちょっと雪景色
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軽井沢彫の家具類が大好きです。
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それでは、楽しみにしていた宿泊所。旧軽井沢銀座からは至極近く。万平ホテルに向かいます。。。

2016.4.1 軽井沢にて
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by bjiman | 2017-04-19 02:21 | 軽井沢が好き! | Comments(2)

4月1日雪の軽井沢①

4月1日、2日の土日は雪の軽井沢で過ごしました。
春の桜が舞う東京から新幹線でわずか1時間。横川を過ぎてトンネルをくぐると風景は一変。「トンネルを抜けると、そこは雪国だった」というほどではありませんが、まだ確かに、そこは雪景色だったのです。

軽井沢についたら、雪の残る景観でした。 SIGMA DP1Merrill
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(雪の残る軽井沢駅)
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いつもはレクサスHSでドライブするところですが、今回は事前に、まだ雪が降っているという地域情報が出ていたので、急遽スタッドレスを装備したレンタカーを手配しました。旅のお供をしてくれるのは、カローラ・アクシオ1300ccです。
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さすが軽井沢。雪の残る町を走るレクサスも4WD/スタッドレス仕様。4WDのGSを見たのは初めてかな。
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軽井沢駅に降り立ったのはお昼時の12時頃。早速向かったのは、駅から歩いて近くの「カスターニエ 軽井沢 ローストチキン」
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私は「3種のソーセージのグリル」をいただきました。
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もちろん美味しい信州産りんごの美味しさたっぷりのアップルジュースも楽しみました。
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食事が終わったら、軽井沢銀座に繰り出します。
続きは次回。

by bjiman | 2017-04-12 01:13 | 軽井沢が好き! | Comments(0)

ニッサン・スカイラインについて(ジャーナリズムに意見しておきたいこと)⑥

スカイラインについての最終回(の前半)。最後にまとめておきたいと思います。
私は、年末にみた自動車ジャーナリストの、スカイラインV35型についての批判記事。

「これまでスカイラインというクルマが作り続けてきた思いや伝統を微塵も感じさせない」
「このでぶなクルマに、スカイラインと名づけることに反対意見はなかったのだろうか。」
「いや、あったに違いない、ゴーン勢力に押し切られてしまったのだろう。」

という部分、特に、最後の「ゴーン勢力に押し切られた、、、」云々の評論に強い違和感を持っていました。
仕事をする上で、社会人として、私はこのような被害者意識を持ちたくないからです。

実際そうなんでしょうか。まずそれを聞きに行くべきだし、昨今、再三取りあげているように、日産のライバルのトヨタの場合は、エンジニア自らが、Webをはじめ、雑誌などにも登場し、インタビューに応え、または自ら投稿し、相当突っ込んだ情報発信をするようになっています。逆に言えば、そうでもしなければ、きちんと情報発信ができないからだろうとも思います。
前回、昨年にテレビで見た、アナウンサーの人が個人的な報道をされて、自分で説明しても、「何も信じてもらえない」と話していたことが印象的だったと書きましたが、クルマのエンジニアにとってもその辛さは同じものがあるだろうと。特に、スカイラインのような人気車については、メーカーも、エンジニアも情報発信をしているので、今回改めて、これだけ豊富な情報発信をしているのに、なぜ、冒頭のようなことを自動車ジャーナリズムが書くのか違和感がぬぐえません。まさに、何を言っても信じてもらえないということの辛さだろうと思います。

では、V35以降の、V6スカイラインは、スカイラインというクルマの伝統を微塵も感じさせないものなのか、私なりに逆の意見の立場から説明してみたいと思います。
まず、スカイラインの始まりから、V35にチェンジするまでの、セールの経過をもう一度グラフで見てみます。
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スカイラインは、2代目のS54Bの時、初代スカGが、第2回日本グランプリで1周だけポルシェの前を走って、普通のセダンでありながら速い!というところが「羊の皮を被った狼」と称されて「スカイライン伝説」が生まれ、プリンス自動車を日産が合併して初のスカGとなった「ハコスカ」こと、GC10のレース仕様である初代GT-Rが、4ドアGT-R&2ドアGT-Rで、ツーリングカーレース49連勝を誇ったところでブランドが確立したといってもいいでしょう。
でも、ここからが肝心ですが、スカイラインが最もセールスを伸ばした時期、それは「愛のスカイライン」ケンメリの時とそれに引き続くジャパンの時だということです。
ハコスカの時も「愛のスカイライン」と呼んでいましたが、ケンメリ時代、バズの素敵な曲「愛と風のように」の繊細なヴォーカルな時代に乗せて、明らかにアメリカを感じさせる「ケンとメリー」のカップルが日本国中を旅するというテーマのCMは社会現象とまで言われるようになりました。私も美瑛にあるケンとメリーの木を見に行きました。日産のホームページNISSAN LEGENDSの中で、桜井さんの部下でR32スカイラインを指揮した伊藤修令さんが、「ケンメリ時代から、走りをセールスポイントにした「真面目な」クルマから、ファッショナブルな路線へ転換した。若者が求めていたデートカーの要素を持っていた。」「そういう方向性を打ち出したのは彼(桜井さん)でした。」と証言しています。また、桜井さんを評して、「理屈ばかりのガチガチのエンジニアだったかといえばそうでもない。世の中の動向や流行にも敏感な人」だったとも指摘しています。日産自動車に吸収されたプリンス自動車にとって、系列ディーラーである「日産プリンス自動車販売」の貴重なエース車種であるスカイラインの売れ行きは、開発エンジニアだった桜井さんにとっては非常に重要だったことは想像に難くありません。ハコスカの時代の49連勝の最中に、ファッショナブルな路線に転換する、、、それは日産自動車の責任者の一人としての「マーケティング」(どうすれば売れるのか、、、という決断)だったのだと思います。そしてそれは大成功を収めるんです。ケンメリとジャパンの時代、それはどこから見ても、アメリカンなデザインのやや大柄なセダンで、若い2人が中心でありながら、後部座席のスペースも確保したことがアピールされたCMになっています。ケンメリとジャパンの9年弱でスカイラインは約130万台売り上げる人気車種になる訳ですが、この間、スカイラインはレースに出場するようなことはなかったんです。むしろ、そんな強さよりも、若者が求める「優しさ」がアピールされた時代でした。
1970年代と現在では、「若者(青年)」の重みが違います。戦争で中堅層が薄くなっていた日本では、70年代、若者に対する期待が大きかったと思います。戦前と全く文化が変わり、アメリカ文化が入ってくる中で、若者には、経済を牽引する力だけでなく、クルマの活用といった文化、ファッション面でもリーダとして発信力も期待されたと思うんです。人口構成という面で見ると、ケンメリの70年代の頃、20歳~39歳の青年層が人口全体に占める比率は35%(2.9人に1人)。これが2010年には25%(4人に1人)に低下、一方、一方、65歳以上の高齢者の比率は、2010年が17.4%にも及ぶのに対し、70年は7%に過ぎません。要するに、人口構成全体が若年寄りで、かつ2.9人に1人は青年なので、自ずと若い人の購入の選択(の好み)は重要だったということです。

また、70年の乗用車の普及率は22%に過ぎず、ほとんどの人が初めて持つクルマだったということも影響があると思います。若い人が多く、高齢者が少なければ、デートカーでもいいでしょう。2ドアでもいいでしょう。でも、クルマの乗車定員、求められるゆとりは年代を追って増えてきて、同じクルマであっても段々ゆとりが求められるようになります。
ジャパンの頃、段々セールスが落ちてきて、日産の開発陣には、レースに出るスカイラインが見たいという声が聞かれるようになってきたといいます。
桜井さんを初めとするスカイライン開発チームには、スカイライン伝説を起こした「勝利の方程式」があったと思います。それは、
①レースに出て、圧倒的に勝つこと
②6気筒DOHC4バルブエンジン、S20のイメージを持つこと
③①を実現するための、2ドアスカイライン「GT-R」を持つこと。(ショートホイールベース化)
この①~③を段々に実現したのが、R32を頂点とする、型番にRが付く、「Rシリーズ世代」のスカイラインだったと思います。
しかし、R世代は、この「スカイライン勝利の方程式」を実現しましたが、販売面では、ジャパンに始まった下降線を上昇させることはなかったんです。

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スカイライン開発陣は、非常にスカイライン伝説に対して慎重だったと思うんです。
R30スカイライン、いわゆるニューマンの時代、スカイラインはレースに復帰します。この時引っさげてきたのが、待望のDOHC4バルブエンジン「FJ20E」でした。
しかし、このエンジンは4気筒であったために、ハコスカGT-Rのエンジン「S20型」のように6気筒24バルブではなく、4気筒16バルブエンジンでした。このエンジンはシルビアにも搭載されていましたから、ちょっとクラス的には格下なんですよね。ですから、GT-Rの名を許さず、桜井さんは、「RS=レン・シュポルト」(Renn Sport)とする訳です。RSは、スカイラインとは因縁深い、ポルシェのRSから持ってきたんでしょう。

スカイラインRS 西部警察バージョン @小樽  SIGMA DP1 Merrill
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スカイラインの開発者の思い、、、なんてそんな単純なことじゃないと思いますが、スカイラインともなると、さすがに日産のホームページに非常にたくさんの情報が出ていて、これを読んでいくと、自ずと、V35に繋がっていくイメージが理解できると思いました。次回は最終回、その辺りを振り返りたいと思います。

by bjiman | 2017-03-07 01:59 | CAR | Comments(0)

ニッサン・スカイラインについて(ジャーナリズムに意見しておきたいこと)⑤

ちょっと旧聞になりますが、ある女子アナウンサーが、自分のプライベートな事柄について報道をされたとき、「何を言っても信じてもらえない」と話していた姿が印象に残りました。私は彼女に同情している訳でも、事情を知っている訳でもないのですが、どう説明しても説明のとおりには報道してもらえず、勘ぐられたことばかり書かれるということがいかに辛いことか、私はクルマジャーナリストの方に言いたいんです。

「設計者に、聞かずに書く」
「決めつける」

ということが、どれほど問題なのか。
スカイラインV35に対して、あるクルマジャーナリストが書いていた言葉

「これまでスカイラインというクルマが作り続けてきた思いや伝統を微塵も感じさせない」
「このでぶなクルマに、スカイラインと名づけることに反対意見はなかったのだろうか。」
「いや、あったに違いない、ゴーン勢力に押し切られてしまったのだろう。」

これに対して、私がこうして強く意見しているのは、当たり前ですが、ジャーナリスト個人に言っているのではありません。
設計者に聞かずに決めつけ、客観性を欠いた議論をすることが、いかに事実を歪曲させてしまうのかということに強い問題意識を持っているからです。
スカイラインV35がデブだという。
ではV35スカイラインがデブなのか、検証してみましょう。
国内の同クラスということで、トヨタのマークⅡ、欧州車では、BMWの3シリーズ、5シリーズと経年で比較してみます。
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この表を見ていただければ一目瞭然であるとおり、スカイラインV35は、ライバルと比べても、歴年のモデルと比べても、決してデブなどではありません。
1980年代、国産車は国内規格の5ナンバー(全長4.7m×全幅1.7m以下)の規制(3ナンバーになると税金が高くなる)の影響で、欧州車等のライバルから保護されつつ、その影響で、スタイルが細長いものになっていました。自動車ジャーナリストからは、「異形だ」「スタイルのバランスが悪い」とさんざん揶揄されていたんです。
それが90年代の税制改正で開放されてからは、段々修正されてきています。特に、この表で見ると分かるとおり、トヨタ・マークⅡは、3ナンバーになったX90型のサイズが、同時代のBMW5シリーズとほぼ同サイズになっていることが分かると思います。こうやって、国産車は世界の水準に並んできたんです。(そしてその後、また5シリーズが更に大きくなったのに、マークⅡはついていかなった。そして、国内専用のマークXという風にコンセプトを練り直すことになるのですが。)
マークⅡのX90型から比べれば、2001年登場のスカイラインV35型の横幅が、1993年当時のマークⅡX90型と同じ1,750mmという設定は、少しもデブなどではなく、むしろライバルから見たら、これでもまだ細長いんです。この時代、既にスカイラインよりも一回り小さいBMW3シリーズ(E90型)の横幅は、1815mmになっているんですよ。横幅が大きくなることは、道幅の狭い我が国の中においては、使い勝手に劣ってくることは確かですが、車内のゆとりが確保でき、側突の安全性を高めることにもなります。なぜ、ライバルと比べてスリムなスカイラインV35型が、これでもデブデブだと言われなければならないのでしょうか。おかしいでしょう。

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なぜBMWと比較するかと言えば、スカイラインが好きな方なら皆さんご存じのように、特にハコスカ以降のスカイラインが、BMWから、特にマルニ(ノイエ・クラッセ)以降のモデルに強く影響されていることは明らかで、フロント:マクファーソンストラット、リア:セミトレIRSの足回り、直列4気筒ないし6気筒+FRのスポーツセダンというコンセプト、スカイラインの1800ccグレードに用いられたTI(ツーリングインターナショナルと呼んでいた)というグレード名、、、これはマルニ時代のBMWの2002ti をイメージしていると思います。ついでに書くと、ツーリングインターナショナルという訳は、BMWよりも前に「TI」というグレードを用いた本家・アルファロメオのジュリアTI(国際ツーリングカーレース・「Turismo Internazionale」の略)をそのまま使っているのです。この辺りは桜井眞一郎さんを中心とするプリンス自動車時代からのスカイライン開発チームの好みなんだろうと思います。R30の時代には5ドアハッチバックのGTやディーゼルのGTだって出していますから、桜井さんはこうした欧州スタイルのスポーツセダンをスカイラインの中に翻訳していったんだろうと思います。TIの呼称はアルファが先達でも、ジュリアのサスはフロント:ダブルウイッシュボーンのより古典的かつ高級なものなので、ハコスカ以降のスカイラインが実際に参考にしていたのはBMWの方(マクファーソンストラット+セミトレ)だと思います。


そして、マルニ以降のBMWがコンパクトな3シリーズと、中型の5シリーズに分化していくのを横に見ながら、スカイラインは、上のサイズ表にあるとおり、「3と5の中間」のサイズに納めていくようになります。それは、スカイラインのポジションは、下にクラスが近似する看板車種のブルーバードがあったからでしょう。ブルーバードだってサニーじゃないんですから、サイズ的にはDセグメントとCの間くらいにはあるからです。
私の本音を言えば、910のようなFRのブルーバードがもし理想的に発展したなら、レクサスのISや、BMWの3に相当するものになって、スカイラインは、5のサイズでもとやかく言われることはなかったと思います。現行型のスカイラインV37型のサイズをBMWの3と5の間に挟んでみると、それが良く分かると思います。今でもこうしてスカイラインは、BMWの3と5の間にキレイに収まっています。
こういう数字のファクトを揚げて説明せずに、「デブだデブだ」と批判することは、単に適切ではないだけではなく、国際的な競争力を削ぐという点で問題なのです。
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私は、V35のV6になってからスカイラインが欲しいと思うようになりました。これは初めてのことだったんです。
しばらくそんな思いが頭に残って、V36型にスイッチされたときにはディーラーに行ってカタログをもらってきたくらいです。(まだ持っています。下にあるのは当時一緒に検討していたブルーバードシルフィのカタログ)

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、、、ということで、次回は、スカイラインが直6からV6に変わった辺りの自分なりの意見を書いてみたいと思います。

by bjiman | 2017-03-04 03:54 | CAR | Comments(0)