タグ:DP1 Merrill ( 159 ) タグの人気記事

JBL2130ユニットを交換。~夏休みの工作~

3連休でしたね。私は時間のある時にやろうと思っていたスピーカーのちょっとした改造に取り組みました。
Sansui monitor2130 SIGMA DP1 Merrill

c0223825_00494390.jpg
私が6月に購入したSansuiのmonitor2130は70年代に発売されたものですから、もう40年以上は経っている訳です。そんなスピーカーのサウンドに完璧を求めるのは元々無理筋というもので私はそういう期待は最初からしていませんでした。専門的な事を言えば、monitor2130に搭載されている30cmユニットのJBL Professional2130は、強力なアルニコマグネット仕様ですが、アルニコマグネットには減磁しやすいという特性もあるし、年代が経過したネットワークのコンデンサーには容量ヌケという問題もあります。でもオーディオというのは趣味なので、ずっと憧れだった初期型D130の流れを汲む2130ユニットと、手作りの組格子がついたキャビネットは大きさといい、色といい私の理想と言ってもいいもので、毎日一度はキャビネットを触って癒やされています。その前提を置いてですが、気になっていた要改良点の一つは、特定の周波数域で発生する「歪み」でした。歪みがあるために、音が混濁してクリアに聞こえないという問題点を感じ取っていました。あくまでオーディオレベルの音量で、オーディオレベルの聴き方をした場合に、ですが。最初に疑ったのは、30cmユニットのヴォイスコイルが磁気回路とのギャップに当たっているのではないか?という疑問です。
下の写真にあるように、最初に買った状態の時についていた30cm2130には、センターキャップ下部のところに、接着剤がこぼれたのを拭いた後が見えます。これは製品出荷時にあったものとは考えにくく、発売後、コーン紙を取り替えた際などの処理が雑だったのではないか、と思った訳です。2130は民生用D131のプロバージョンで、耐入力が60wから100wまで引き上げられています。もちろんPA用途を考慮したからでしょう。そのためにヴォイスコイルのギャップは特に精密に設定されていると読んだことがあります。ヴォイスコイルが磁気回路に当たって歪みが出ているとしたら、最悪、コーン紙をもう一度張り替える必要が生じ、部品代を考えるとペアで10万円以上の出費は覚悟しないといけません。自分でやればパーツ代だけですが、そんな蛮勇はありません。
そこで、手軽な価格の2130の中古が出ていたら、一度入れ替えてみたいなと思っていました。D131ファミリーは、D131アルニコ仕様、D131H(フェライト仕様)、プロ用の#2130にもアルニコの#2130とフェライトの#2130H、楽器用途に特化したE12Oとか、豊富なファミリーがあり、70年代以降のものであればフレームは共通ですから簡単に入れ替えが可能です。最初は手軽なE120Hなどの気軽なものがあったら、とも思ったのですが、やはりSansuiのエンジニアが70年代に、なぜ民生用のD131ではなくてわざわざプロフェッショナル用途の高価な#2130をチョイスしたのかを考えると、当時の最上を選択したのだろうと想像し、その趣旨を踏まえて同じ#2130を選んだ方がいいように思えました。それで#2130の中古をオークションで何気なく見ていたら、ちょうどおあつらえ向きの保管未使用品が手軽な価格で出ているのを見かけたので何気なく入札したところ運良く落札できたので、早速入れ替えを実施してみました。

私が今回購入した、JBL Professional2130の1本。 Serial#4542 1970年代に売られていたものとしては信じられないほどフレームもキレイです。
c0223825_01161936.jpg
c0223825_01184119.jpg
素人にはおよそ分からない部分ですが、コーン紙裏に書いてある英数字の記号を見ていると、こういうのはオリジナルのコーン紙かなと思ったりします。C2の文字が見えるでしょうか。
c0223825_01293944.jpg
コーン紙表面もキレイ。センターキャップも新品のようです。もちろん接着剤の液ダレはありません。
c0223825_01384585.jpg
もう一本のSerial#4549。こちらも、フレームはとってもキレイです。
c0223825_01415336.jpg
こちらには小さな問題があって、コーン紙に1cmほどの破れがあります。でも、正直なところ完璧を求めるつもりはありませんし、こうした欠点があったからこそリーズナブルに落札できたと思います。それに、素人考えですがこの程度の裂けが音質に問題を及ぼすとはおよそ考えられません。それにこの傷には、裏面からスピーカーメンテナンスで使われるボンドで補修がされてありました。何しろコーン紙は「紙」ですからこれで十分だと思います。
c0223825_01502762.jpg
c0223825_01543009.jpg
交換作業といってもそんなに難しいものではありません。monitor2130の#2130ユニットはネジ4本で留まっているだけですからそのネジ4本を外して配線を付け替えてもう一度、装着すればいいだけ。1本15分もあれば作業できます。ユニットを外すとこんな感じ。奥にネットワークが見えます。

c0223825_02021372.jpg
コンサート会場などで使われる#2130ですから、交換は迅速にできるようにターミナルもプッシュ式ですぐ交換できるようになっています。ハンダは要りませんし、もともとも半田付けはされていませんでした。
c0223825_02045680.jpg
あっという間に作業完了。そわそわと音だししてみました。
c0223825_02082138.jpg
結果は、、、残念ながら非常に似た、いや同じユニットを交換しただけなので当たり前ですが、同じ音が出ました。気になる歪みの部分は同じでした。
ただし全体的には、中低音にバランスのあるふくよかな音質で、満足度は変わりません。美しいユニットが付いた、とりあえず今回はそれで満足しようと思いました。
c0223825_02121294.jpg
右側に付けたこのユニットの傷も、こうやってシステムに着いてしまえば全く気にはなりません。
c0223825_02141261.jpg

外した方の#2130ユニットの片方は磁気回路のプレートの部分がかなり腐食が見られます。フレームにも錆かなと思われる浮きがちらほら見られます。Serialも3000番代なので、今回私が買ったユニットより以前のものなのかもしれません。コーン紙はリコーンされているのかなと思っていましたが、こちらもコーン紙裏の「K」のロゴを見ているとオリジナルかな?と思ったりしました。まぁ素人には分からない部分だと思います。いずれにしても今回買ったユニットの方が全体の状態はいいと思います。
c0223825_02214456.jpg
そんな訳で夏休みの工作は終わりました。後はネットワークのコンデンサー容量ヌケによるツイッター077からの聴感上の歪みなのか、あるいは他の原因なのかを慎重に探りつつ、時間を掛けて手を入れていこうと思いました。monitor2130のネットワークは、7KHz、12dB/octの回路なので、LCコイル、コンデンサーの組み合わせ回路だと思いますが、仮にこちらに手を入れないでも7kHz、6dB/octのローカットでいいのであればコンデンサー1本Tweeterに噛ませればいいだけなので、何かの機会に試して見ようかなとは思ったりします。#2130の交換したユニットはしばらく交換パーツとして保管しておく予定です。

by bjiman | 2017-08-14 02:30 | PCオーディオへの道 | Comments(0)

ヤブカンゾウ 夏の公園にて

「溶けそうなくらい」と言った方がいましたが、本当に暑い1日でした。外には出たいけど歩いたんでは熱中症になりそう、、、ということで飲み物と本を持って、今日は公園のあずま屋でSiestaでもしようかと、コンパクトなSIGMA DP1 MerrillとDP3 Merrillを持って、近所の公園に行きました。
そこでは、あちらこちらで、夏を感じる「ヤブカンゾウ」が咲いていました。久し振り(といっても数多く撮っているのですが)に、DP3 Merrillを主体に撮ってみました。

「ヤブカンゾウ」 SIGMA DP3 Merrill 50mmF2.8、開放、1/640秒、ISO200(2枚ともデータは共通)

c0223825_02122919.jpg
c0223825_02140424.jpg
DP1では、風景を広角的に。今日みたいなお天気の日は、SIGMAの「Fovクラシックブルー」がキレイに決まります。
c0223825_02163066.jpg
c0223825_02190071.jpg
こういう暑い日のヒマワリって、本当に暑そうな感じがするから不思議です。 (上DP1、下DP3、Fovクラシックブルー)
c0223825_02205055.jpg
c0223825_02220569.jpg
これ、柿です。秋~冬に向けて、もうこんなに準備が出来ているんですね。 (DP3)
c0223825_02232954.jpg
日向が当たっていると、どちらかと言えばパサパサな感じになるヤブカンゾウですが、日陰で少し透過光を通すようなシチュエーションでは、しっとりと、、、は撮れないけど。 (DP3 Merrill)
c0223825_02263977.jpg
外気温は暑くても、森の中の歩道ではずっと涼しくなります。
c0223825_02290965.jpg
c0223825_02300936.jpg
あずま屋でお茶(コーヒーを入れていました。)いただきつつ、ベンチで大好きな白洲次郎の本で、しばし読書&Siesta
c0223825_02323745.jpg
c0223825_02345797.jpg
そんな1日でした。
2017.7.9 @松戸市21世紀の森と広場にて
SIGMA DP1 Merrill
SIGMA DP3 Merrill

by bjiman | 2017-07-10 02:36 | 松戸市・21世紀の森と広場 | Comments(0)

ピッツァについて思う

最近は蒸し暑いですよね。私たち夫婦も、こういう日が続くとスパークリングワインをいただく機会が増えます。
c0223825_01513687.jpg
これはとても美味しかったです。
c0223825_01531123.jpg
私は料理のことはよく分からないし、味オンチだと思うのですが、最近どうも、ピッツアって案外難しいんだなと思わされました。
他のメニューはとても美味しくても、最後にちょっとつまむピッツアがイマイチかなと思うことが何度かありました。単にお腹いっぱいなのかもしれませんが(笑)
これはとても美味しかったです。
c0223825_01571399.jpg
c0223825_01572483.jpg
このピッツアは、よく分からないのですが生地がちょっとどうかな、、、と思いました。
c0223825_01585311.jpg
ここのスパークリングワインも美味しかった!
c0223825_02013092.jpg
c0223825_02021030.jpg
タパスみたいなおつまみも楽しい。
c0223825_02030056.jpg
リコッタチーズだったかな、とても美味しかった。おつまみに癖になる。
c0223825_02181602.jpg
こういうメニューもワインが進みますよね。
c0223825_02192633.jpg
ピッツアは美味しかったのですが、台というか生地のせいなのか、少しピンとこないところもありました。
c0223825_02203600.jpg
サイゼリヤに行って凄いなと思うのは、これだけリーズナブルで、あれだけたくさんお店を出していても安定しているということかな。この白ワイン、千円くらいですけど、十分に美味しい。
c0223825_02223735.jpg
何と言ってもこのモッツアレラチーズ。バッファローならではのものですが、ちょっと変わったドレッシングが掛かっていても、いつもミルキーなこれをオーダーします。何回食べたか分かりませんが全く飽きません。このチーズに関しては。
c0223825_02250009.jpg
ワインで酔っ払ってピッツアの写真は撮り忘れましたが、ここのピッツア、モッツアレラチーズはこのバッファローモッツアレラチーズを使っているせいか、マルゲリータはいつも楽しみに食べています。生地は何回か変わっているように思いますし、いいときもそうではないなと思う時もありますが、あの値段でよく、とは思います。
札幌のラーメンで言うと、たくさん店舗展開していて、他の個性店のような強い個性はないものの、あれだけ展開していて良く飽きないな、と言われる「時計台」のラーメンみたいなものかな。
最近の松戸では常磐線の線路脇にあるお店のピッツアが私たちは好みかなと思っていますので今度食べに行ってみようかと思っています。
ピッツアってシンプルなものだから、それだけ難しいのかもしれませんね。

by bjiman | 2017-07-07 02:29 | おいしい幸せ | Comments(2)

人形町そぞろ歩きsnap

人形町は、住んでみたい町のひとつ。都心でありながら、江戸から続く東京を感じさせる街並みがいい。雰囲気の良さそうなお店がズラリと並んでいて迷ってしまいます。
そんな人形町の町を、DP1Merrillでちょこっと散歩。

洋食 芳味亭
c0223825_01511517.jpg
この2階が雰囲気ありますね。
c0223825_01525702.jpg
c0223825_01535438.jpg
もつ鍋 やましょう
c0223825_01594474.jpg
末廣神社 ビルの街並みの中にすっと溶け込んでいるこんな風景がいいと思うんです。
c0223825_02010786.jpg
人形町 はやと屋  こんなお店でちょいとワインなどをひっかけて、、、というのもいいなぁ。緑提灯の店ですね。
c0223825_02024444.jpg
七をみっつ書いて、よしずし、と読むのでしょうか。人形町 㐂寿司
c0223825_02063778.jpg
大人っぽい、上品な雰囲気ですね。
c0223825_02073332.jpg
まだやっているのかな、開業したときは、ずいぶんモダンな歯科だったのではと思います。
c0223825_02085281.jpg
こういうビストロを、自分の隠れ家みたいにしてみたい。
c0223825_02105424.jpg
すごい狭小住宅、、というか。お見事。天ぷら「なんだかんだ」に行ってみたい(笑)
c0223825_02122906.jpg
2017.7.1 @人形町
SIGMA DP1 Merrill

by bjiman | 2017-07-06 02:13 | snap | Comments(0)

日産・スカイラインについて(補足:2017年上半期の販売結果を受けて)

日産が今日発表したところによると、米国でのインフィニティブランドの上半期の販売実績は、前年同期22%増だったそうですが、中でも主力のQ50(日本名・スカイライン)の販売実績は、1万9603台で、クーペの「Q60」(写真の2Dr)が、5938台、ついでに、SUVバージョンの「QX50」(日本名・スカイラインクロスオーバー)が、7955台だったそうなので、スカイラインのラインナップで、米国だけで、この半年に約3.4万台が売れたということになります。このまま推移すれば年間7万台近いスケールだということです。

米国にスカイラインが輸出されたのは、2001年発売のV35型からですが、北米では早速2003年のモータートレンド・カーオブザイヤーに選定。続く日本ではV36と呼ばれた2代目も好評で、コンシューマー・レポートの2007-2008年の高級セダンカテゴリの1位に選出、2008年にはオートモビルマガジンのオールスターに選出等の評価を得てブランド価値を高めてきたのです。
(日産・スカイラインV36型)
c0223825_02322903.jpg
c0223825_02341927.jpg
この記事を読んでから、下の朝日新聞の記事(既にtwitterで指摘しましたが)を読んで欲しいんです。

私は、この記事の何に対して批判しているかというと、そのタイトルの付け方と世界観の狭さです。「販売は最盛期の40分の1」
というタイトルを読めば誰しも「あぁスカイラインってもう駄目なんだ」と思うでしょう。そういう印象を持つということは文章のプロである記者は分かるはずです。

私がしつこいくらいにこの手のジャーナリズムを批判するのは、それが私たちのためにならないと思うからです。
スカイラインは、確かに日本では販売が低下したでしょう。かつてと比べれば。でも日産は、スカイラインのRシリーズの展開の中でギリギリまで追い込まれ、局面の打開を図る為にV35シリーズで、国内専用とも言えるモデル展開を転換して、グローバルに展開できるインフィニティのブランドで展開していくと決めたのです。そしてそれはある程度成功しました。だからこそセダンが売れない日本で今もスカイラインが買えるのです。

(スカイラインがグローバルモデルとして、輸出で活路を見いだそうとした時のV35の兄弟モデル・ステージアM35。日本では理解されずに後継車が作られなかったけど、後輪駆動車でリッチな、いかにも欧米的なワゴン。こういうのがヨーロッパスタイル。)
c0223825_01593081.jpg
日本では近年は、R32のGT-Rこそスカイラインというイメージがあるかもしれませんが、Rシリーズのスカイライン時代、スカイラインは販売低下傾向が続きました。R32の成功で少し歯止めが掛かったものの、R33で再び低下。大型化すると低調になるという分析から、再び小型化したR34の頃は、セダン不振の傾向に連動して非常に販売不振になってしまいました。Rシリーズ最後のR34は、98年から生産中止までの3年間ちょっとでの生産台数は6.4万台です。今、v37型スカイラインは、米国では、2017年上半期の6ヶ月だけで3.4万台売れていることを考えてください。米国だけで、ですよ。もちろんインフィニティブランドは世界中で展開されているのです。
c0223825_01505917.jpg
この朝日新聞の記事には、日産の国内販売のことしか書いておらず、世界で活躍するスカイラインについては一言も触れていません。
書いてあることは、「若い世代に支持されたスカイラインも、昨年の販売は約4千台と最盛期の40分の1。2015年度の日本自動車工業会の調査では、車を持たない若い世代の7割が「車に関心がない」と答えた。」ということのみです。
しかし、ケンメリの当時の若者をターゲットにしたスカイラインと、今のインフィニティブランドのスカイライン(Q50)は、狙われているユーザー層が明確に違います。当然、インフィニティの中心=高級車という風に明確にシフトしているのです。それなのに、この記事では、「若い世代に支持されたスカイラインも、昨年の販売は約4千台と最盛期の40分の1」という風にしか捉えていない。スカイラインの今を見つめていないからです。
私が実際にデータを使って批判した以下記事も、そんな非常に狭い視点でしか書かれていません。これでは今日の米国でのスカイラインの好調を理解することはできないでしょう。

朝日新聞の記事には、車を持たない若い世代の7割が「車に関心がない」と答えた。」ということのみですが、本当に、クルマに関心がないのでしょうか。

昨日、Twitterでも書いたように、昨日のニュースで、自動車の国内販売はこの上半期、5年降りの好調で、各メーカーとも販売台数を伸ばしています。クルマは、景気動向によっても左右されますし、魅力的なクルマが出れば売れるのです。
トヨタのハイブリッドの代表格、プリウスが売れなくなると、すぐに自動車メディアは、「ハイブリッド販売不調か」とか「もはやエコではない」とする論調が溢れますが、時代を捉えた魅力的な製品が出来れば、ちゃんと販売は伸びてくれます。プリウスは、PHVが好調で、5月の月間販売台数がトップに返り咲きました。
こうやって、世界の流れを捉えながら真っ直ぐにやっていき、結果を出していくしかないのだと思います。

日産にも、トヨタにも、そして我がレクサスにも、そして日本の技術であるハイブリッドにも頑張って欲しい。現場で一生懸命努力しているのは、私たちの同じ国の、サラリーマン達じゃないですか。ちゃんと努力を評価してもらいたいものです。

by bjiman | 2017-07-05 02:39 | CAR | Comments(4)

日曜日はのんびり幕張のアウトレットでお買い物

日曜日はのんびり幕張の「MITSUI OUTLET PARK」でお買い物。
SIGMA DP1 Merrill
c0223825_01170184.jpg
ちょっと安っぽいけど、近未来都市的な景観の中でのお買い物は、私のお気に入り。あまり広すぎないせいか、ツマもここは買い物がしやすいと言うのです。
c0223825_01201238.jpg
Fovクラシックブルーで仕上げてみました。
c0223825_01220622.jpg
独特の空模様でした。
c0223825_01231538.jpg
私が、ここ幕張のアウトレットに来るのは、長年銀座店にお世話になってきた「TEIJIN MEN’S SHOP」があるからです。
c0223825_01250700.jpg
若い頃は銀座店の店舗にせっせと通ってシャツを作ってもらっていましたが、今はそんな暇もないし、日曜日に幕張でのんびり買い物ができるここがいいと思っています。何と言ってもお買い得ですしね。
c0223825_01270816.jpg
この日は、夏ズボン2本を購入。今はストレッチだったり、洗濯機で洗えるウォッシャブルだったり高機能になっています。40%offでしたから、2本2万円くらい。
c0223825_01321161.jpg
ついでに、「NEWYORKER」でワゴンセールになっていた3000円のポロシャツを1枚。
c0223825_01343015.jpg
買わなかったけど、「買ってもイイかな」と思ったのは、カシオのEXILIM FRシリーズのコンパクトカメラ 。コンパクトで防水。ちょっとこれでアクティブに海で使ってみるかなと思ったけど、防水性能がそれほど高くないのと、単焦点だったので、スポーツカメラとしてはどうかな、、、と思って今回は買いませんでした。でも1万4千円くらいだったので、これはちょっと買ってみたいと思わせられるカメラです。
c0223825_01401875.jpg
夜。近未来風のモダンな都市景観を楽しみました。
c0223825_01421249.jpg
食事は隣のホテルで、気軽なビュッフェ。
c0223825_01470593.jpg
c0223825_01460788.jpg
駐車場で。そろそろ洗車しないと、と思いつつ我がHSを記念撮影。
c0223825_01435582.jpg
c0223825_01444492.jpg
そんなこんな1日でした。たまのアウトレットは、いい息抜きにもなります。
この頃はこの辺もアウトレットが多いので、地元の百貨店は厳しい経営環境が続きますが、私たち消費者も上手な買い物がしたいし、百貨店も旧態依然として高価なブランド品を定価で販売してばかりでは閑古鳥が鳴いてしまうし、良い経営転換のきっかけとしてもらえたら嬉しいと思います。その分地元の百貨店では(セールの時だけだけど)積極的に利用するにようにしています。

by bjiman | 2017-07-04 01:50 | 私の定番 | Comments(0)

Sansui monitor2130 を迎えて1週間

Sansui monitor2130を迎えて1週間経ちました。予想以上にうまく部屋にもフィットしてくれたと思います。
Sansui monitor2130 (JBL Professional2130+JBL 077+JBL Professional3105)/SIGMA DP2 Merrill
c0223825_19335133.jpg
とりあえずジュータンマットに直置きした時の最初の課題は低音域のブーミングでしたが、これも山本音響工芸の木製インシュレーターを設置してみたらすっきり解決し、かなり制振された感じで、床が振動している感じがかなり低減されたと思います。一方で、ブーミングしていた時の芳醇な感じも低減したように感じますが、この辺は全体のバランスということかと思います。木製インシュレーターはウレタン塗装でローズウッド風に塗装されていますが、これもmonitor2130の雰囲気に良くマッチしていると思います。(SIGMA DP1 Merrill)
c0223825_19433643.jpg
monitor2130の中心的なユニットは、30cmフルレンジのJBL Professional 2130。このユニットは、元々はジェームス・B・ランシングさんが1948年に発売したD131で、2130では、PA等のプロフェッショナル用途に合わせて、耐入力を100Wまで引き上げています。耐入力の引き上げにはボイスコイルのギャップの精密化などが必要なようで、その分価格も高く、1974年頃のD131の国内価格が1本49,400円であったのに対し、2130は1973年当時の価格が1本71,000円もします。30cmですのでフルレンジというよりはワイドレンジユニットですが、8KHzまでカバーした高音域の実力は十分で、中央のアルミのセンタードームからはかなりの音量の高音が出ています。ヴォーカルなどは生々しい音で再現されますし、発展型の後継機、楽器演奏用のE120はギターアンプでも使われるものですから、エレキギターのサウンドもご機嫌です。
2130も077も今では貴重なアルニコVマグネット仕様ですが、アルニコV=サウンドもご機嫌という風潮はちょっといかがかなと思います。確かに当時の周波数特性の表などを見ていると、フェライトマグネット仕様になってから低音域がアルニコ時代よりも下がっているものも見かけましたが、アルニコマグネットには減磁しやすいという特性もありますし、古いアルニコV仕様は、そういうものだと思って使う必要もあると思います。再着磁なんていう高度な技術もあるようですが、一般には特殊な世界の話だと思います。
c0223825_03025884.jpg
私のmonitor2130では、高域側をJBLのディバイディングネットワーク3105を通じてクロスオーバー周波数7kHzでTweeterのJBL077に分担。
c0223825_03282459.jpg
077は、JBLの著名なスタジオモニター4343にも用いられた2405の民生用バージョンで6.5kHz以上をカバーするスーパートゥイーターですが、105dB(7kHz)の最大音圧がありますから、かなりの音量の高音が出ます。といっても2130の方も101dBと驚異的な高能率なので、ネットワークでのアッテネーターのボリューム位置は、現在は「3」で聞いています。(写真は4の位置になっていますが、それを3に下げています。「1」側がマイナス側です。)
c0223825_02092140.jpg
よく見てみると、JBL Professional2130の30cmユニットは、コーン紙がかなりキレイ。アルミセンタードームも、70年代当時のものとは思えない輝きだし、エッジも新品同様です。2130は、コーン紙をアッセンブリー交換するリコーンキットが豊富に出ているので、おそらく、アッセンブリー交換されているのではないかと思います。
アルミセンタードームの接着部分の下を見ると、ダンピング材がちょっと垂れたのかそれを拭いたような跡が見られます。でもこういうリコーンキットが豊富に出回っているというのもBtoBビジネスでシェアを持つJBLならでは。コンサート会場ではまだかなりの2130が音楽を鳴らしているでしょうから、キットが必要ですし、そういう背景があって初めて豊富な中古の出物が良い状態であるのでしょう。長く使い続けられるという点では国産メーカーも見習うべき点があるのではないかと思います。
c0223825_03302775.jpg
このmonitor2130の個体は、どこかでキャビネットも再塗装したようです。30cmフルレンジのフレームに、キャビネットバッフルの黒塗装がはみ出ていますから、2130を装着したまま作業したのではないかと思われます。
c0223825_03380217.jpg
低音用のバスレフダクトが上に付いているというのもあまり見ない形式ですが、フロアのブーミングを考えると結果的には我が家では、このダクトが上にあったのは良かったと思います。耳を近づけてみると、重低音が響いてきます。
c0223825_03402782.jpg
とにかく、ご機嫌なmonitor2130。仲良くやっていけそうです。
c0223825_03450854.jpg
2017.6.24 bjiman
SIGMA DP1 Merrill
SIGMA DP2 Merrill

by bjiman | 2017-06-25 03:47 | PCオーディオへの道 | Comments(0)

(補足追記・写真追加)ニッサン・スカイラインについて(ジャーナリズムに意見しておきたいこと)⑦最終回

ニッサン・スカイラインについての最終回。少し時間が掛かりすぎましたが、スカイラインともなるとさすがに情報量が多く、私自身とても勉強になりました。

スカイラインが2001年にR34型からV35型になって一番変わったことは、2代目の初代スカイラインGT(S54)以来の直列6気筒エンジンをV6エンジンに変更したことです。それだけであれば、直裁に言って、トヨタ・クラウンだって後を追うように2003年に「ゼロ・クラウン」でV6に、マークⅡは、2004年に「マークX」になって、同じようにV6レイアウトを採用しています。メルセデス・ベンツもCクラスセダンの6気筒エンジンは、2000年登場のW203型からV6になっているのです。言ってみれば時代の趨勢なのですが、なぜかスカイラインはそんな事も議論になってしまう。それは、直列6気筒2000ccエンジン縦置きの長いボンネットのスタイルが、スカイラインGTのイメージとして定着してしまっているからだと思います。
(プリンス・スカイライン2000GT)
c0223825_01490219.jpg
しかし直列6気筒エンジンは、縦に長く長方形のエンジンになるので、レイアウトが制約されます。全長が長いということはエンジンを横置きにすると幅を取り過ぎてしまうので、エンジンスペースの全長を抑えて室内スペースを少しでも多く取るエンジン横置きのFF車に使うことができません。一方、V6レイアウトにすればおおざっぱに言えばエンジンが正方形になるので、縦置きのFR車でも横置きのFF車でも必要とするスペースは補機類のレイアウトを除けば一緒ですから、ひとつのエンジンで色々な車種を作れる。つまり開発しなければならないエンジンを減らすことができるというのが大きなメリットです。FR車の場合でもエンジンルームに要する長さが端的に言って半分で済むので、その分、室内スペースに向けたり、エンジンの重量配分を考えたりとレイアウトに自由度が増すことが大きなメリットになります。
c0223825_01560631.jpg
ヨーロッパでは、70年代から既にこうした多様なV6エンジンの使い方がされていました。プジョー・ルノー・ボルボの名前を冠したPRV・V6エンジンは、プジョー505と後継車の605のようにFR車とFF車、ボルボのFR車、ルノーやシトロエンのFF車、おまけにアルピーヌA310のようにRR車にまで多様に用いられ、V6エンジンの多様性・効率性を十分に活かして活用されました。一方日産は、1983年登場のY30型セドリック/グロリアで、トヨタ・クラウンよりも20年も早くエンジンをV6化し、フェアレディZのエンジンまでV6にしたのに、スカイライン/ローレルには直列6気筒のRB型を新開発し、結局Zにも載せたりと、やっていることが非常にちぐはぐでした。直列6気筒のRBを開発するなら、セド/グロをV6化した意味がなく、開発コスト負担が余計に掛かってしまっただけです。現在のスカイラインに載っているVQ型V6エンジンは、セド/グロの後継車のFUGAやフェアレディZのようなFR車にも、ティアナのようなFF車にも共通で使われ、また同じアライアンスグループのルノーや韓国のサムスン車にも使われています。このように、FF車・FR車を問わず多様に使えて、開発コストも低減できることがV6エンジンを使う経営の意味です。スカイラインをV6化することの意味というのは、スカイラインのデザインがどうこうではなくて、経営という面から見れば非常に普通なことで、むしろ80年代~90年代当時の日産の問題点って、こういう経営判断ができなかったことにあると思います。

          NISSAN・FUGA /SIGMA DP1 Merrill
c0223825_00372593.jpg

この記事を書き始めたのは、私は、年末にみた自動車ジャーナリストの、スカイラインV35型についての批判記事で、

「これまでスカイラインというクルマが作り続けてきた思いや伝統を微塵も感じさせない」
「このでぶなクルマに、スカイラインと名づけることに反対意見はなかったのだろうか。」
「いや、あったに違いない、ゴーン勢力に押し切られてしまったのだろう。」

という部分、特に、最後の「ゴーン勢力に押し切られた、、、」云々の評論に強い違和感を持ったことがきっかけです。
仕事をする上で、社会人として、私はこのような被害者意識を持ちたくないからだ、と書きました。ここまで書いてきたように、私が思うには、「ゴーン勢力に押し切られた」、、、は違う、むしろ全然逆なのであって、80年代にセド/グロをV6化した時、以後のスカイライン、ローレルやレパード等のLクラスのクルマを全部V6にするような効率的な判断が当時の日産の経営者に出来ていたのなら、日産はルノーに救済される前に自分で経営危機を避けられたのではないかと思うくらいです。

まとめましょう。
直列6気筒エンジンを追求した「R型」スカイラインの販売実績の推移を見直してみて、「このままでいい」と考えるでしょうか。いいわけがありません。
販売台数はずっと減少傾向で、なるほど評判の良かったR32型の時に下げ止まり感があり、「これで行ける!」と思ってもおかしくはありませんが、R33型で再び下がってしまっています。
c0223825_01280071.jpg
詳しい方なら皆さんご存じのとおり、R33型のセールスが伸びず、後継車のR34を開発する時、日産の開発陣の意見は2つに分かれていたことはよく知られています。
件の自動車ジャーナリストは、「これまでスカイラインというクルマが作り続けてきた思いや伝統を微塵も感じさせない」と書いていましたが、日産のホームページには文字通り、「スカイラインにかける開発者の思い」というV36スカイラインの時に作ったページがまだ閲覧できます。この中で、それこそ、「これまでのスカイライン」を作ってきた設計者の櫻井眞一郎さん、R32の伊藤修令さん、R33型とR34型の渡邉衡三さんが歴代スカイラインとV36スカイラインに対する思いを書いています。R33とR34の開発リーダーだった渡邉衡三さんのページを見てみると、R34を開発するときは、既にセダンの販売全体は不振の時代になっていて、当然、GT-Rの開発にも経営陣から難色が示されたこと、R32時代から開発に係わってきたエンジニアの水野和敏さんからは、V6エンジンを使った現代的なプラットフォームを提案され、「個人的にはその方が次期型スカイラインには相応しいと判断した」が、「投資額が大きくなりすぎるので断念せざるを得なかった」と、ちゃんと意見が分かれていた理由を書いています。
R34型の時、日産が直列6気筒エンジンの旧型プラットフォームを継続し、熟成される道を選んだのは、その方が開発コストを抑えられるからです。しかしその結果はどうだったでしょうか。R33型スカイラインはそれでも21.7万台売れたのに、R34型は6.4万台まで急激に販売が落ち込みました。これは市場から「ノー」と言われたも同然であり、途中で生産を打ち切られることになりました。R34の試乗記などを見てみると、できが悪かったのではないと思います。むしろ洗練されていたのでしょう。「ノー」と言われたのは、キープコンセプトの方針自体だと考えるべきでしょう。日産はそう判断したんだと思います。
このジャーナリストが批判している「このでぶなクルマに、スカイラインと名づけることに反対意見はなかったのだろうか。」という問いに答えるには、日産のホームページにあるスカイライン誕生秘話を読めば十分なんです。

2001年、V35型スカイラインとFMプラットフォームを共用するスカイラインのワゴン版、「ステージアM35」すごくモダンなクルマに生まれ変わった、と私は思いました。
c0223825_01193656.jpg


V35スカイラインの開発者だった水野和敏さんは、「別冊水野和敏」という雑誌の中で、V35の開発が日産のエンジニア時代でもっとも印象に残っている仕事だと書いていました。セダン不振の時代の中、「FRの高級車なんかもういらない」という会社の空気だったそうです。そんな中、次代のFR車がどういうものか必死に構想し、コンパクトなV6エンジンを重量配分が最適化されるように後方に置くFM=フロントミッドシップシャシーを提案、反対する社内を必死に説得して回ったと。反対する社内の空気感とは、R34スカイラインの開発時期とダブります。前述したように、R34の開発者だった渡邉衡三さんは、水野和敏さんからは、V6エンジンを使った現代的なプラットフォームを提案され、「個人的にはその方が次期型スカイラインには相応しいと判断した」が、「投資額が大きくなりすぎるので断念せざるを得なかった」と書いています。水野さんによれば、それをルノーから送り込まれてきたゴーンさんが「認めてくれた」と書いてあります。だから逆なんですよ。「ゴーン勢力に押し切られてしまったのだろう。」ではないんです。R33がセールス不振で、そんな中、経営が思わしくなかった日産は、新しくV6を起こして新型のFRシャシーを作るような開発費を掛けるなんてとんでもない、そういう空気感の中を、ルノーから来た外国人経営者が、日産再生の象徴にしたいという思いで開発を認めたということだと、日産のホームページにきちんと書いてあるんです。R34の時、水野さんは既にFMパッケージを構想していたので、V35スカイラインの原型であるショーモデル、XVLは、R34型が発表になった1998年の翌年、1999年の東京モーターショーで発表されます。つまり、同時並行で行われていたということです。これを否定するなら、それだけの材料がいる筈です。
c0223825_01311592.jpg


「ゴーン勢力に押し切られたんだろう」的な被害者意識を、私は好みません。そもそもゴーンさんて、日産が、スカイラインが憎いんでしょうか。そんなはずはないでしょう。彼は創業者でもエンジニアでも資本家でもありません。ルノー本体からいわば派遣されてきた経営者に過ぎず、彼の立場は、消費者に理解され、売れる車を作り、利益を上げて、株主などのステークホルダーに利益を還元しなければならない、そういうものです。開発をするのはエンジニアで、いいと思ったアイディアをどのように組み合わせて採用するのかが経営であって、ゴーンさん以前の日産は、それが出来なかったから経営危機になったんでしょう。V35スカイラインを批判するなら、そういう視点が欠かせない筈です。
(スカイラインV35 決してデブなどではなく、初めて国際的なディメンションを纏ったバランスの良いスタイル。フロントのヘッドライトは、水野氏の好みでポルシェ風になっているんだどか。→水野氏ご本人がそう書いていました。)
c0223825_17222151.jpg
c0223825_17233170.jpg
自動車ジャーナリストは、V35スカイラインがデブだデブだと批判していましたが、なぜ、V35型のスカイラインの幅が、1,750mmになったか。その理由を日産は、スカイライン開発秘話の中でちゃんと説明しています。メルセデスのCとEの間、BMWの3と5の間に設定した。それは、国際的にも可能性があると考えたからだ、と。
「国際的な可能性」つまり日産は、ほぼ国内市場のみを考えて作られていたスカイラインを、輸出しようと考えた。そうするとグローバル的な観点から、自動車ジャーナリスト達から「欧州車に比べて細長すぎる」とさんざん指摘されていたスタイルを見直す必要があります。とはいえ、もともとスカイラインのサイズ的な位置は、BMWでいえば3と5の間にずっと置かれてきたということは、本ブログでも以前掲示した表を見れば明らかです。
むしろBMWの3は、R34時代の1740mmから時期型では1815mmになっているので、1,750mmでもちょっと細いくらいです。少しも「でぶ」などではないことは、この表を見ていただければが明らかだと思います。自動車ジャーナリストが、客観的な数値に基づかない記事を展開するなら、こうした事実をもって否定する以外にありません。
c0223825_03230368.jpg
最後に、スカイラインのポジションについて書きたいと思います。
現在のV37スカイラインが発表された時、私は、フロントにインフィニティ、後ろにスカイラインとバッジを貼ったその考えが分かりませんでした。
しかし、今回、プリンスからの歴史を振り返っていたら、「ハッ」と気づいたんです。プリンス・スカイラインは、もともと高級ブランドだったじゃないかと。
c0223825_01441615.jpg

プリンス自動車が1967年に日産に吸収される形で合併された時、プリンス自動車のエンジニア達はどういう気持ちだったかは分かりませんが、プリンス・スカイラインの伝説を作ったのは日産ではありません。プリンス自動車の櫻井眞一郎さん達です。プリンス自動車の「プリンス」の名前は1952年(昭和27年)の今上天皇の立太子礼に因み、初代スカイラインは、皇太子殿下の愛車でもありました。日産に合併される前の1964年、第2回日本GPで、1500ccクラスのレースでは1位~7位までをスカイラインが独占しているんです。御料車であるプリンス・ロイヤルも受注しています。(納入は日産に合併されてからでしたが。)こうした経過を考えると、プリンス自動車のエースであったスカイラインは、日産ブランドではなく、日産のプレミアクラスである「インフィニティ」ブランドで扱われるべきクルマではないのかと思います。
c0223825_01541656.jpg

R32の設計者でもあった伊藤修令氏は、プリンス自動車出身で、櫻井眞一郎氏の弟子でもあります。その伊藤修令氏がスカイラインの開発チーフになったのは、セブンスの開発の最後の所だったそうです。セブンスは桜井眞一郎さんが企画・開発したクルマですが、「都市工学」と言われたハイソカー的なコンセプトは、登場時から「スカイラインらしくない」と批判の嵐を浴びました。そのセブンスの企画の最後のところで、櫻井さんが身体を壊されて急遽、弟子だった伊藤さんにバトンが渡され、それを発表すすると「スカイラインらしくない」との批判を浴びる。。。伊藤さんが語ったスカイラインにかける開発者の思いを読むと、とにかく悔しかったのが、「櫻井さんが手がけなきゃスカイラインじゃない」という心ない批判だったそうです。考えてみて下さい、スカイラインの開発をずっと引っ張ってきたのは櫻井さんで、ケンメリのように走りからデートカー路線に舵を切ったのも櫻井さんなんです。それは純粋に日産の開発責任者として、ジャーナリストが単純に評価するような走りという要素だけではなくクルマが売れて、利益を還元するのはどういうことかということを、櫻井さんが深く考えていたということでしょう。
セブンスに2Drクーペが遅れて発表された時、開発者の伊藤修令さんは、2drには「20代の若い人が似合う」としつつ、2drの発売を後回しにした理由を、「このクラスのクルマの需要の大半は4drだから、そちらが優先でした」とはっきりコメントされています。これが、スカイラインを袋小路にさせる要因なのです。

ジャーナリストは、2Drの走りのいいクルマじゃなきゃスカイラインじゃないというけれど、実際の売れ筋は4Drなのです。高額車であれば、30代や40代のサラリーマンでなければ買えません。まして、R33の時代にもなると、エンジンのRB25DET・ツインカムターボエンジンの馬力はもはや250馬力にも達し、およそ普通の感覚では「速い」どころか「使い切れない」性能になってしまっていました。この番組の中で、R33の主管であった渡邉さんは、「使い切れる250馬力を」とコメントしていますが、司会者のジャーナリスト三本さんが、「使い切れないよ」と言い返すシーンが印象的です。もうR33の時代、スカイラインの速さとしての性能は、十分以上になっていたということなのでしょう。このR33時代も、2Drは台数が出ない、と渡邉さんは明言しています。
こうした過去の経過を考えれば、スカイラインがコンセプトを見直す時、本来のプリンス自動車時代のプレミア感から見れば、若者をターゲットとした2Drスポーツクーペではなく、プレミアなインフィニティのミドルクラスセダンとして4drセダンのコンセプトを再構築したことは、実は非常に正攻法の考え方ではないかと思います。
スカイラインの開発をずっとリードしてきた櫻井眞一郎さんが、インフィニティのミドルクラスとして設計されたV36のスカイラインを見て試乗した時、櫻井眞一郎さんが「よくぞ戻ってきたスカイライン」とコメントしていたことが印象的でした。「長いスカイラインの歴史を振り返って、"スカイラインって本当はこうじゃないのか?"という疑問を抱きながらスカイラインを作った人間がいたのではないかということですね。よくぞ戻ってきた、、、」と。その意味を、私はこう思うんです。
スカイラインは、もともとこういうクラスの、4ドアのスポーツセダンだった、、、と。

私は、自動車の批評は、縦軸(そのメーカーのラインナップ上の位置づけ。サイズ、格付け上の上・中・下)、横軸(同じクラスのライバル車)、そして時間軸(そのクルマがどういう歴史を持っているか、過去のセールス)を見なければ、どうしてこういうクルマになったのかが批評できないと思っています。逆に言えば、縦軸、横軸、時間軸を見てみれば、今のスカイラインのポジションは、まったくおかしくないということが、私が今回思った結論です。

(20174.7 補足追記)
お陰様でスカイラインの記事もたくさんの方に読んでいただくことができました。
冗長になることはよくありませんが、ご愛読に甘えて、この記事を書きながら考えていたことについて若干補足したいと思います。

(スカイラインー70年代という時代背景)
スカイラインを愛されている方のコメントを見ていると、スカイラインは、R32で終わったとか、ジャパンで終わった、とか、いろんなところで「終わった」と書いている方がいらっしゃいます。そもそもこの記事を書くきっかけになったジャーナリストは、R34で終わったと書いているのですが。
私は、スカイラインというクルマの販売推移を見ていると、やっぱりスカイラインの「華の時代」は、4代目C110ケンメリ(72年~)と5代目C210ジャパン(77年~)であり、コンセプトがややレースよりのR30、いわゆる鉄仮面スカイラインのところで販売が大きく落ちていることを考えると、「サーフィンラインの2drクーペ」だったジャパンまでがスカイラインだったという意見は分からないでもないと思います。ここでいう「スカイラインだった」の意味は、「若者文化としての、みんなが憧れた生活を感じさせるスカイライン」という意味です。
c0223825_01563212.jpg
この特集を書くときにずっと聞いていたのは、バズの「愛と風のように」と、GAROでした。
私は1970年代、海外放送のBCLに夢中になりながら、すこしづつラジカセで聞く音楽番組に惹かれていきました。そんな当時、ラジオから流れてきたGAROのメロディにいっぺんにとりつかれ、カセットに録って聞いたのが、1973年の日本レコード大賞大衆賞にも輝いた「ロマンス」という曲です。
ケンメリのスカイラインが大ヒットしていた73年頃、若者達はこういう「繊細な優しさ」に惹かれていたんだと思います。
それは60年代の日本グランプリにおけるスカイライン伝説や、ハコスカの49連勝とも違う、青春時代を迎えた若者達の悩みや葛藤、お洒落な未来というものだったのではないでしょうか。そして、そんな70年代の思い出を、過去を知る私たちは忘れることがありません。
(THE ALFEEは、売れなかった若かりし頃、GAROと同じ事務所で師弟関係にありました。坂崎さんの「ロマンス」には、GAROへのリスペクトが感じられます。)
そんな「ロマンス」の時代を過ぎ、スカイラインは新しいコンセプトを確立しきれないでいたんだと思うんです。
「スカイライン勝利の方程式」は、GT-R、レースで勝つ、6気筒24バルブエンジン、という要素だと思いますが、R30以降のスカイラインは、このすべてを備えていきながら販売台数を下降させつづけていきました。
だから、V35スカイラインを開発するとき、開発スタッフの頭の中にあったのは「従来のスカイラインではなかった」ということです。
その理由を、V35スカイラインの開発責任者だった宮内照雄さんは、
「スカイライン」ではなく、「理想のセダン」を追求した
「スカイライン」のイメージは固定されていて、市場が狭い
だから、「スカイライン」とは切り離して考える方が良かったのだ、としているのです。

よく少数意見も聞くべきだ、というジャーナリズムの論調を目にすることがあります。
少数意見も聞くべきなのは当たり前のことですが、例えば、それをクルマという商品に当てはめた場合、「それが商品として成立するのか」ということに意を配れない論調というのはとても子供じみた意見でもあるし、また、美しすぎる議論は時に空想ともなります。空想なだけならまだマシで、お花畑にいていただければいいのですが、それを相手(メーカー)に強制することは、時にユーザー無視の議論になります。

最近の例でいうと、レクサス・RCという2Drクーペを取り上げた記事で、RCの国内月間販売目標台数が80台だったのを取り上げて、「驚いた」「何とも寂しい数字である」としていたことです。「驚いた」というフレーズはこういう批判をする時によく使われるように思いますが、私から言わせれば「驚く方がおかしい」のです。
クルマの専門家であるジャーナリストが、今や国内で絶滅状態にある2drスポーツクーペ、しかも600万も700万もする高額車の販売目標が「少ない、寂しい」というその感覚こそ、一般のユーザーから乖離しているのであって、そのような批判記事を書いてRCのようなチャレンジを批判することが建設的であるとは、とても私には思えません。

4drセダンとして、全幅と全高をしっかりとって、居住性に配慮したスカイラインを見て、評価できないというジャーナリズムもまた、同じ轍を踏んでいると私は思います。

V35スカイラインは、北米でインフィニティブランドとして発売され、2003年度の「モータートレンドカーオブザイヤー」を受賞。
V37スカイラインは、北米で好調を維持。高級乗用車部門の2016年度ランキングで、メルセデスCクラス、BMW3シリーズ、レクサスES、メルセデスEクラスに次いでセダンでは全米5位に輝きました。北米では、昨年、BMWの5よりも、アウディよりも、「スカイライン」が売れました。
悲しいことに、こういう変化を前に、ポジティブな評価をしてくれるのは、常に外国であるという事実を前に、少しはジャーナリストの方は自省して欲しいと思います。
c0223825_01231976.jpg
2017.6.24 追記
こう書いている側から、やや旧聞になりますが、4月にスカイラインが販売60周年を迎えた際の朝日新聞の記事で以下のリンクのようなものがあり、少々呆れました。
タイトルがこうです。
「日産スカイラインが「還暦」 販売は最盛期の40分の1」
よくこんな風に書けるな、愛してないんだな、としか思えません。国内の販売成績のことだけ書いて、スカイラインが海外展開に転じたことは書かない。
国内販売は下降してきましたよ。確かにそれは事実かもしれない。だけど、そういう経過を踏まえ、数多くの検討を重ねて国内販売中心だったスカイラインを、日産はインフィニティブランドのセダンとして再構築した。そしてその結果、最初のリボーンしたスカイラインは、米国で2003年度の「モータートレンドカーオブザイヤー」を受賞。V37スカイラインは、高級乗用車部門の2016年度ランキングで、メルセデスCクラス、BMW3シリーズ、レクサスES、メルセデスEクラスに次いでセダンでは全米5位に輝きました。北米では、昨年、BMWの5よりも、アウディよりも、「スカイライン」が売れました。これが現実なんです。
私たちが克服し、備えるべき考え方とは、「販売は最盛期の40分の1」なんていうネガティブな内向きでしかない考え方ではなくて、グローバルな世界観なのではないでしょうか。世界はどう見ているのか、世界ではどう評価されているのか、そんな風に考えないと、世界が相互に関連しあい、お互いにいいものを流通しあっている現在にはついていけないよ、と言いたいですね。



by bjiman | 2017-06-24 17:33 | CAR | Comments(2)

レクサスHS250hの魅力とは

我が愛車、レクサスHS250hについて、後継車は作られず、代わりに米国で圧倒的な人気を誇るレクサスESにスイッチされるのでは?というニュースが出ています。
残念なことではありますが、ある程度、予想されたことです。
私は何度もこの欄で書いてきたとおり、レクサスHSというクルマは、フランス車、なかでもシトロエン派だった私から見ても、フランス車らしい雰囲気のクルマだと思いました。何と言っても長年愛用したシトロエンから乗り換えてほとんど違和感がなかったくらい。特に似ていたのが、高い位置にセンターオフセット気味に座る座席位置と、柔らかい内装の雰囲気です。こんな趣味的なクルマを500万円近い値段で売ってマーケットがあるのかな?というのが印象でした。でもそれが私にはとても魅力的でした。ほとんど即断即決のような形で購入したのはそういう訳がありました。

レクサス・HS250h
c0223825_01140765.jpg
レクサスHSのスリーサイズ(4,710mm×1,785mm×1,495mm)は、コンパクトなようでいて実際には結構大きなサイズで堂々たるクルマという風に見えます。それはそうでしょう、かつてのクラウンなどにあった5ナンバー車のサイズ(4,700mm以下×1,700mm以下)を全長・全幅とも超えているのですからそれはそうなんです。スバルが、レガシィの大型化に伴って、「かつてのレガシィ」のイメージを残すために国内専用車として発売したレヴォーグのサイズが4,690mm×1,780mmと近似であることからも分かるとおり、日本で日常的な使いやすさと広さを両立させようとすると、この辺りが適性ということになろうかと思います。HSはハイブリッド専用車でしたし、ボディデザインも空力を追求したデザインではありますが、プリウスよりは余裕方向に振られていることもあって、特に1,495mmと高い全高のお陰で乗り降りがしやすい点が◎だと思っています。後ろ姿を見ると、プジョー405とかルノー21とかかつて好きだったフランス車らしい雰囲気が感じられて好きですね。
c0223825_01294256.jpg
さて、代わりに登場すると言われるレクサス・ESですが、これはTwitterでも発信しているとおり、米国でのベストセラー・レクサスです。

米国の2016年のプレミアムカーランキングでは、1位は、レクサス・RX。4位がレクサス・ESです。アメリカのレクサスは、何と言ってもこの2車が販売の主力。LSでもGSでもありません。
(レクサス・RX)
c0223825_01382813.jpg
2016年の米国プレミアムカーランキングでESは全体の4位、セダンでは3位とメルセデスの主力・Eクラスより上です。でも日本ではこのような大型FFセダンは売れた試しがありません。実際ESは、かつてトヨタブランドで、「トヨタ・ウインダム」という名前で売られたことがありますが全く売れませんでした。アメリカではポピュラーな大型FF車のトヨタ・アバロンが日本では売られないのと同様の理由によるものと思います。大型の高級車は、メルセデスようなFR車でないとブランド力がないと思われているんだと思いますが、アメリカではもっと機能主義的なところがあります。FF車は第一に、まず広いですから。それに比べると日本市場はややロマン主義的です。
でも、国内セダン市場が縮小しているのであれば、日本専用車種を作るよりも、アメリカでのベストセラーカーを持ってくる方が合理的です。実際大型SUVのRXだって日本ではまずまず受け入れられています。狭い道では苦労もすると思いますが、その辺はブランドイメージを作っていく上で重要です。
、、、と残念ではありますが、HS位のサイズがアメリカで可能性がないかと言えばそんなことはありません。例えば日本では、ブルーバードのブランドが整理されて、ブルーバード・シルフィ→単にシルフィとなったクルマは、アメリカではセントラ(サニーの米国名)として売られ、米国ではコンパクトカークラスでは人気がある方です。2016年の米国販売ランキングでは、乗用車部門では全体の8位と、トップテンに入っています。ここら辺も日本市場とは全然事情が違います。
(旧型ブルーバード・シルフィ)
c0223825_01500890.jpg
ハワイで見かけたセントラ。日本ではシルフィとして売られるモデル。
c0223825_02010330.jpg
上のセントラと同型の国内バージョン・シルフィ
c0223825_16573797.jpg
レクサスHSのサイズは、現行型セントラよりちょっと大きい位で似通った位置にあります。本当は使いやすいサイズなんです。セダン好きの人にはまだまだ手頃な使い勝手のモデルとして私は貴重だと思っています。
c0223825_02092531.jpg
私のようなクルマ好きって、自分の今乗っている車が好きだなぁと思いながら、「次はなににしようかな」っていつも考えてる。そんなところがあります。HSの次もHSだと思っていましたが、それが叶わないなら、ESは好きなスタイルですが大きすぎるので、ISでコンパクトに行こうかな、、、と諦めかけたところで、ツマが「今のうちにHS、もう一回買っとく?」には思わず、「それもいいかも、、、」と思ってしまいました(笑)

by bjiman | 2017-06-23 02:12 | CAR | Comments(0)

4月2日雪の軽井沢④近衛文麿公別荘他

4月2日雪の軽井沢特集の最後です。
旧三笠ホテル見学の後、ランチをしてから訪問したのが、「近衛文麿公の別荘」です。

近衛文麿公別荘 SIGMA DP1 Merrill
c0223825_01465437.jpg
この建物は、近衛公が大正15年に別荘として購入したものだそうです。近衛公は軽井沢がお好きで度々訪れ、前回紹介した三笠ホテルにも来られている写真が残っていましたが、こんな別荘で避暑を過ごすという生活に憧れます。
c0223825_01495246.jpg
近衛文麿公のような身分の高い方が愛された別荘に、こうして訪問できる、内部も見学できるというのは凄いことだなと感慨に耽りつつ見学させていただきました。私が近衛文麿公に興味を持ったのは、敬愛する白洲次郎氏が親交があり、白洲次郎氏を扱った著作にもよく登場するので、、、、というのがきっかけです。(内部は写真撮影禁止でした。)
c0223825_01553626.jpg
近衛文麿公の別荘のすぐ近くには、軽井沢の開発者としても知られる雨宮敬二郎の邸宅(旧雨宮邸)が外観のみ見学できます。
c0223825_02023554.jpg
ランチは、旧軽銀座の、「パオム」というお店。
c0223825_02041108.jpg
この時のランチのオススメは、信州牛サーロインステーキ!
c0223825_02053745.jpg
このアピールが凄い
c0223825_02065686.jpg
実際、これは何というか、、、凄く美味しかったです。
c0223825_02082397.jpg
これはまた食べたいです。この時は春でしたから、ふきのとうのソースがちょっぴり苦いところなども春らしくて、、、
c0223825_02095249.jpg
とても感じのいい店内で。
c0223825_02112998.jpg
デザートにいただいたブルーベリーのヨーグルトも美味でした。
c0223825_02132800.jpg
たっぷり楽しんだ軽井沢。この後は駅前のアウトレットでちょっとお買い物を楽しみました。
そんな軽井沢の4月の旅特集。これで終わります。

2017年4月2日 @軽井沢にて
SIGMA DP1 Merrilll
Twitterもよろしくお願いします。


by bjiman | 2017-05-07 02:15 | 軽井沢が好き! | Comments(0)