4月1日雪の軽井沢②

4月1日、関東地方ではまさにこれから桜、という春に向かっていくとき。
でもなぜか、こんな雪の軽井沢でゆっくりするのも悪くない。そんな風に思いました。  (SIGMA DP1 Merrill)
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旧軽井沢銀座の周辺、ちょっとだけリーズナブルな駐車場にパークして、歩き始めて。このレストラン、今度来たいな、と思いました。
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旧軽井沢銀座は、人もまばら、、、という感じではなく、まぁこの時期にしては想像より混んでるなあという感じでした。
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この手のお土産って普通あまり買う気にならないんです。でも、この日のこのお店で見たお土産は、美味しそうなものが多くて困ってしまいました。
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これはかわいらしかったな。買いませんでしたが。
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目的のひとつは、この喫茶店「ミカドコーヒー」でのんびりコーヒーをいただくことでした。
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ジョンレノンも愛したという、軽井沢名物のひとつ。ミカドコーヒーのモカソフト。コーヒー味のソフトクリーム。美味しいですよ。
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私、日頃の疲れもあって、ここで珈琲をいただきながらウトウト寝てしまいました。でも、ストレスってそうやって開放されていくもののようにも、、、(強弁)
これはDP3で撮ってみました。
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ミカドコーヒーの店内では私のような世代の者にはちょっと懐かしいものがありました。
これこれ、樽形スピーカー。私は高校時代、自作マニアでした。そういう自作ファンにはこういうタイプのスピーカー、懐かしいと思うんですよね。酒樽とか、桧の桶とか、いろんな既存の箱もキャビネットになりましたね。そんなマニアに愛された16cm(これを6寸半=ロクハンと呼ぶのも死語でしょうが。)フルレンジとか20cmくらいのフルレンジを入れるのが定番でしたね。この(おそらく)パイオニアのコアキシャル2WAY、PAX-A20のようなユニットは定番中の定番だと思います。(DP3)

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コーヒーじゆっくりしてから、また旧軽井沢銀座をブラブラ。軽井沢観光協会も、ちょっと雪景色
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軽井沢彫の家具類が大好きです。
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それでは、楽しみにしていた宿泊所。旧軽井沢銀座からは至極近く。万平ホテルに向かいます。。。

2016.4.1 軽井沢にて
SIGMA DP1 Merrill
SIGMA DP3 Merrill

# by bjiman | 2017-04-19 02:21 | 軽井沢が好き! | Comments(2)

4月1日雪の軽井沢①

4月1日、2日の土日は雪の軽井沢で過ごしました。
春の桜が舞う東京から新幹線でわずか1時間。横川を過ぎてトンネルをくぐると風景は一変。「トンネルを抜けると、そこは雪国だった」というほどではありませんが、まだ確かに、そこは雪景色だったのです。

軽井沢についたら、雪の残る景観でした。 SIGMA DP1Merrill
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(雪の残る軽井沢駅)
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いつもはレクサスHSでドライブするところですが、今回は事前に、まだ雪が降っているという地域情報が出ていたので、急遽スタッドレスを装備したレンタカーを手配しました。旅のお供をしてくれるのは、カローラ・アクシオ1300ccです。
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さすが軽井沢。雪の残る町を走るレクサスも4WD/スタッドレス仕様。4WDのGSを見たのは初めてかな。
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軽井沢駅に降り立ったのはお昼時の12時頃。早速向かったのは、駅から歩いて近くの「カスターニエ 軽井沢 ローストチキン」
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私は「3種のソーセージのグリル」をいただきました。
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もちろん美味しい信州産りんごの美味しさたっぷりのアップルジュースも楽しみました。
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食事が終わったら、軽井沢銀座に繰り出します。
続きは次回。

# by bjiman | 2017-04-12 01:13 | 軽井沢が好き! | Comments(0)

21世紀の森の桜、松飛台のパスタ屋さん、クローバー

2017年の4月9日、日曜日。本当は養老渓谷に行って歩いてくる予定だったのですが、起きてみると折からの雨天、山の方は風も出ているようでしたので中止し、近所をブラブラ。今週末、この辺りは桜が満開で見頃でした。

21世紀の森と広場の公園の、ちょうど見頃な桜の風景  SIGMA sd Quattro+SIGMA 18-300mmF3.5-6.3DC
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雨上がりの曇り空の下ですが、桜のピンクがほのかに春の喜びを感じさせます。
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とても雰囲気のいいお花、このお花、プルーンのお花なんだそうです。
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ちょっと濃いピンクが持ち味。桃のお花。
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こちらは桜。
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夕方5時近く、やっとお日様が覗きました。これはこれで嬉しい!
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こうやって見ると、ただ芝に白い点が見えるだけですが、、、
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これ、白く見えるのは全部、雨露の水滴が太陽に反射しているんです。とってもキレイでしたよ。
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ここから有名な八柱~五香に渡って桜並木が続く、桜通りをとおって向かったのが松飛台にあるパスタ屋さん、「クローバー」
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もう20年以上通っています。
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ここのパスタは、ニューオークボの太麺が何と言っても素晴らしいんです。一度食べたら癖になる、モチモチ食感の麺の味は、忘れられません。
、、、今日は、まずチーズたっぷりのピザから。このピザも、いつも目の前で生地をこねているところから見ていますから、安心の安心・美味しい手作り。
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パスタは、私のお気に入りは、フランクソーセージがたっぷりの「フランク」。今日は大盛り。
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今日は、そんな一日でした。

2017.4.9 SIGMA sd Quattro+SIGMA 18-300mmF3.5-6.3DC OS HSM MACRO

# by bjiman | 2017-04-10 02:09 | 花を撮る幸せ | Comments(0)

ニッサン・スカイラインについて(ジャーナリズムに意見しておきたいこと)⑥

スカイラインについての最終回(の前半)。最後にまとめておきたいと思います。
私は、年末にみた自動車ジャーナリストの、スカイラインV35型についての批判記事。

「これまでスカイラインというクルマが作り続けてきた思いや伝統を微塵も感じさせない」
「このでぶなクルマに、スカイラインと名づけることに反対意見はなかったのだろうか。」
「いや、あったに違いない、ゴーン勢力に押し切られてしまったのだろう。」

という部分、特に、最後の「ゴーン勢力に押し切られた、、、」云々の評論に強い違和感を持っていました。
仕事をする上で、社会人として、私はこのような被害者意識を持ちたくないからです。

実際そうなんでしょうか。まずそれを聞きに行くべきだし、昨今、再三取りあげているように、日産のライバルのトヨタの場合は、エンジニア自らが、Webをはじめ、雑誌などにも登場し、インタビューに応え、または自ら投稿し、相当突っ込んだ情報発信をするようになっています。逆に言えば、そうでもしなければ、きちんと情報発信ができないからだろうとも思います。
前回、昨年にテレビで見た、アナウンサーの人が個人的な報道をされて、自分で説明しても、「何も信じてもらえない」と話していたことが印象的だったと書きましたが、クルマのエンジニアにとってもその辛さは同じものがあるだろうと。特に、スカイラインのような人気車については、メーカーも、エンジニアも情報発信をしているので、今回改めて、これだけ豊富な情報発信をしているのに、なぜ、冒頭のようなことを自動車ジャーナリズムが書くのか違和感がぬぐえません。まさに、何を言っても信じてもらえないということの辛さだろうと思います。

では、V35以降の、V6スカイラインは、スカイラインというクルマの伝統を微塵も感じさせないものなのか、私なりに逆の意見の立場から説明してみたいと思います。
まず、スカイラインの始まりから、V35にチェンジするまでの、セールの経過をもう一度グラフで見てみます。
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スカイラインは、2代目のS54Bの時、初代スカGが、第2回日本グランプリで1周だけポルシェの前を走って、普通のセダンでありながら速い!というところが「羊の皮を被った狼」と称されて「スカイライン伝説」が生まれ、プリンス自動車を日産が合併して初のスカGとなった「ハコスカ」こと、GC10のレース仕様である初代GT-Rが、4ドアGT-R&2ドアGT-Rで、ツーリングカーレース49連勝を誇ったところでブランドが確立したといってもいいでしょう。
でも、ここからが肝心ですが、スカイラインが最もセールスを伸ばした時期、それは「愛のスカイライン」ケンメリの時とそれに引き続くジャパンの時だということです。
ハコスカの時も「愛のスカイライン」と呼んでいましたが、ケンメリ時代、バズの素敵な曲「愛と風のように」の繊細なヴォーカルな時代に乗せて、明らかにアメリカを感じさせる「ケンとメリー」のカップルが日本国中を旅するというテーマのCMは社会現象とまで言われるようになりました。私も美瑛にあるケンとメリーの木を見に行きました。日産のホームページNISSAN LEGENDSの中で、桜井さんの部下でR32スカイラインを指揮した伊藤修令さんが、「ケンメリ時代から、走りをセールスポイントにした「真面目な」クルマから、ファッショナブルな路線へ転換した。若者が求めていたデートカーの要素を持っていた。」「そういう方向性を打ち出したのは彼(桜井さん)でした。」と証言しています。また、桜井さんを評して、「理屈ばかりのガチガチのエンジニアだったかといえばそうでもない。世の中の動向や流行にも敏感な人」だったとも指摘しています。日産自動車に吸収されたプリンス自動車にとって、系列ディーラーである「日産プリンス自動車販売」の貴重なエース車種であるスカイラインの売れ行きは、開発エンジニアだった桜井さんにとっては非常に重要だったことは想像に難くありません。ハコスカの時代の49連勝の最中に、ファッショナブルな路線に転換する、、、それは日産自動車の責任者の一人としての「マーケティング」(どうすれば売れるのか、、、という決断)だったのだと思います。そしてそれは大成功を収めるんです。ケンメリとジャパンの時代、それはどこから見ても、アメリカンなデザインのやや大柄なセダンで、若い2人が中心でありながら、後部座席のスペースも確保したことがアピールされたCMになっています。ケンメリとジャパンの9年弱でスカイラインは約130万台売り上げる人気車種になる訳ですが、この間、スカイラインはレースに出場するようなことはなかったんです。むしろ、そんな強さよりも、若者が求める「優しさ」がアピールされた時代でした。
1970年代と現在では、「若者(青年)」の重みが違います。戦争で中堅層が薄くなっていた日本では、70年代、若者に対する期待が大きかったと思います。戦前と全く文化が変わり、アメリカ文化が入ってくる中で、若者には、経済を牽引する力だけでなく、クルマの活用といった文化、ファッション面でもリーダとして発信力も期待されたと思うんです。人口構成という面で見ると、ケンメリの70年代の頃、20歳~39歳の青年層が人口全体に占める比率は35%(2.9人に1人)。これが2010年には25%(4人に1人)に低下、一方、一方、65歳以上の高齢者の比率は、2010年が17.4%にも及ぶのに対し、70年は7%に過ぎません。要するに、人口構成全体が若年寄りで、かつ2.9人に1人は青年なので、自ずと若い人の購入の選択(の好み)は重要だったということです。

また、70年の乗用車の普及率は22%に過ぎず、ほとんどの人が初めて持つクルマだったということも影響があると思います。若い人が多く、高齢者が少なければ、デートカーでもいいでしょう。2ドアでもいいでしょう。でも、クルマの乗車定員、求められるゆとりは年代を追って増えてきて、同じクルマであっても段々ゆとりが求められるようになります。
ジャパンの頃、段々セールスが落ちてきて、日産の開発陣には、レースに出るスカイラインが見たいという声が聞かれるようになってきたといいます。
桜井さんを初めとするスカイライン開発チームには、スカイライン伝説を起こした「勝利の方程式」があったと思います。それは、
①レースに出て、圧倒的に勝つこと
②6気筒DOHC4バルブエンジン、S20のイメージを持つこと
③①を実現するための、2ドアスカイライン「GT-R」を持つこと。(ショートホイールベース化)
この①~③を段々に実現したのが、R32を頂点とする、型番にRが付く、「Rシリーズ世代」のスカイラインだったと思います。
しかし、R世代は、この「スカイライン勝利の方程式」を実現しましたが、販売面では、ジャパンに始まった下降線を上昇させることはなかったんです。

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スカイライン開発陣は、非常にスカイライン伝説に対して慎重だったと思うんです。
R30スカイライン、いわゆるニューマンの時代、スカイラインはレースに復帰します。この時引っさげてきたのが、待望のDOHC4バルブエンジン「FJ20E」でした。
しかし、このエンジンは4気筒であったために、ハコスカGT-Rのエンジン「S20型」のように6気筒24バルブではなく、4気筒16バルブエンジンでした。このエンジンはシルビアにも搭載されていましたから、ちょっとクラス的には格下なんですよね。ですから、GT-Rの名を許さず、桜井さんは、「RS=レン・シュポルト」(Renn Sport)とする訳です。RSは、スカイラインとは因縁深い、ポルシェのRSから持ってきたんでしょう。

スカイラインRS 西部警察バージョン @小樽  SIGMA DP1 Merrill
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スカイラインの開発者の思い、、、なんてそんな単純なことじゃないと思いますが、スカイラインともなると、さすがに日産のホームページに非常にたくさんの情報が出ていて、これを読んでいくと、自ずと、V35に繋がっていくイメージが理解できると思いました。次回は最終回、その辺りを振り返りたいと思います。

# by bjiman | 2017-03-07 01:59 | CAR | Comments(0)

ニッサン・スカイラインについて(ジャーナリズムに意見しておきたいこと)⑤

ちょっと旧聞になりますが、ある女子アナウンサーが、自分のプライベートな事柄について報道をされたとき、「何を言っても信じてもらえない」と話していた姿が印象に残りました。私は彼女に同情している訳でも、事情を知っている訳でもないのですが、どう説明しても説明のとおりには報道してもらえず、勘ぐられたことばかり書かれるということがいかに辛いことか、私はクルマジャーナリストの方に言いたいんです。

「設計者に、聞かずに書く」
「決めつける」

ということが、どれほど問題なのか。
スカイラインV35に対して、あるクルマジャーナリストが書いていた言葉

「これまでスカイラインというクルマが作り続けてきた思いや伝統を微塵も感じさせない」
「このでぶなクルマに、スカイラインと名づけることに反対意見はなかったのだろうか。」
「いや、あったに違いない、ゴーン勢力に押し切られてしまったのだろう。」

これに対して、私がこうして強く意見しているのは、当たり前ですが、ジャーナリスト個人に言っているのではありません。
設計者に聞かずに決めつけ、客観性を欠いた議論をすることが、いかに事実を歪曲させてしまうのかということに強い問題意識を持っているからです。
スカイラインV35がデブだという。
ではV35スカイラインがデブなのか、検証してみましょう。
国内の同クラスということで、トヨタのマークⅡ、欧州車では、BMWの3シリーズ、5シリーズと経年で比較してみます。
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この表を見ていただければ一目瞭然であるとおり、スカイラインV35は、ライバルと比べても、歴年のモデルと比べても、決してデブなどではありません。
1980年代、国産車は国内規格の5ナンバー(全長4.7m×全幅1.7m以下)の規制(3ナンバーになると税金が高くなる)の影響で、欧州車等のライバルから保護されつつ、その影響で、スタイルが細長いものになっていました。自動車ジャーナリストからは、「異形だ」「スタイルのバランスが悪い」とさんざん揶揄されていたんです。
それが90年代の税制改正で開放されてからは、段々修正されてきています。特に、この表で見ると分かるとおり、トヨタ・マークⅡは、3ナンバーになったX90型のサイズが、同時代のBMW5シリーズとほぼ同サイズになっていることが分かると思います。こうやって、国産車は世界の水準に並んできたんです。(そしてその後、また5シリーズが更に大きくなったのに、マークⅡはついていかなった。そして、国内専用のマークXという風にコンセプトを練り直すことになるのですが。)
マークⅡのX90型から比べれば、2001年登場のスカイラインV35型の横幅が、1993年当時のマークⅡX90型と同じ1,750mmという設定は、少しもデブなどではなく、むしろライバルから見たら、これでもまだ細長いんです。この時代、既にスカイラインよりも一回り小さいBMW3シリーズ(E90型)の横幅は、1815mmになっているんですよ。横幅が大きくなることは、道幅の狭い我が国の中においては、使い勝手に劣ってくることは確かですが、車内のゆとりが確保でき、側突の安全性を高めることにもなります。なぜ、ライバルと比べてスリムなスカイラインV35型が、これでもデブデブだと言われなければならないのでしょうか。おかしいでしょう。

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なぜBMWと比較するかと言えば、スカイラインが好きな方なら皆さんご存じのように、特にハコスカ以降のスカイラインが、BMWから、特にマルニ(ノイエ・クラッセ)以降のモデルに強く影響されていることは明らかで、フロント:マクファーソンストラット、リア:セミトレIRSの足回り、直列4気筒ないし6気筒+FRのスポーツセダンというコンセプト、スカイラインの1800ccグレードに用いられたTI(ツーリングインターナショナルと呼んでいた)というグレード名、、、これはマルニ時代のBMWの2002ti をイメージしていると思います。ついでに書くと、ツーリングインターナショナルという訳は、BMWよりも前に「TI」というグレードを用いた本家・アルファロメオのジュリアTI(国際ツーリングカーレース・「Turismo Internazionale」の略)をそのまま使っているのです。この辺りは桜井眞一郎さんを中心とするプリンス自動車時代からのスカイライン開発チームの好みなんだろうと思います。R30の時代には5ドアハッチバックのGTやディーゼルのGTだって出していますから、桜井さんはこうした欧州スタイルのスポーツセダンをスカイラインの中に翻訳していったんだろうと思います。TIの呼称はアルファが先達でも、ジュリアのサスはフロント:ダブルウイッシュボーンのより古典的かつ高級なものなので、ハコスカ以降のスカイラインが実際に参考にしていたのはBMWの方(マクファーソンストラット+セミトレ)だと思います。


そして、マルニ以降のBMWがコンパクトな3シリーズと、中型の5シリーズに分化していくのを横に見ながら、スカイラインは、上のサイズ表にあるとおり、「3と5の中間」のサイズに納めていくようになります。それは、スカイラインのポジションは、下にクラスが近似する看板車種のブルーバードがあったからでしょう。ブルーバードだってサニーじゃないんですから、サイズ的にはDセグメントとCの間くらいにはあるからです。
私の本音を言えば、910のようなFRのブルーバードがもし理想的に発展したなら、レクサスのISや、BMWの3に相当するものになって、スカイラインは、5のサイズでもとやかく言われることはなかったと思います。現行型のスカイラインV37型のサイズをBMWの3と5の間に挟んでみると、それが良く分かると思います。今でもこうしてスカイラインは、BMWの3と5の間にキレイに収まっています。
こういう数字のファクトを揚げて説明せずに、「デブだデブだ」と批判することは、単に適切ではないだけではなく、国際的な競争力を削ぐという点で問題なのです。
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私は、V35のV6になってからスカイラインが欲しいと思うようになりました。これは初めてのことだったんです。
しばらくそんな思いが頭に残って、V36型にスイッチされたときにはディーラーに行ってカタログをもらってきたくらいです。(まだ持っています。下にあるのは当時一緒に検討していたブルーバードシルフィのカタログ)

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、、、ということで、次回は、スカイラインが直6からV6に変わった辺りの自分なりの意見を書いてみたいと思います。

# by bjiman | 2017-03-04 03:54 | CAR | Comments(0)

ニッサン・スカイラインについて(ジャーナリズムに意見しておきたいこと)④

1966年、プリンス自動車が日産自動車に吸収されるような形で合併したことは、スカイラインのその後のブランド形成に少なくない影響があったと思います。
なんとなれば、当時の日産自動車のエースといえば、ダットサン・ブルーバード。誰もが知るこの国産黎明期からのセダンは、合併よりも前の1965年には、ブルーバードの「記号」とも言える「SSS」グレードを出していました。SSS=SuperSportsSedan、このコンセプトは、少なからずスカイラインと被るところがあります。まして、SSSは1600cc、スカイラインは1500ccだったのですから。クラスも性格も、すっかり被ってしまっています。

ダットサンブルーバード410SSS  (SIGMA DP1 Merrill)
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栄光の「SSS」エンブレム。思えばニッサンには、継承すべきレジェンドがたくさんあったんだと思うんです。この410は、尻下がりのスタイルが受け入れられず、ライバルのコロナにリードを許したクルマですが、ピニンファリーナデザインのスタイルは、今見てもちょっとアルファ的な、キラリと光るところがあります。
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そして日産では、プリンス自動車を合併した後の1967年、満を持してというか、ブルーバードの決定版となる510型を出すわけです。
510型は、ピニンファリーナのイタリアンスタイルから、社内デザイナーのデザインという直線基調の「スーパーソニックライン」を備え、今見てもBMW的な実に端正なスタイル。「スポーツセダン」の雰囲気を纏っています。

ブルーバード510型(67年~)
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このクルマは、1600ccエンジンを持つスポーツセダンで、サスペンションは前ストラット、後トレーリングアームによる独立式という贅沢な4輪独立式サスペンションを持ち、それは同時代のハコスカと形式的には類似のものでした。性格的にも、SSS=Super Sports Sedan の呼称はスカイラインの性格とも類似します。ブルーバードはブルーバードで、次代の610シリーズ時代に、ホイールベースを延長して2000ccエンジンを突っ込むというまるでスカイラインと同じ手法で「2000GTシリーズ」を出すことになります。これでは身内に後ろから蹴飛ばされたようなもので、どっちの2000GTがいいんだとなるでしょう。

(510ブルの精悍なフロントフェイスに、1800ccのSSSエンブレムが輝いていました。)
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また、ニッサンは、プリンスとの合併が決まる前から、ブルーバードの上級者にあたる「ローレル」を開発していました。ローレルは、当時では販売上大きなウェイトがあった商用バン(4ナンバー車)を作らずに、オーナーカーに徹するというハイオーナーカーの嚆矢として開発されていましたが、途中でクラスやキャラクターが被るスカイラインとの関係が考慮され、プリンス自動車の村山工場で生産し、シャシーはエンジンはスカイラインと共用するということになったんです。でもこれは、スカイラインにとっては単に似たようなクルマが乱立するだけで、いいことだったとは言えないと思います。
例えば、この初代ローレル2drHT。あのハコスカ・GC10型とシャシーが共通のクルマですが、性格的にスカイラインと使い分けるほどのキャラクターの違いがある訳でもありません。

初代ローレル2000GX
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しかも、開発エンジニアも桜井眞一郎さんが行うことになり、基本的に共同開発ということになりましたから、どうしたって性格的に似てくる。あえて言えば、この後のシリーズも含めて、ややエレガント方向に振っているということになり、個人的には、C31型など同年代のスカイラインよりは私は好きな車が多いのですが、スカイライン=スポーティ、ローレル=エレガント、という風に振り分けるほどにはキャラクターの違いが徹底された訳ではなく、かといって、スカイラインはやっぱり走りということで普通のセダンならローレルがあるからとスパルタンな方向に振るしかなくなるという袋小路になっていったように思うんです。
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つまり、こうした同クラスのいずれも「スポーティ」な2000ccクラスのFRセダンに囲まれて、スカイラインは、最初の「高級できれいな4ドアセダン」というプリンス・スカイラインの原点を失っていったんではないのか、そう思ったんです。だって、プリンス・スカイラインがスカイライン伝説を作ったとき、スカイラインがなんて呼ばれたか。有名なニックネームがありますよね。それは、「羊の皮を被った狼」。
普通の4ドアセダンでありながら、強力なエンジンを積むスポーティなセダン。高級な。それがスカイラインのそもそものキャラクターなんだと思うんです。
実際、設計者の桜井眞一郎さんは、スカイラインの40周年の際、自身が代表を務めたオーテックジャパンから、R32の4ドアGT-Rを出していることからも、スカイラインの原点は4ドアセダンだとお考えになっていることが伺えます。

初代プリンス・スカイライン「GT」(S54GT-A)
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スカイラインは、プリンス時代、瀟洒な4ドアセダンで、高級車だった訳です。決して体育会系の2ドアの、狭い2drクーペだった訳ではありません。
スカイラインの伝説に思いをはせると、実は、「インフィニティになったスカイライン」は、原点に、あるべき場所に戻ったのではないでしょうか。
(次回に続きます。)


# by bjiman | 2017-03-01 05:00 | CAR | Comments(0)