男着物②結城紬と木曽ねずこ下駄

お正月休みも今日で最後。今日は午前中に、近所の神社に初詣。午後はのんびり温泉施設にでも、、、と思っていましたが、近所の百貨店の初売りを覗いたりしているうちに温泉には行きそびれました。
着物は、元旦に大島を着たので、3日は少しカジュアルにしようと昨年3月に反物から誂えた石下結城を着ていきました。羽織は米沢織の紬、帯も米沢織を合わせています。結城は暖かいので、コートも要らず、マフラー代わりの結城紬のストールだけで十分でした。
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この結城は、石下地方(現茨城県常総市)で織られるもので、ユネスコ遺産にもなっている結城紬そのものではありませんが、産地が旧結城郡に位置し、結城紬と同じように真綿の紬を使って織られることから、結城紬の一種として位置づけられ、地機で織られる結城とは違いますが結城紬としての証紙が貼られます。経産省指定の伝統的工芸品ではありませんが、気軽に結城紬の良さを体感するには石毛結城の証紙は、一定の安心の証だと思います。
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結城紬の良さは、真綿紬を使っていることによる暖かさと着心地の良さ。とてもしなやかでふわっと身体に寄り添ってくれます。この石下は誂えて初めて下ろしたのですが、最初からしなやかで着やすく、これから洗っていく度にしなやかさが増していくのかと思うととても楽しみになりました。
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羽織は深緑色なので、羽織紐は年末に呉服店のセールで廉価(4.5千円)で購入した緑色の組紐にしました。
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帯は金色が合いそうだったので米沢の帯を。
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足下は、昨年の夏休みに松本を訪れた際に見つけて一目惚れした、木曽ねずこの下駄です。
「木曽ねづこ」というのは木曽桧に代表される木曽五木のひとつだそうで、その整った木目は木材がお好きな方ならぜひ一度はごらんになっていただきたいと思うキレイなものです。これについては別項を設けて買ったお店の写真も併せて詳しく書く予定です。鼻緒は偶然この日の装いに合う緑系の色合いの網代模様でした。
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松本で購入した下駄に合わせた訳ではありませんが、この日は、信州の好きなお酒「高天(こうてん)」をいただきました。すっきりした呑み口で、これはいいと思います。うちのツマも大好きなお酒です。
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おいしいししゃも。北海道は鵡川(むかわ)のししゃもだと思いますが、日本酒でいただくとまたいっそうおいしさが感じられます。
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富山の白エビの唐揚げ。これは、ここ、伊勢丹の寿司清の大人気メニューだと思います。お酒には最高!
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季節のお寿司とともに。お正月最後のゆったりとしたお食事でした。
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2017.1.3 松戸伊勢丹にて
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# by bjiman | 2017-01-04 02:19 | 和装・着物生活・伝統的工芸品 | Comments(2)

男着物①初着物は大島

昨年はあまり着物を着る機会を作れなかったのですが、今年は頑張りたいと決意しております。
お正月の初着物は、亀甲柄の大島でした。
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帯は、博多・にしむらの「悦 朱子浮 更紗」という献上柄の帯をちょっとインド風のような雰囲気にアレンジしたもので、私はとてもお気に入りの帯です。
お正月ということで羽織紐と併せて金色にしてみました。(ちょっとシワを伸ばしておけばよかったですが、、、)
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今年の実家のおせちは、日比谷・松本楼の洋風おせちがメインでした。これは美味しかったです。
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左側は、母が用意してくれたもの
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右側は、ツマが用意してくれたもの
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自分の実家とツマの実家を往復するお正月恒例行事が終わりました。明日はのんびり温泉でも入りに行きます。。。
お正月休みも、あと1日!明日は箱根駅伝で母校に声援を送りつつ、のんびり温泉でも入りに行こうかと思います。

2016.1.2 bjiman

# by bjiman | 2017-01-03 01:02 | 和装・着物生活・伝統的工芸品 | Comments(2)

あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます
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本年もどうぞよろしくお願いいたします。
2017.1.1 bjiman

# by bjiman | 2017-01-01 00:00 | ご挨拶・お礼 | Comments(2)

年末を振り返って

12月は猛烈な忙しさで、ブログもあまり書けませんでした。たくさんの方のご来訪に感謝します。
あっという間の年末、少し振り返ってみたいと思います。

11月27日 ANAホテル
ANAホテルは結婚式を挙げた思い出のホテルなので、たまに今でも食事に行きます。 (SIGMA DP1 Merrill)
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この日は、中華「花梨」でした。
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このアワビはとてもキレイで、味も良かったです。詳しくは、また来年にでも取り上げたいと思います。
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12月11日 マリー・アントワネット展
六本木ヒルズで開かれていたマリー・アントワネット展に出かけました。
写真は、この展覧会で唯一写真が撮れる展示だったマリー・アントワネットのプライベートな自室を再現したもの。ヴェルサイユ宮殿内にあった「プチ・アパルトマン」と呼ばれたこれらの自室等は、マリー・アントワネットの好みが色濃く反映されたものなのだそうです。意外と地味な感じでした。
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マリー・アントワネットについて深い興味があった訳ではありませんでしたが、展示は興味深いものでした。オーストリアのハプスブルク家に生まれながら、政治的な思惑によってフランスにやってきて後のルイ16世となる皇太子と結婚し、ルイ16世の即位後は女王として激動の時代を生き、フランス革命の中に命を落としていくその人生は、さながらに走馬燈のようで、華やかさと運命の残酷さが大きなコントラストを描いて見るものにその運命の激しさを訴えかけてくるものがありました。
特に印象的だったのは、革命後、処刑に際しての態度の立派さでした。娘に書き残した、ルイ16世がそういったように、自分が処刑されたことを恨んではならないという言葉はなかなかそういう心境になれないのではという点で、王位、女王の位にあった方の品位を感じさせました。また、ギロチンでの公開処刑、市民の見ている前で行われる残虐な行為に、市民革命の恐ろしさを見た思いでした。
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折角来たので、六本木ヒルズの屋上まで上がってみました。
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12月11日 東京ディズニーランドホテル 「CANNA」
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このエゾシカは絶品でした。
詳しくは、これも別項で取り上げたいと思います。
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クリスマスは、日比谷公園の南部亭。この日のお魚メニュー、伊勢エビの一皿はお見事でした。
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今年の年末は、ハワイの話題もありました。私も、2014年の8月にパールハーバーに行きました。
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楽しいハワイ旅行、それも限られた日程の中で、終日見学に要するパールハーバーを見に行くということは、普通、かなり困難なのではないかと思いますが、私の場合は、理解あるツマのお陰で日程をさくことができました。
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百聞は一見にしかず、といいますが、ここに来ないと実感できないこともあります。その代表的なものは、この戦艦「ミズーリ」の巨大さでしょう。
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1945年9月2日、戦艦ミズーリのこの場所で、降伏文書に調印したことで、我が国の敗戦が確定しました。
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我が国では、ポツダム宣言を受諾した8月15日の方が多く取り上げられますが、本当の敗戦日とはここに記された9月2日だ、ということをこの場所に来ると実感します。
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有名な話ですが、この戦艦ミズーリは、神風特攻隊攻撃を受けています。特攻機が突撃した場所は、衝撃でこのように曲がっています。今回、首相の訪問で基地内に突撃した日本パイロットの埋葬を行った話が紹介されましたが、このミズーリでも、亡くなったパイロットの埋葬を海軍式の水葬で行ったこと、この判断をしたキャラハン艦長が敵味方とはいえ、国を守るためにとった行動は米軍にとっても同じ事であると水兵に諭した話とともに紹介されています。ここでは毎日、こうしてビデオ解説つきでこのように紹介しているのです。戦勝国だからできたことなのかもしれませんが、非常に洗練された立派な態度だと思いました。
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ここからは戦艦アリゾナの沈没した上にある「アリゾナ記念館」もすぐ近くですが、アリゾナ記念館は定員が少ないので私たちは入れませんでした。
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時間があったら、基地内にある太平洋航空博物館をごらんになっていただきたいと思います。ここでは真珠湾攻撃の様子が、詳細に紹介されています。
(航空母艦「加賀」から発艦するゼロ戦の様子を再現したもの)
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とても驚いたのは非常に詳細にわたって攻撃の様子が説明されていたことでした。
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浅瀬に停泊中の軍艦を攻撃するために、沈みにくい魚雷を開発して低空からこれを使う高度な技術が真珠湾攻撃のハイライトですが、このことも丁寧に説明されていました。
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投下されると沈み込んでしまう特性を改良工夫した魚雷はわざわざ再現して作ってありました。
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沈み込まない工夫をした、ということは小学生の頃から知っていましたが、実物がこういう木製のフィンによるものだった、ということはこのとき初めて知りました。

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対米戦争など、始めてしまったこと自体が愚かではありますが、山本五十六連合艦隊司令長官が綿密に計画した攻撃内容自体は、米国では「緻密な攻撃だった」と評価されることが多いように思います。真珠湾攻撃の攻撃隊を率いた淵田美津雄氏は終戦後、東京を空襲したドーリットル空襲の元パイロットと親交を深めキリスト教徒になり、米国の市民権も得ますが、氏の聖書を紹介するこんな展示にも、軍人同士の畏敬の念を持って接している様子がうかがわれます。
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一方、年末にNHKが放送した戦艦武蔵の番組は感心しませんでした。


武蔵が沈没した地点が特定され、米国の調査団によって写真撮影に成功したことがきっかけでしたが、その写真の断片をつなぎ合わせてCGを再現したところまでは見事だと思ったものの、わざわざ内容を書き起こしてくれた方がいてこちらをごらんいただければお分かりいただけるように、この番組のテーマは、絶対に沈まない不沈艦がなぜ沈んだのか、ということと、その原因は、防御装甲をつなぐ鋲であり、鋲が爆風に耐えられずに吹き飛んだことが浸水を招いた、というものでした。
これを、番組では「明らかになった武蔵の思わぬ弱点と海軍がそれを知りながら放置した実態。」
と説明しました。ちょっと詳しい方ならご存じだと思いますが、定説を覆すも何も、(いみじくも番組中で紹介しているとおり)これらは、いずれも昭和18年末の大和が受けた攻撃で日本は知っており、大和型戦艦の設計者でもある牧野茂氏が「艦船ノート」として出版している本の内容にあり、同様の指摘をした構造上の問題を指摘した本も以前から出ていますし、ネットのWebサイトを検索してみれば多数その話が出てきます。戦後、米国調査団が「大和のアキレス腱」と指摘しているなど多くの関係者が知っていることが、「明らかになった武蔵の弱点」なのでしょうか。番組では、「装甲板のつなぎ目の弱点は実は早くから危惧されていた事も明らかになった。」としていますが、もうずっと前から設計者が自ら語っているような、色々な本が出版されていて既に指摘されていることが、なぜ「明らかになった。」なのか。
また、「絶対に沈まない浮沈艦」など設計できようはずもありませんし、武蔵はそのように注文された船でもありません。大和型戦艦の防御能力の注文は、「魚雷2本の命中を受けても戦闘力を維持し、3本命中でも沈没することなく基地に帰投できる」といった範囲のもので、実際に武蔵が沈没した戦闘状態でも、魚雷5本、爆弾2発を受けても速力22ノットを維持し、戦闘状態を保っていたそうですから十分基準はクリアしているのです。まして、沈没までには魚雷20本以上、爆弾17発、至近弾20発というもので、こんなに被弾して沈まない設計などあり得ない、むしろよくぞここまで耐えたというのが通常の見解というものです。「海軍がそれを知りながら放置した実態」というけれど、これだけ耐えられたということが、逆に、弱点ではあっても対策するまでの必要はなかったという判断が、「放置した実態」というものではないことも示しているのではないでしょうか。そもそも昭和19年の資材不足の状態で、しかも溶接技術の問題という時代背景を踏まえれば、有効な対策などなかったでしょう。
番組では、武蔵がなぜ水中でバラバラになったのかを執拗に迫り、壊れるはずのないバイタルエリアが壊れて浸水したのではないか、と指摘していますが、魚雷20本も受けるまで沈まなかったという事実が装甲の頑丈さを裏付けていますし、武蔵は沈没の際、煙突から小爆発があったとの証言があることから、バイタルエリア内の機関部分に引火した可能性は十分あり、それが主砲下部の弾薬庫に引火して大爆発を起こしたとしても少しも不思議な結論ではありません。しかも、この番組ではご丁寧に沈没の際にスクリューが回転している様子が再現されていましたが、これは、4軸あった機関室の内側には浸水していなかったとの立場に基づくもので、これは大和でもそういう証言がありますから、やはり浸水がしにくい構造だったことが分かる訳です。そもそも沈没の際の内部爆発は、設計の問題ではありません。
不沈艦というのは、主として、戦艦を受領した海軍と、それを見た乗組員さんたちが思ってきたことで、それは、この戦艦ミズーリを見たって分かるというものです。こんなでっかい船(まして武蔵はこれより大きいのですから)、沈むなんて思わないのが普通でしょう。私は生まれて初めてNHKに電話して苦情を申し上げました。決して悪意があるのではないことはおわかりいただけると思います。不沈艦というものなどない、設計する方は、相対的な不沈、つまり沈みにくい艦だということで、武蔵はそういうものでした。なぜ拘るかと言えば、客観的なことを学ばないと、目が曇ってしまうからです。歴史から学ぶことができなくなる。
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パールハーバーの基地では、日本の攻撃内容を正確に伝えています。この差は大きいなと思いました。
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大艦巨砲主義の象徴のように言われる大和・武蔵ですが、多くの方が大和・武蔵以外の戦艦というと長門くらいしか思いつかないのではないでしょうか。実際日本は、条約破棄後、戦艦は大和と武蔵の2艦しか建造・就役をしていません。起工された3番艦の信濃は航空母艦に変更、4番艦は途中で中止解体になっています。大和・武蔵が計画承認される段階で、当時航空本部長だった山本五十六は、大和・武蔵の建造に反対し、これを認めるならと同時に正規空母の翔鶴・瑞鶴も認めさせ、条約によって戦艦から改装した加賀・赤城、条約時代の龍驤、蒼龍、飛龍、中小型空母の瑞鳳と祥鳳など10艦を開戦時に揃え、その後も改造空母の準鷹、飛鷹などを続々就役させたのと対照的で、これは、当時の日本が、色々な考えはあっても主力は航空主兵だと考えていた証です。大和・武蔵は実戦に出る機会も、その主砲を撃つ機会もほとんどなかったことから揶揄の対象になりますが、問題だったのは船でも時代でもなく、当時の日本海軍には、自らが作り出した航空主兵の時代なりの戦艦の運用というものを思いつかなかったという運用面の問題だという議論が、そろそろ主流になってもいいのではないかと思います。そのことがここ、パールハーバーにくると分かるのではないでしょうか。米国は条約破棄後に戦艦を開戦時までに10隻を就役させていますし、このミズーリに至っては昭和16年起工で就役は昭和19年です。その後30年に退役、昭和61年には湾岸戦争に伴って再就役すらしています。問題とされた大和・武蔵の船体構造も、アメリカの戦艦でも同様の構造を持っているものもあるそうです。こうした横を眺めないで批判するから浅い、客観的ではない議論に沈泥することになるのです。
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2016年は、いろいろなことが動いた「変化の年」であったと思います。
こうした変化の時代にあって、大切なことはしっかり客観的な事実に基づいて時代を見つめ、そして大いに議論することではないかと思います。
来年は、そうした健全な議論がきちんとなされることを期待して、今年の終わりとしたいと思います。

2016.12.31 bjiman

# by bjiman | 2016-12-31 11:04 | ご挨拶・お礼 | Comments(2)

菊之湯 ~お料理が美味しかった松本のお宿~

今年の夏休みの旅行は軽井沢~松本だったのですが、機会を失って印象的だった松本を取り上げられないでいました。
そこで、今更ではありますが、ちょこっと取り上げてみたいと思います。
松本の浅間温泉は規模の小さい温泉街ですが、ここ、菊之湯さんは、なかなかに印象的なお宿でした。
「菊之湯」 SIGMA sd Quattro+SIGMA 18-35mmF1.8DC ART
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松本地方に多いという本棟造りという形式のお宿の建物はとても立派な古民家という感じで、ロビーも和の落ち着きがあります。
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お部屋の雰囲気の純和室で、とても落ち着けます。 10-20mmF4-5.6はちょっとピンぼけになってしまいました。
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懐かしいプッシュ式電話
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ここは今では少ない部屋食なんですが、何と言ってもお料理が良かったです。
最初から、とにかく美しく、上品。
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前菜の秋茄子胡麻掛け。こういうのお酒が合いますよね。
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イチジクの揚げ出し。針海苔。板さん、お料理が好きなんだなぁって、思いました。お洒落。
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この日のお品書き「初秋」というものでした。
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食べるのがもったいないような美しい盛り付け。前菜のほうづきトマト、小鯛笹蒸しなどなど。からし蓮根も美味しかったし、蓴菜がするするっと来るのもいい。
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笹蒸しの小鯛のきれいなこと!
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お椀は懐石の華だと思うんです。懐石料理店ではないのである程度はまとまって出てしまいますが、お料理は懐石ですね。そういう本格的な感じがしました。
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このお造り、食べなくても、見ただけで美味しい!って分かる感じですよね。実際美味しかった。。。
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お凌ぎ。古代米の蒸しご飯。
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イワナの塩焼き。こんなお洒落な出し方ってありますかね。
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お酒は、松本の地酒。岩波酒造さんの「鏡花水月」。純米生酒、すっきりした美味しいお酒でした。
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これは別注料理の和牛ステーキ。別注料理付きのプランだったので利用してみたのですが、これはちょっとイマイチだったかな。美味しかったですが。
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ちょっとフレンチみたいなお洒落な一皿。ホタテが美味しそう! 旅館じゃなくて、ここの板さんがやっているお店が近くにあったら「通います!」っていいたくなるようなセンス、お料理がお好きなんだなという感じがしました。
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冷やし煮物。カニが食欲をそそります。
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最後に揚げ物。やはり煮たり焼いたり蒸したり、、、色々な技法の中で、最後にちょっと揚げ物をいただくと嬉しいですね。
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お食事。止め椀が赤だしだとやっぱり嬉しいものです。
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こんな調子でしたから、翌朝の朝食も期待していましたが、期待に違わず、朝食もとっても美味しかったです。 SIGMA DP2 Merrill
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ここは、このお料理をいただくためだけにでも、もう一度行きたいなぁと思っています。。。

2016.9.8 @信州松本 浅間温泉 菊之湯にて

# by bjiman | 2016-12-05 06:00 | 信州旅日記 | Comments(4)

言葉の美しさ、音の美しさ、美しさを大切にして欲しい

12月に入りました。年の瀬になると何かとせわしなく、私もこれから今年初の忘年会です。
年末になると、その年に流行った歌とか流行った言葉、流行語大賞にあまり美しくない言葉が選ばれたりして話題になったりします。問題提起ということもあるのでしょうが、それが流行語なのか、と思うことも少なくありません。
音楽は、ツマと趣味の合わない唯一のもの(笑)ですが、子供のころから70年代フォークに親しんできた私には、最近気になることが2つあります。
ひとつは若い人たちが美しくない言葉遣いをすること。
きれいな音の世界、きれいな言葉を大切にしてもらいたいな、と思います。
私はよくカラオケでこの曲を歌います。もうあまり歌う人もいませんが、音も言葉も美しい名曲だと思います。
「かぐや姫」加茂の流れに(1972年)
私が「石野田奈津代」という方を知ったのは2000年頃だと思いますが、彼女は路上シンガーとして有名になりました。
デビューしてしばらくは、自分が輝きたいという強い意志を感じさせる歌が多くありましたが、それが強さでもあり、一方で「自分が自分が」という気持ちばかりにも感じました。しかし、きっと一人でやっていくなかで多くの方に支えられたのでしょう、周囲への感謝を込めた歌が聴かれるようになり、ヒットもしたようです。私が好きなのは、神津島の旧い曲を歌ったこの曲。観光協会に依頼されて故郷のために歌ったこの曲は、言葉も美しく、またそれを歌う彼女の声も優しく美しいと思います。仕事が何かへの感謝、何かへの貢献につながるというのは素敵なことだと思うのです。
神津島へ、いこう(神津節)/石野田奈津代

女の子達が、やたらとグループを組んでユニットなるものになることもあまり良いことだと思っていません。
なるほどたくさんで集まってダンスをすれば楽しいとも思いますが、才能とは本来稀少なものです。また、社会に出れば誰でもそうですが、一人で生きていかなければならないし、仕事は、正解のないものだと思います。しばし苦労を前にして呆然とすることもありますが、それでも人は生きていかなければなりません。
私はこの曲が子供の頃から好きでした。フォルクローレを取り入れた曲調も素敵です。
ふきのとう 「風来坊」

年の瀬です。お体ご自愛下さい。

# by bjiman | 2016-12-03 16:44 | スポーツ観戦・音楽鑑賞 | Comments(2)