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男着物の基本・大島紬① ~男着物・3年目の着物道楽 その5~

 男着物の基本・ベーシックといえば、鹿児島県奄美大島の大島紬をアンサンブルで揃えてみるというのはまず間違いのない選択であると思います。私は結城紬が好きですが、最初に揃えたのは大島でした。

〈私が最初に誂えた大島・藍のちらし亀甲アンサンブル〉 SONY CyberShot RX100
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◎大島の特徴:ツヤがあり、シャリ感のあるヒンヤリしたタッチ
 大島の歴史などは専門のサイトなどをご参照いただければと思いますが、大島紬が結城紬のように玉繭から手引きで紡がれた紬糸で織られていたのは明治時代までの頃の事で、昭和に入ってからは、本絹糸:生糸のみが用いられるようになったため、今の大島紬は「紬」ではありません。そのため、結城紬のようにほっこりした暖かみのある柔らかな風合いではなく、薄い生地で手触りもいかにも絹というクールなタッチ。ツヤがあり、よく言われるシャリ感のあるタッチは、結城紬とは対極にあるものという気がします。実際に着ると暖かいのですが。

  〈上の着物の反物当時〉 SIGMA DP2X
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  〈2着目の大島・黄色の縞大島〉
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◎大島といえば「泥染め・絣模様」
 大島の特長は、深みのある黒。これは、奄美大島に自生するシャリンバイというバラ科の木を煮出した液に何度も漬けて染めたものを自然の泥田でもみ、シャリンバイのタンニンと泥田の鉄分が反応することにより独特の黒褐色の発色を得るものです。その泥染の黒褐色の糸をまず作って、その糸に木綿糸を括り付けてインド伝来と言われる絣(かすり)糸を作り、絣糸と絣糸の組み合わせで縦横無尽な柄を織り出すのが大島の伝統。
 私の愛用している着物用のカバンは、奄美大島の織り手のお母さん達が大島のハギレを使って縫ったもので大島の多様な絣模様を楽しめます。まず大島の伝統技術、絣模様の素晴らしさを見て下さい。

〈愛用の大島バック〉 SIGMA DP2 Merrill

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この細かい柄の一つ一つを絣糸を組み合わせて、手で柄を合わせているんです。素晴らしい、気の遠くなるような技術です。
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次回は、そんな大島を男が着る場合の私なりの選び方や表示について書いてみたいと思います。

by bjiman | 2015-11-30 02:11 | 和装・着物生活・伝統的工芸品 | Comments(0)

私の好きな結城紬③ 本物とそうではないモノの見分け方 ~男着物・3年目の着物道楽 その4~

◎石下結城紬の羽織、素敵な羽裏
 私の目下の一番のお気に入り、黒と緑の杢(もく)柄の結城紬の着物。羽織の羽裏(はうら)はとってもかわいいデザイン。ご飯茶碗のような柄が、お祖母ちゃんの着物箪笥から昔のハギレを縫い合わせたような柄になっているんです。

羽織の羽裏 SIGMA DP1 Merrill
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 さて、この着物は、今、洗い張りという工程でリフレッシュに出ています。洗い張りというのは、着物をいったん全部ほどいて反物のカタチに戻してキレイに洗って仕立て直しをするもので、結城紬は、この洗い張りをする程に、柔らかさや風合いを増すと言われています。私の結城はリサイクル品で、元々の仕立ての際に湯通しという行程が不適切だったために落ちきれずにいた糊を落とす目的でのリフレッシュですが、きっと風合いを増して帰ってきてくれると期待しています。
  〈 いってらっしゃい♪ 〉
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◎石下結城紬の産地が大変に
 結城紬の中でもお手頃バージョンとも言える石下結城紬は、その名の通り石下地方(旧結城郡石下町、現茨城県常総市)で織られてきた伝統の織物です。織り手の多くは兼業農家の方々で、農閑期などに織られてきた歴史があります。常総市は今年9月に大きな災害に遭い、こうした織り手の方々も災害の影響で、織機などもかなり被害を受けたということで今後の石下紬が心配です。そんな石下地域復興のために結城紬産地問屋の奥順さんが義援金を送る目的で在庫している石下結城紬のセールをするというので買ってきた我が家のニュー石下が18日にも掲載したこの反物。網代柄のアンサンブル(2反分あるもの=疋物)です。これは来年の6月(と9月から10月)に着る単衣(ひとえ=裏地のない着物)にするように今お仕立てに出しています。
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◎石下結城紬「はたおり娘」の表示はどのように?
 ところで、この石下結城紬は、奥順さんの石下結城紬を含むお手頃バージョン「はたおり娘」のブランド名で売られているものです。「はたおり娘」の表示は、前回ご紹介した「おく玉」のものをほぼ踏襲したものになっています。
中央左側の「紬」の赤字の下は「奥順株式会社別誂」の表示があって、きちんと出自が分かるように明示されているのは大切なことです。右側の検査合格証は、石下結城紬であることを示す「茨城県結城郡織物協同組合」の検査であることが表示されています。なぜ、こうした表示が必要かと言えば、結城紬がメジャーであるが故に産地が不明の紛らわしいものが多いこともその背景にあるでしょう。
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◎結城紬の有名税? 紛らわしい表示の反物とは?
 具体的に「結城紬」ではない紛らわしい表示はどんなものかというと、私の持っているものだと以下のものがあります。
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◎「古紬結城」の表示
 この「古紬結城」なるものは以下の表示にあるように、いかにも本物の結城紬の表示に似せてありますが、例えば左側の検査済証書には、「生糸織物之証」と書いてあるだけで検査者の名称が入っていません。(石下結城の場合は「茨城県結城郡織物協同組合」の名称が入るところです。)
正確に言えば、紬糸と生糸は違うモノなので、紬の反物に対して「生糸織物」というのは不適切な表示だと思います。
 また、中央右の「紬」の赤表示は、本物の結城紬の場合は、石下紬の場合に表示されるものですが、これは「産地証明」として「織元同人会」と入っているだけで産地がどこかは分かりません。真ん中の絵も、石下結城紬のはたおり娘の場合は、機織り機と織っている娘さんの絵が描いてありますが、この古紬結城なるものでは機織り機のみが描いてあって娘さんの絵がありません。
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◎紛らわしい反物の使い道
 こういう紛らわしい表示のモノはネット販売などで多く出回っていて、非常にお手頃の価格であることが多いのではないかと思います。こういうモノは日常着と割り切って使う勉強代の一つとして考えるのであれば、それなりに使い道のあるものだと私は思いますが、本物の結城紬とは違うものだという知識も必要です。
どこの産地でどのような生産をされているのか皆目分かりませんが、業界の方に伺った範囲では屑繭というか屑糸のようなものを使っているのではないかな、というようなことです。確かなことは誰にも分からないわけですが、実際、価格は非常に安い訳で、理由があるのが当たり前だと思わないといけません。生地は腰がなくてヘナヘナで長持ちしそうもないなぁと思いましたが、その分着心地が柔らかいものです。こういうのも自分で実際に買って仕立てて、着てみないと反物だけでは違いが分からないものです。写真は画面ではうまく色が出ていないように思いますが濃い鮮やか目の緑色の着物です。

〈勉強になりました〉
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◎結城紬・本物の努力は?
 こうした類似品というか結城を語るような紛らわしいものも出回る中、結城市の産地問屋の方々は、努力して本物の結城紬を普及しようとしているように見えます。
呉服業界の問題点を書いていたらここでは書き切れないほど色々あるのですが、大島紬の横双(よこそう=絣糸を横糸にだけ使って柄を表現することでコスト削減をしたもの)などを露骨に見下す見方をする呉服屋さんに何度も会いました。あぁ横双ね、的な。石下結城にも同じような見方があると思いますが、そんな事を言っていたら呉服の普及など永久に出来ないでしょう。呉服店がそういう体質である限り、明日はないと私は思っているのですが、産地問屋さんも正直言ってこの辺りの危機感はかなりのものがあると思います。石下結城紬は、そんな意味で結城紬の普及を図る紬としての役割は大きなものがあると私は思っています。

◎ツマの石下結城紬は洒落た亀甲柄
 たまには私のモノばかりではなくて、ちょっとツマのものも掲載したいと思います。
 ツマの石下結城紬は、とってもキレイな白ベースで、こまかい亀甲柄が入っているお洒落なものです。

〈ツマの石下結城紬〉
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亀甲柄で模様を造り出すとても細かく、美しい柄模様です。
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裾周りを保護する八掛も金色のぼかしが入っていてお洒落。女性の着物はこうしたところもポイントです。
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こうした本当の結城紬の良い着物の魅力を、多くの方に知って欲しいと私は思っています。
次回は、もう一方の雄、大島を取り上げたいと思います。

by bjiman | 2015-11-29 01:21 | 和装・着物生活・伝統的工芸品 | Comments(0)

私の好きな結城紬② ~男着物・3年目の着物道楽 その3~

◎杢柄の石下結城紬
 リサイクルの結城で結城紬の魅力を知った私ですが、リサイクルの結城は商標のない織り元が分からないものだったので、今度は商標のついた本物が欲しいなぁ、できれば柄はグレーか茶系の杢(もく)がいいなぁと思いながら、ネットのリサイクルショップのページを飽きずに眺める日々が続きました。なぜ杢かと言うと、私の憧れの白洲次郎氏が唯一誂えた着物が結城の濃いグレーと茶系の入ったような杢だったからです。杢という柄は、黒やグレー、茶色などの濃淡2色を織り交ぜて柄を作るもので一見無地のように見えるのですが2色が織り混ざっているので、無地よりは華やかに見える、その感じがとても好きになりました。そうして杢の結城を探していたら偶然見つけたのがこの着物・石下結城紬・杢のアンサンブルなんです。しかもこれは、結城紬の産地問屋・奥順さんの商標がついた間違いのないものでした。

〈石下結城紬・杢のアンサンブル〉 SIGMA DP2 Merrill
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 この杢は、黒と緑の2色が織り混ざった糸なので、遠目に見ると全体としては渾然としながら柄にも見えるというとても渋い感じのするものですが、間近で生地を見るとしっかり杢柄が見て取れます。
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◎結城紬の表示とは
 大島もそうですが、結城や大島はメジャーであるが故に産地で織られたものではない真似ものが多く出回ります。そのために、表示でしっかり産地のものが見分けられるようになっています。結城紬はその面でも代表格と言えるもので、これでもか、と言わんばかりに表示がされています。ここで簡単にその内容を説明します。
下の写真をご覧下さい。
これは結城の中の結城。セール会場で見かけた本物の「本場結城紬」です。(展示中の商品なので表示以外はぼかしました。ご了承下さい。)
「本場結城紬」は国の重要無形文化財で、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。結城紬は、繭をお湯につけて手作業で繭を伸ばして作る本真綿を使う点が特徴ですが、本場結城紬は、その本真綿から糸を引く作業も手で引く「手紡ぎ」の糸を使わなければならず、反物1反分(12m程度)の糸代だけで10万円以上になると言います。その糸を地機(じばた)と呼ばれる身体に密着させて織り加減を調整しながら織る織機を用いたものか高機(たかばた)という織機で織られたもののみが本場結城紬として流通することができます。高機の場合、絣模様の場合は本場結城としては認められません。本場結城紬は非常に手間の掛かる伝統芸能品なのでとても高価で、1反100万円を超えるものも珍しくはありません。ルールを満たしていることを証明する証書の規定は厳格で、左側の証紙には、「真綿手紡糸」の表示、真ん中左側に本場結城紬を表す「結」の赤文字、真ん中中央に、糸を手で紡いでいる姿の絵と「本場結城紬」の表記、右側に「本場結城紬検査之証」がついています。検査証には、地機であることも表示されています。この反物は地機でないと本物とはいえない絣模様なのでこの表示にも本物であるとの意味があります。
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◎石下結城とは
 一方、私の結城は、もちろんこれも結城紬なのですが、ずっとお買い求めがしやすい「石下結城」というものです。本場結城紬が文字通り結城市を中心に織られているものであるのに対し、石下結城は、石下地方(現茨城県常総市)で織られており、広い意味での結城紬に数えられるものです。本真綿を使って織られる紬である点は本場結城紬と同じですが、本真綿から糸を引く工程は手紡ぎではなく動力機械を用いたもので、機織機も動力機を使う点などが合理化されています。その分、お買い求めがしやすくなっている訳ですが、改めて考えてみなくても、国の重要無形文化財になっているような高価なお着物を普段のお洒落着になどできようはずもなく、私にとっては石下結城のようなものがなければ結城紬に親しむことすらできません。その意味では産地問屋さんにとっても石下結城は大事なものの筈です。結城紬ではあるけれど、ブランドを守るために「本場結城紬」とは区分しなければならない。そんな痛し痒しなところが表示に現れていますが、わかりやすさにも繋がっています。まず、本場結城が手紡ぎ表す左側の証紙は、「真綿結城紬」の表示。「おく玉」はこの商品を卸している産地問屋さんの「奥順」さんの当時のブランド名。真ん中左側の赤文字は、結城の結ではなく「紬」の赤字。真ん中の表示は、「本場結城紬」ではなく「手織結城紬」右側の検査証は、「茨城県結城郡織物協同組合」が検査したもの。これは旧石下町が結城郡だったことに因むものです。
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こうした厳格な表示のお陰で、私の結城紬も、結城紬の産地問屋である「奥順」さんのこのお店から出たものだということがハッキリ分かり、私はこの着物を着て、奥順さんを訪問したいなあと思っていましたので、それが果たせたときは着物の里帰りをしたようで嬉しかったです。

(奥順さんの中庭にて) SONY RX100
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◎おかしな「ゴワゴワ」感
ところがこの着物には気になるところがありました。下の写真で比較してみると分かりやすいと思うのですが、着始めるとすぐにしなやかになった最初に買った左側の本真綿結城の藍の着物と比べて右側の石下結城は、何か肩周りとかゴワゴワしているように見えませんか?この石下結城は何度着てみても、生地のタッチが柔らかくなってこないのです。
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◎湯通しが甘い=洗い張りで解決
 洗えば何とかなるかなと思っていたのですが、販売元である奥順さんを訪問した際、気になっていたこのことをスタッフの方にお聞きしてみたら、一目見て「あぁ、固いですね。湯通しが甘いです。洗い張りをすれば落ちますよ。」とのこと。残念ながら昔は、流通の問題でこうしたものが多く出回っていたとか。結城紬は、反物の生地を作る時に織りやすくする目的で糸に糊をして強度を上げるのですが、この糊がついたままだとゴワゴワするので、湯通し(湯に浸ける作業)をして糊を取る作業が必須です。
 湯通しは、本来であれば呉服屋さんで仕立てを頼む際に一緒にお願いする作業なのですが、十分な理解がなく、蒸気を当てて生地を伸ばすだけの「湯のし」で済ませてしまう場合があって、湯のしでは糊が取れないので、糊が残ったままのゴワゴワした着物が出回り、本来の結城の風合いを分からないまま誤解する現象になってしまうそうです。考えてみると、私も呉服屋さんの店頭で、湯のしの案内をされた場合と湯通しの案内をされた場合があるのですが、湯のしと湯通しの違いを説明されたことがありません。理解のない呉服店が、湯通しが必要な反物に湯のししか手配しなかった場合、こうした事態が発生することが考えられます。奥順さんでは、そうした事態を避けるためか、今は自前の湯通し工場を備えています。呉服屋さんの問題は次回にでも書こうと思っていますが、私は原因が分かったので、おつき合いのある問屋さんで他の着物をクリーニングに出す際に洗い張りを頼みました。クリーニング屋さんもちょっと触っただけで、「あぁこれは固いですね。でもこの位なら洗い張りで落ちますよ」と教えてくれました。ちなみに「洗い張り」とは、着物をいったんほどいて反物の状態に戻して洗うものです。普段の「丸洗い」(京洗いともいう)の際はドライクリーニングで石油に浸けるだけなので糊は落ちないそうです。洗い張りは時間もかかるので、私の石下結城が戻ってくるのは年明けになりますが、とっても楽しみです。
さて、そんな結城の話。次回は現代の石下結城のことと、結城とは言えない結城「風」について書いてみたいと思います。

by bjiman | 2015-11-27 05:00 | 和装・着物生活・伝統的工芸品 | Comments(0)

私の好きな結城紬① ~男着物・3年目の着物道楽 その2~

◎男着物の揃え方のオススメ(一例)
 和装には季節のルールがあって、10月から4月までが裏地のある「袷(あわせ)」という着物。これが基本です。5月~6月と9月は裏地のない「単衣(ひとえ)」に、7月と8月は、絽(ろ)や紗(しゃ)など涼やかな織り方になる「薄物(うすもの)」になります。なので、もし年間を通じて着物が着たいということになれば、最低3種類の着物を揃える必要がある訳です。
 もし私がどなたかから、どういう順番で揃えたら良いのかと聞かれたら(聞かれませんけど(笑))、まず最初に袷で、結城紬のアンサンブル(着物と羽織を同じ生地で揃えるもの=お対(つい))で、色は濃いグレー系。柄は複数の色違いの糸を織り込んで柄を作る杢(もく)を揃えることをオススメするでしょう。次も袷で大島紬。柄は亀甲(きっこう)。色は藍色。袷を最初に2つ揃えるのは、やっぱり着物としては袷が基本形だからです。次に単衣。これは手頃な紬でいいと思います。夏の薄物は小千谷縮などの麻。お茶をするのであればどこかでお召(めし)と袴を揃える必要がありますが、ここまでくれば自分の考えで選べるはずです。オプションとしては、木綿やウールの日常着を揃える機会があればより着物の世界を楽しめるかと思います。順番は違いますが、これは私の体験談でもあります。

◎結城紬が好きなワケ
 結城紬は茨城県結城市を中心に織られている紬で、紬の代表格。最初の着物としては鹿児島県奄美大島の大島紬も有名ですが、私は自分が在住する千葉県東葛地域が結城のすぐ近くというご縁もありますし、結城紬をオススメします。何と言ってもこちらは紬の中の紬といってもいい自他共に認める伝統品ですし、その特徴は、真綿から紡いだ紬糸の持ち味そのままに、柔らかで暖かい着心地であるのに対し、大島はその発展の中で紬糸を使わなくなり、その持ち味は、結城とは対極にある薄くしなやかなシャリ感にあるからです。どちらにも魅力がありますが、まずは本物の紬を味わって欲しい。それが私が最初の、そしてベストの着物に結城紬を押す理由です。

〈緑と黒の杢柄の結城紬アンサンブル〉 (茨城県結城市 結城紬の産地問屋「奥順」さんにて) SONY CyberShot RX100
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◎最初の結城紬は、リサイクル。
 私が最初に入手した結城紬は、ネットのリサイクルショップで購入したものです。
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絣糸による柄で、色は濃い藍色と薄い藍色のコントラスト。非常にオーソドックスで、着ていく場所を選びません。
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絣糸ってどういうものかというと、上の着物の場合、こういう風になっています。
まず、最初に濃い藍色で糸全体を染めて、その後、今度は木綿糸を縛って、縛った部分は色が染まらないようにして薄い方の藍色を染める、という方法をとっていると思います。糸を見るとこんな感じです。
この糸を織り合わせて柄を作るんです。着物の反物が、なぜ高価になるのか分かると思います。本当に細かい作業です。
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羽織の裏に張る羽裏は、瓢箪とダルマでした。瓢箪は末広がりになるということから縁起の良いものなので何だか着ていて嬉しい気持ちがします。
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この着物、私がネットショップで買った初めてのリサイクル着物でした。
それまで何度も呉服屋さんで採寸をしてもらいながら着物を誂えていたので自分のサイズがどのくらいかは分かっていたつもりでしたが、改めてネット画面と採寸された情報だけで選ぶというのはちょっと慣れが必要な分野です。不安な部分もありますが、リサイクル品で採寸が自分と完全に合っているということを望むのは高望みというものです。多少は何かが出てくるもの。この着物の場合は、裄(ゆき:背中心から袖まで)の長さがちょっと足らない、それもほんの2cmというところなのですが、まずは購入して結城紬を着てみたいということで買ったものです。届いた着物を広げてみると、何だかカタチがいびつでどこか歪んでいるような気がしました。(届いた時は仕付け糸が付いていましたから、前のユーザーが着ていたようにはちょっと見えないという感じではあります。)

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ところが、試着してずっと過ごしているうちにみるみるシワが伸びていき、最初に感じたゴワゴワ感がなくなっていくのが分かりました。それでちょっと和装ハンガーに掛けておいたら相当シワがのびてすっきりした感じになりました。(夜でピントがぼけてます)
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単に折りジワが伸びただけということかもしれませんが、着ているウチに柔らかくなっていくのが実感でき、また、以後は着る度に着心地が良くなっていったことも確かで、うーん、これが結城か、これが真綿の紬か、と実感できた着物。結城紬は、製造段階で使う糊に小麦粉を使い、かなり固い感じになるので、仕立ての時の湯通し(糊を取る作業)が甘いとゴワゴワしてしまうのだそうです。また、ちゃんと仕立ててあったとしても、着ているウチに、また、洗い張り(着物をいちど縫い合わせを全部取ってから洗う工程。)をする毎に柔らかさを増していくというのが結城です。そんな結城紬の柔らかな風合いがとても好き。私の今の一番のお気に入りと言えます。
ただ、この結城は商標もなく、本真綿の結城であるという以外、どこで織られたものなのかが分からないものでした。その分、お値段もお買い得でしたが。。。
「次は出所の分かる結城紬を買おう」そう決心したきっかけにもなりました。ただ、そうだからといってこの着物が気に入っているということは変わりません。
では結城紬の商標とはどういうものか。次回に続きます。

by bjiman | 2015-11-24 05:00 | 和装・着物生活・伝統的工芸品 | Comments(0)

男着物の揃え方 ~男着物・3年目の着物道楽 その1~

◎若い世代に着物復活の兆し
 経済産業省が和装産業の振興や2020年東京五輪に向けた日本文化のアピールも考えて「着物の日」を制定しようとしている動きがあることを前回記事にしましたが、先日新聞で嬉しい記事を目にしました。若い世代に着物復活の兆しがあるということです。経産省の調査によると、着物を年に数回以上着ると回答した割合は20代女性が最も高く、50代女性を上回ったというのです。習い事でも着付けの人気が高いそうです。

 着物男子という言葉が既にあるように、男性だって負けていられないと思います。
 以前から書いているように、40代以上の中高年になってまで「チョイ悪オヤジ」なんていって高価な外国のファッションに目を向けているより、そんな余裕ができたのであれば自分の国の伝統文化である和装に目を向けてみるのもいいのではないでしょうか?

◎男着物の揃え方
 とは言っても我が男子が趣味で和装に取り組むとなると色々と大変なのも事実だと思います。
価格は不透明だし、第一商品が豊富に流通しているとは言えません。そんな男着物の揃え方について、私なりの3年間の経験を書いていきたいと思います。
先日、おつき合いをさせていただいている問屋さんのセールに出掛けて、夏物と9月に着る単衣(ひとえ)の着物をクリーニングに出しつつ、夏にクリーニングに出していた冬物の着物の受け取りと、先日購入した石下結城の仕立て依頼などを一気に行ってきたついでに、セール品の帯と羽織紐を買ってきました。

〈西陣の織物の帯と天然石の羽織紐〉 SIGMA DP2 Merrill
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非常に細かい織りで、藍、薄藍、茶、鼠色などの何色もの色が織り混ざっているので着物の色に対して幅広く対応してくれると思います。西陣ということでしたがこれは特価品だったので1万円以下のお買い得なものでした。羽織紐も、天然石の綺麗な色のもので、藍から茶、緑など色々な着物に対応してくれそうです。帯は着物の着こなしの上でとても重要なアクセントになるので、その意味ではある程度お金を出してでも自分の個性に合った物を選ぶことも大切であると思う一方、こうした帯や羽織紐は一定の数が必要な割に入手する機会が少なく、お値段も高価なので、できるだけセールなどの機会にお買い得なものも見つけて数を揃えておくことが必要だと思います。
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◎男着物ならではの課題
 女性の着物は、男着物と比べれば流通量が圧倒的に豊富、我々の親世代から引き継がれてくる量も格段に多い、女性は「おはしょり」(帯の下の部分で着物の身丈を調整すること)をするために着物のサイズの自由度が格段に高いことなどから、自分で買って良し、親や親戚などからいただいても良し、リサイクル品を購入するときもサイズが豊富に選べるといいことづくめであるのに対し、男着物はこのすべてが逆です。流通量が圧倒的に少ない、親世代が持っている量が少ない、男着物はお腹でおはしょりを取らずにストレートで着るため、もともと一人一人の体型に合わせて誂えで仕立てられる着物は、リサイクル品を選ぼうとしても、身丈、裄(ゆき:背中心から手までの袖の長さ)、前後の幅などが自分の体型と非常に近いことが求められるので、店頭においてある程度の在庫量ではサイズの合うものは滅多に見つからないということがあります。
しかし、趣味のものである以上、これらは同時に楽しみでもあると思います。その気になって探せば意外と多くの出会いがあるものです。

◎男着物は高価?
 男着物は、市場のニーズが弱いので呉服屋さんでも扱う量が自ずと少なくなります。その分お買い得品に出会うことも少ない。おまけに、男着物は羽織が必須なので、お対(着物と羽織のセット)を仕立てる場合、反物は2反(2反分の反物を疋物:ひきものといいます)分要ります。単純に言って女性用の倍のお値段になってしまいます。とはいえ女性は帯に掛かる分が大変なのでお互い様なのですが。
 何にせよ、何かとお金が掛かるので、趣味で取り組むならばリサイクル品や高価なものと廉価でも実用上問題のないものを合理的に組み合わせることが必要になると思います。(無尽蔵にお金があるならば別ですが。)
 着物は日本文化の伝統を紡いできたものなので、日本全国各地にいくつもの有名な産地、着物があります。趣味で取り組む以上、やっぱりそれなりにそうした産地や銘柄のことも知らなければならないし、肌触り、着心地を含めてそれを知るには自分で買ってみて、着てみる以外には理解できないというのも当然のことだと思います。

◎大島紬は紬じゃない?
 男が着る着物ってそんなに種類がある訳ではありません。着物には染物と織物がありますが、女性の振り袖や訪問着のような華やかな染物は男着物にはありません。男着物は江戸小紋などの例外を除いてほとんどが織物。中でも紬(つむぎ)、お召しが代表です。紬は、生糸にならない品質の繭から真綿を作ってその真綿から糸を引き出して作った紬糸を原料にするもの。太さが均一ではなく、ところどころに節があるのが特徴で、独自の風合いがあります。日本三大紬と言えば、鹿児島・奄美大島の大島紬、石川県白山市(旧白峰村)の牛首紬、そして茨城県結城市を中心とする結城紬です。男着物といえば、まず大島か結城をお対(着物と羽織のセット)で作ることが一般的だし、私もそれをオススメします。それなのに、まず一方の雄である大島紬は紬糸を使わない。最初はもうここで分からなくなってしまうと思います。

明日は、私の好きな結城紬から、私が着物を買いながら、着ながら勉強したことを書いていきたいと思います。

by bjiman | 2015-11-23 05:00 | 和装・着物生活・伝統的工芸品 | Comments(0)

男着物・3年目の着物道楽(プロローグ)

お陰様で私のブログの記事ランキングでは、着物初心者時代に書いた「男着物・初心者の事始め」シリーズの記事をたくさん読んで頂いています。最近では街中で稀にではありますが「着物男子」をお見かけすることもありますし、以前よりは呉服店で男着物を見かけることも多くなりました。経済産業省では、国内和装産業の振興を目的として、着物で出勤することを振興する「着物の日」を策定することを目指しているそうで、業界団体が着物の日として定めている11月15日には、実際に職員による和装出勤が行われたとか。
かつては普段着だった和装が今日のように洋装化した始まりは、明治政府が明治5年に出した礼服には洋服を採用するという太政官布告によるものと言われています。これにより洋服の礼装が定められ、明治政府はヨーロッパの宮廷文化に倣った洋装を普及させていき、鉄道員や警官などの公務員の制服を洋服にしていくことによって庶民にも洋服が浸透していったというものです。今日、毎日の仕事を和装ですることは現実的とは言えませんが、私たちの国の長い歴史を持つ和装をする機会はもっと増えても良いのではないかと私は考えています。そういう点で、経済産業省の取り組みには好感を持っています。
さて、とは言っても男着物は、普段売っているお店を見かける事も、着ている人を見ることもなかなかなく、親しみにくくなっているのが現状ではないかと思います。
今回の特集では、そんな男着物について、私の短い経験ではありますが3年間の自分なりの取り組み(道楽ですが)を書いてみたいと思います。
題して、「男着物・3年目の着物道楽」シリーズを始めたいと思います。よろしくお願いします。
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by bjiman | 2015-11-20 05:00 | 和装・着物生活・伝統的工芸品 | Comments(0)

石下結城紬お得市

着物好きの私ですが、数多くある着物の中で、いちばん好きなのが結城紬です。
紬は、身近で着やすく、とりわけ結城紬はしなやかでふわっとした、真綿ならではの着心地が魅力。
そんな結城紬の生産地のひとつが石下地方(旧結城郡石下町)ですが、今年9月の災害で大きな被害にあいました。結城紬の産地問屋の大所、奥順さんから復興支援のために蔵に眠っている石下結城紬の訳あり品セールをやるというお知らせをいただいたので、さっそく出掛けました。

(セール会場の前で。お気に入りの杢(もく)の結城紬と一緒に) SIGMA DP1 Merrill
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手に持っているのは、この日購入した石下結城紬の反物(アンサンブル)
予算オーバーだったので、この日、お仕立ては後日にして反物を持ち帰りました。(SIGMA DP2 Merill)
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いい感じの網代模様。色は淡いグリーン。これは、5~6月と9月に着る単衣(ひとえ)仕立てにする予定です。落ち着いたら仕立てに出しますので、着物になった姿は来春に。(光線の具合で色目が上と違いますが、自然光で見た場合はこのような色だと思います。)
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着物生活も丸3年を数えました。1年目時代の、「男着物・初心者の事始め」の記事もたくさん読んで頂くことができたので、近いうちに、「男着物・3年目の着物道楽」というような感じの特集をしたいと思っています。よろしくお願いします。

by bjiman | 2015-11-18 05:00 | 和装・着物生活・伝統的工芸品 | Comments(0)

トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~クルマジャーナリズムは、複眼的視点を持つべき~さらばクルマジャーナリズム⑧

先日、曽野綾子さんが新聞に書かれていたコラムの一節が印象に残りました。

「何よりも貧しくなったのは、大人のくせに、ものごとの結果を最低二面以上の相反する複雑な視点から見る勇気も能力も衰え、教育もその訓練をしないことである。」

私がこのクラウンを通じてクルマジャーナリズムに対して感じていることもこういったことです。
特にクラウンを巡る評論には、クラウンが長く国内ユーザーによって育てられてきた日本の高級車であるが故に、欧州車的な視点から見た批判がなされてきたように思いますが、今まで書いてきたように、このような議論の多くがユーザーを見ない単眼的な視点であることに大きな問題があると思っていました。それは長く日本では、ジャーナリストや評論家のような方の側には、自分たち専門家がユーザーを指導しなければならないといった視線があり、また、ジャーナリズムを受け止めるユーザーの方にもそれを表だって批判する事を控えてきていたという経過があるのではないかと思います。

かつての自動車ジャーナリズムは今よりもずっと客観的であれ、公平であれという視点が多かったように思いますが、最近は非常に単眼的な視点が目立ちます。特に最近のもので目に付くのは「個人的な感想文」になっているものが多く見られることです。「こんな風に思うんだけどなぁ」といった感想は、どんなユーザーでもそれぞれが持つことで、商品として流通するジャーナリズムの言論のレベルではないと思います。

例えば先日、私のレクサスHSの2年点検でディーラーを訪れた際、手に取った自動車専門誌の「レクサス・RC 350 ’F SPORT’」の長期テスト車 の記事にはこんなことが書いてありました。
「クーペには上品でエレガントな佇まいが欲しいがRCの大きく開いたフロントグリルは上品とはいえない」
「こんな顔がリアビューいっぱいに映ったら自分ならあまり良い気がしない」
「だから高速道路では車間距離を開けている」
「どこか刺々しく、威圧的な顔は苦手」、、、

私はもう呆れて物が言えませんでした。これが自動車専門誌のコメントなのでしょうか。
確かにRCは派手な顔をしています。まして、このテスト車はスポーティバージョンのF SPORTの方なのですから当たり前でしょう。

クルマのスタイル、’様式’とでも言った方がいいと思いますが、クーペには走りに重きをおいた「スポーティ」なものもあれば、エレガントさに重きを置いた「スポーティ」なものもあります。こんなことは基本中の基本でしょう。例えば服で、ラグビーで選手が来ているジャージはもちろんスポーティですが、監督が来ているブレザージャケットにスクールカラーのネクタイという出で立ちもスポーティです。クーペのスタイルの違いも同じ事です。RCの、しかもF SPORTは、筋肉系のハードな系統のデザイン(スタイル)を取っています。派手なのは当たり前だと思うべきです。

〈LEXUS RC300h F SPORT〉 SIGMA DP1 Merrill
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むしろ日本車としては非常に抑揚のあるダイナミックないいデザインだと思います。
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これが刺々しいだの、威圧的だのいうのであれば、メルセデスのAMGにも同じ事を言うのですか?。メルセデスには言わないのでしょう。私だったらバックミラーにこれが映る方がよほど威圧的だと思いますね。でもメルセデスのスポーツは、アウトバーンの雄の一つとして、こうした時に暴力的とも言えるパワーを誇るクルマ作りやデザインをすることが社会的に認知されているし、私もそれに異議を唱えるつもりは毛頭ありません。(ただし好きではありません。)

(レクサス・RCのスポーティな内装。基本はISベースですが、クーペらしい雰囲気が演出されていると思います。)
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アウディのショーモデルにも見られるように、最近の欧州車にはこうした派手なフロントフェイスを持つものが増えています。世界で戦っていくレクサスを見る時は、こういったものと比較してどうなのかということを書かなければ不公平、単なるいいがかりです。むしろ、欧州車のこうした派手なものと比べれば、レクサスRCはむしろちょっとおとなしめで、そこがまた日本的な良さだと私は思います。

この自動車専門誌のRC試乗記では、「目標台数(年間1500台)が少ない。寂しい。」などと批判して呆れさせられます。もはや世界的にクーペの市場がシュリンクしている中で500万円~600万円オーバーのこんな趣味的なクルマを出すことの大変さを専門誌なら分かって解説すべきです。こういうのは批判のための批判に過ぎない、潰すつもり?と言いたくなります。
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ベースとなっているレクサス・IS自体が、既にファミリーカーとしては台数の出ないDセグメントのFR車で、ISをスポーツ仕立てにした、ISのF SPORT なんて、相当趣味的なクルマというべきです。

〈4ドアセダンのIS-F SPORT。RCでは実用性が、、、と思う方にはこちらが良いのでは。〉
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ましてや、このISベースで、もっと台数の出ないクーペは高くなって当たり前だと解説しないと、レクサスはこのようなクルマづくりができなくなるでしょう。
もともと、こういうパーソナルで贅沢なクーペは、ヨーロッパ車の独壇場です。そしてそういうスペシャルバージョンはとてつもなく高い。だから贅沢なのです。
もはやメルセデスですら、クーペはオープンのSLKとSLしかなく、その他は、かつてのトヨタ・カリーナEDが開拓した4ドアクーペです。カリーナEDが日本で大当たりしていた頃は、日本の自動車評論家はこぞってカッコばっかりで実用性がないと批判してきたものです。2ドアオープンのSLKは4気筒2000ccのターボエンジン車のみで、価格は509万円から653万円までです。価格にナビは含まれますがメタリックペイントはオプションです。また、4ドアクーペのCLAはFF車ですので、FRの4ドアクーペとなるとCLSになり、Eクラスベースなので価格は735万円からです。これに対して、RCは2ドアのFRのクーペという贅沢な仕様で、2000ccターボエンジンは525万円から585万円、596万円から660万円のRC350は、エンジンはV6の3500ccです。ヨーロッパに追いついたのかとかヨーロッパばかり見ているなら、こうして価格や装備を公平に比較しなければ、わずかな台数でこの価格に留めている努力を見ることが出来ませんし、読者の共助たり得ないと考えるべきです。

一方、エレガントなクーペといえば、私は古典になりますが、いすゞの117クーペが好きです。

〈いすゞ117クーペ 1971年型〉
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美しく、4シーターともいえる実用的な広さをエレガントなデザインの中に内包するのがジウジアーロさんのデザインならではで、この思想はのちのピアッツアやスバルSVXにも引き継がれています。117クーペはベースとなったシャシーがフローリアンの古典的なものだったので、リアサスがリーフリジッドであるなど走りの性能という点では十分なものではなかったようですが、こんな美しいクーペを前にしてそんな事をいうのは野暮というもので、実際、117クーペに対するジャーナリズムの評価は「この美しさだけで十分」というものが多かったと思いますし、ユーザーにも深い理解を得ており、さきほど調べていたら発売してから10年間、ただの1台も廃車が出なかったという業界記録を持っているそうです。
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(エレガントな佇まいのクーペがお好みなら、まさにこんなクルマこそ「お洒落」というもの)
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ですが私は、RCのようなハードな仕立てのクーペを前にそんなことは言いません。
逆もまた真なりなのです。
RCのようなクーペを前にして、威圧的な顔は好みではないなんて、パスタ屋さんに行って「ここはソバはねぇのか」と言っているようなものです。
嫌なら余所へ行けばいいだけで、こういうジャンルのクルマを選ばなければ良いだけでしょう。ジャーナリスト個人の感想なんていらないんです。
クルマジャーナリズムの欠点は、結局は自分でお金で買う訳ではないので、コスト意識に欠け、欲しいと思って検討している人の目線に立てない場合が見られることです。

ジャーナリズムとして、個人ではなく会社のお金でこういう社会的に関心があるであろうという立場で買ってテストしているもののレポートであれば、個人の好みではなく、RCの、しかもF SPORTを検討しているという人の立場でものを見るべきです。
さらに言うと、RCのフロントデザインが上品とはいえない、苦手と批判していた記事では、同時に(トヨタのワゴンの)似たような威圧感のあるフェイスのアルファード/ヴェルファイアが1ヶ月で42000台もの受注があったことに触れ、(苦手と思う)「自分の方が稀なのかと心配になる」と書かれていました。
私はここに、自動車専門誌のジャーナリストの感覚があると思います。自分たち(だけが)正しいと思っているのです。

実際、トヨタのメガウェーブに写真を撮りに行った時、アルファードとミライにはひっきりなしに人が出入りして、人のいない写真を撮れないんです。ちょっと離れて様子を伺っていたのですがダメでした。凄い人気です。

〈トヨタ・アルファード〉
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私もこのフェイスは好きではありませんが、神津島での送迎でアルファードに乗ったときは、中が広くて開放的でいいなぁと思ったものです。昔はこういうクルマは旅館送迎などに使われるものと思われてきましたが、こういうクルマにみんなが乗り合わせで行きたいということも、私は日本の社会的な要請、好みなのではないかと思います。実際自分も結婚してみて分かったのですが、両親の家が近ければ、お互いに食事に出掛ける機会などはよくあるものです。そうなると夫婦2人+両親2人でもう4人ですから5人の乗りのセダンではあと1人しか乗れません。子供が2人いたらもう対応できないのです。私も町の役員をやってみて分かったのですが、若い夫婦同士はご高齢の方とは別に交流が活発で、お子様同士をご縁にしたおつき合いも多いようです。そんな時も、この開放的な1BOXは実用的に役立つでしょう。

(この写真は、タイミングを伺っていた私の様子を察してくれた外国人のファミリーの方が譲ってくれて撮らせてくれました。感謝です。)
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かつてクラウンの独壇場であった法人需要も、今やアルファードがライバルなんだそうです。クラウンのMCに当たっても、新CEが仰るには、アルファードからなかなか顧客が帰ってこない、戻せないということです。だからこそ、クラウンもどんどんチャレンジして変わっていかなければならないのです。
こうした社会的な動きに全然対応できないのがクルマジャーナリズムです。なぜか?それはここまでの議論で分かっているように、彼らはクルマのユーザーである市民を見ていないのです。

「(アルファードが苦手だという)自分が心配になる」というジャーナリスト氏に、私はこう言いいたいんです。(言っても回答はないと思いますが。)
「心配することはありません。私も好きではありません。でも自分の趣味が「正しい」と思う事はやめた方がいいのではないですか。趣味はそれぞれなんです。年も取ったんだし、私はAKBもNMBも一人も分かりませんし、フレンチキッスが解散したと聞いても何のことか分かりませんが特に心配なんかしていません。私は今でも大貫妙子さんの「若き日の望楼」と吉田美奈子さんのアルバム「フラッパー」が好きですが、自分を心配などしていませんし、若い人に聞かれれば自信をもって推薦しますよ」と。

さて、こんなに寄り道をしたのは、クラウンの批評に関して、前回の続きを書くためです。
前回引用して批判した毎年でるクルマ批評本の2015年版のクラウンの記事ですが、この批評には次のようにありました。
「柔らかいだけで真っ直ぐ走らない昔のクラウンのようだ」
(あえて剛性を落としてしならせるようにしたというサスペンションアームについて)
「こんなもの、テストコースでは良くても一般道ではふらふらと落ち着かない乗り味になっているだけだ」

これについて書いてみたいと思います。
「真っ直ぐ走らない」とはどういうことでしょうか。普通、真っ直ぐ走らないというのであれば工業製品としては欠陥車です。すぐに消費者センターに欠陥車として通報すべきでしょう。
通報しないということは程度問題、解釈の問題なのでしょう。すでに現行型クラウンは相当なヒットをして2013年に82,701台(ランク8位)、2014年に49,166台(ランク15位)売れていますが、「クラウン、真っ直ぐ走らねーぞ!」なんていうクレームを聞いたことがありません。

〈クラウン・アスリートと私のレクサス・HS〉
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「誰のためのクラウンなのか」という不思議なタイトルでクラウンを批判的に特集した自動車専門誌のクラウンのレポートですら、「高速巡航時はステアリングに軽く手を添えているだけで良く」「曲がる時も真っ直ぐ走るときも必要以上の気を遣わなくて済む操縦性だった」とあります。特にロイヤルの乗り心地は素晴らしかったそうです。

〈14代クラウン・ロイヤル(MC前)〉SIGMA SD1 Merrill、SIGMA10-20mmF4-5.6
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また、ニッサンのGT-Rの元開発エンジニアで厳しいテストレポートで知られる評論家氏のクラウンに対するレポートを見ると、「ダルだけど完璧に合わせこまれた素晴らしいもの」「日本の道路事情と日本人の運転特性に限定すれば欧州車にも作れない日本のジャガー」だと評価されていました。

自動車の評価ですから、テスターの感性によってある程度の差が出るのは当然ですが、同じクルマに対して「こんなもの」と「素晴らしい」が混在するようであれば、どちらかの評価のバランスがおかしいと思っても不思議ではありません。クラウンはトヨタの基幹車種です。クラウンは、テストドライバーの手ほどきを受けてレーシングカーのドライブもできる豊田章男社長が「デザインと走りに徹底的にこだわった」とスピーチしたクルマです。マジェスタの開発インタビューでもありましたが、クラウンは、豊田社長自らすごいスピードでコーナーに突っ込んでいって開発者を冷や冷やさせているそうですから、そんな豊田社長が責任を持ってOKを出したクルマが「こんなもの」ではないことを私は確信しています。だいたい人が一生懸命作ったものに「こんなもの」という言葉は相当の覚悟がないと使えないと思うべきです。

「敢えて剛性を落としてしならせるようにしているサスペンションアーム」ですが、自動車専門誌の記事によると、似たような機構は、良く曲がるが直進性が不得意と言われるBMWが最近よく採用しているものなのだそうです。BMWにも「こんなもの」って言っているんですかね?

〈14代目クラウン・アスリート(MC前)〉
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善し悪しの評価が極端にどちらかに偏ると何故いけないのか。
私はこう考えています。自動車評論家やテスターはそれぞれの意見があるのは当たり前です。しかし、自動車評論は自分が乗るのではなく、それを読むユーザーが乗ることを前提にしなければなりません。一般的な視点が欠かせないのです。むしろ自分の好みなど分からないくらいに黒子に徹したものでなければテストドライブとして「共助」になり得るものではないと私は思います。
議論が極端に偏っていると、書き手を選ぶ編集者の選択によって、「全然ダメだ」というレポートと「これは素晴らしい」というレポートのどちらでも、いつでも好きなように出せることになります。

例えばこんなことがありました。
自動車専門誌の記事で、クラウンのロングホイールベース版で、運転手付きのショーファードリブンとして使われるクラウン・マジェスタを取り上げたもので、それをメルセデスのEクラスセダンと比較したものがありました。
これなどまさに異種格闘技のようなものですが、マジェスタが静かに流れる高速道路を大人しく走っていると非常に静かでエンジンノイズなんてゼロに近いとし、乗り心地も非常に良いとあります。一方、ワインディングロードに乗り出すとステアリングフィールに乏しくて積極的に飛ばすドライバーに向かない、しかも市街地では燃費に差が付くが、ワインディングだとあまり差が付かない、だからメルセデスのEの方が優位性が高まるなんて書いている。もう呆れて意見をメールで送りましたが当然返事なんでありません。
クラウンのマジェスタがどんなクルマか考えてみれば分かることです。7割が法人需要で、会社の社長などのトップが都市内を移動する用途がほとんどでしょう。その用途にキチッと合わせてあるのです。メルセデスのEは、アウトバーンで200km以上で走る高速セダンです。これとマジェスタを比較して、「スポーツ性が、、、」なんて言っているのは実におかしな事で、本来比較するような対象ではないのです。
このテストのEクラスセダンは890万円、マジェスタは610万円です。法人需要にとって280万円にも及ぶコスト差がどれほどのものか考えたらこんな記事が書けるはずがありません。Eと比較したいなら、レクサスのGSを持ち出すべきでしょう。でもそんな気は無いのです。クルマの評価に対するバランスが悪いとどんな記事でも書けるというものの一つだと思います。

〈クラウン・マジェスタ〉
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この2015年版のクラウンの評論では、クラウンの内装について、いわゆるプリントフィルムの木目調パネルのことを「フェィクウッド」だと指摘し、「安いけどそれっぽくという路線に堕した」と批判しています。
前回も書きましたが、クラウンは、クラウンを長年愛し続けているユーザーのために開発されています。
アンケートを取ってみれば、ハイブリッドで、470万円程度がいいという要望だったそうです。だから、その範囲内に納めなければならない。クルマ造りは趣味じゃないんです。470万円は欧州車の高級車に比べればリーズナブルですが、日本の平均的な年収、所得から言えば間違いなく高額車です。
高性能なナビ付きで、売れ筋の「アスリート・ハイブリッドS」を469万円に納めるために木目調プリントシートを使ったところで何の問題もありません。まして、ロイヤル(MC前)の金糸柄木目調シートなんて、日本的な塗り物の金糸柄をイメージさせていい柄だと思います。木の皮を剥がして貼ることだけが高級だなんて、古臭い考え方は捨てるべき。欧州車に対抗するべきと考えるなら、日本的な情緒指向はやめて、それこそ欧米人のようにもっと合理的に考えるべきです。
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この自動車評論は最後に、
「グローバル基準の高級車はレクサスに任せて、そこは見ないということか。」
「(売れているので)ヤンキー文化の日本にはフィットしているということかもしれない。」
とまとめてあります。こんな失礼な物言いがあるでしょうか。
この表現は、歴代クラウンを支持し、クラウンを愛するユーザー皆に向けられていると受け止めるべきです。
そして、私はそのことに、大きな抗議をしたいと思っています。
クラウンだって変わらなければならない。そして国内にはそれを支持する市場もあるのです。ヤンキー文化って何ですか?失礼も甚だしい。これが自動車ジャーナリズムなのです。

「グローバル基準の高級車はレクサスに任せて」というけれど、本当は、グローバル基準なんてないと思います。
どういうことか?
例えば、2014年の乗用車販売ランキングでイギリスとアメリカを比べてみたのが以下の表です。
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我々から見たら、イギリス人もアメリカ人も同じように背が高く、大きな人が多いと思いますが、イギリスのベスト5はぜんぶ5ドアハッチバック。ベスト10で見てもニッサンのSUVが2車入るだけで、あとはVWポロなどのハッチバック車です。大きさも見て頂くとおりすべて小型車ばかり。ボクスホールってご存じですか?中味はドイツのオペルですが、ボクスホールは英国の会社です。GMグループ系列なので、今は、同じく系列のオペルのクルマをバッジエンジニアリングでボクスホール車として売っている。そしてそんなバッジエンジニアリングでも、「英国車」をイギリス人はベスト5のうち2車選んでいるのです。
一方、アメリカのランキングは、上位5車はすべて4ドアセダンで、しかも大型のものばかり。アメリカに行けばカローラだって、182インチ(約4.6M)あるんです。これ、日本に持ってきたら、カローラだって思われないでしょうけれど、欧州的な感覚(セグメント)で言えば、ゴルフクラスのCセグメントサイズとして見てもそれほどおかしくはありません。

(米国版カローラ)
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尤も、アメリカで乗用車ランク(パッセンジャーカー)で見るとカムリが2014年度計48万台売れていて1位なんですが、オールビークルランキングで見るとカムリの48万台は4位なんです。では1~3位は?全部ピックアップ車です。
1位のフォードFシリーズは75万台も売れています。こんなにピックアップ車が好まれるのがアメリカという国の特徴です。

(TOYOTAのアメリカ向けピックアップ TUNDRA。全米オールビークルランクは11万8千台で41位)
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アメリカで最もポピュラーなNAS CARのレース。トヨタはカムリをエントリー。カムリのレーシングカーなんて、日本では考えられないですよね。世界の価値観は、それだけ違うということだと思います。
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ヨーロッパの中だって、国によって事情は全然違います。イギリスは小型のハッチバック車が好まれるようですが、その中にちゃんとイギリス資本のボクスホール車が選ばれています。
乗用車資本のない国は?例えばギリシャは、トヨタのヴィッツ(ヤリス)が1位になったりします。欧州用ヤリスには、ハイブリッドもあります。

(トヨタヴィッツ)
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どの国にも国内事情というものがあり、また、国の文化を愛する気持ちがあります。
世界を広く見渡せば、ドイツの御三家がプレミアムだなんて小さな小さなことです。気にする必要も、卑下する必要もありません。北米人が好きだからって、何も5メートルもあるようなピックアップトラックに好んで乗ることもないでしょう(アメリカ文化好きの私は、昔はニッサンのダットサントラックに乗りたかったです。。)
カムリがどんなにアメリカ人に好まれても、日本の自動車評論家とかジャーナリズムはぜんぜんこれを評価しません。
でも私は、日本でカムリを買うなら、アメリカ車みたいにフワフワでも全然構わないと思います。48万台も売れているんです。14年連続ナンバーワンなんです。そういうアメリカ人の価値観を買うと考えるべきです。でも、(ここが大切なところですが)だからといって、日本のクラウンがそれに合わせることはありません。4.7M近いカローラは、日本では支持されないでしょうし、合わせる必要なんてないんです。
グローバルだグローバルだと騒ぐなら、欧州の、北米の、一般の乗用車をユーザーがどんな風に選んでいるかを広く見て考えるべきです。自ずと、ベンツがいいだのクラウンは世界に通用しないだのといった議論がばかばかしいものに思えるはずです。それぞれの国柄に合わせて、自分の好みで選んだらいいと思うのです。
それが、私の「さよなら、クルマジャーナリズム」の結論です。
頑張れクラウン!

by bjiman | 2015-11-10 07:43 | CAR | Comments(0)

トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~クルマジャーナリズムは「共助」を目指すべき~さらばクルマジャーナリズム⑦

〇自動車メディアには、「共助」を目指してもらいたい
私は今年、ひょんなことから町の役員をやらせていただくことになり、そんなおつきあいの中から、防災用語の「共助」という言葉を教わりました。日頃から災害に備えて自分でできることをやっておくのが「自助」、みんなで備えておくのが「共助」、自分でもみんなでも備えきれない部分をお願いするのが「公助」という訳です。公助の経費は結局は自分たちが持つ訳なので、自助や共助の範囲をなるべく取り込んでおく方が良い訳ですが別にお金に限らず、コミュニティの強化は町の安全にも繋がります。私は、ネットやSNSの進展に従って、メディアに求められる役割も非常に変わりつつあるように思いました。私の青春時代には、クルマなどの専門知識を得ようと思ったら自動車専門誌を買ってその試乗記などを読むしか知識を得る方法はなかったし、例えば、私の愛用していたシトロエン・クサラがフランスではどのくらい売れているの?と思っても情報の入手のしようがなく、海外旅行した友人にフランスの雑誌を買ってきてもらい、ランキングを見たら(確か)8位くらいで普通に売れているのを見て、オーナーとしてはホッとしたこともありました。でも今は、こうした情報はほとんどネットで得ることができますし、トヨタのGAZOOのように、メーカー自らが情報発信を強化していることもあって、欧州車に偏ったバイアスの掛かった専門誌の記事を読むよりも専門的な見方が得られたりします。また、SNSの進展によって「みんカラ」の燃費データのように多くのユーザーが不特定の条件で走行を重ねたまさに実走行データの積み重ねによって、自動車専門誌の記者がチョイ乗りした「参考値」のデータよりも客観的なデータが得られるようになったと思います。
こういう中で自動車ジャーナリズムに私が言いたいことは、「共助」を目指してもらいたいということです。自動車専門記者や評論家なのだから専門知識がある訳でしょう。それを解説することで、ユーザーが購入する際に共助になるのです。しかし、残念ながら、燃費データ一つ取っても、レクサス・HS250h インプレッション⑪ 燃費表記のあり方についてで書いたように、客観性がない書き方をしていると思うのです。これでは共助足り得ません。

〇クラウン=「自称」高級車?
 現行型クラウンには、購入を検討した私から見るとおかしな記事、評論が多数見かけられましたが、中でもおかしいと思ったのは、毎年出る自動車評論の本の2015年版に載っていたクラウンの記事です。
クラウンを評して、「アウディの劣化コピーのようなデザイン、フェイクウッドとカラオケボックスのリモコンのような安っぽい絵柄の操作系の自称高級車」だと言うのです。まずひとつずつ書いてみたいと思います。

〇「自称」とは
 自称とは、「自分から名のること。真偽はともかく、名前・職業・肩書などを自分で称すること。(小学館デジタル大辞泉」)」です。クラウンは自称高級車なのでしょうか。
クラウンの発表会における豊田章男社長のスピーチの中で、「日本の高級車の最高峰であり続けるクルマ。」とお話しされているので、間違いなく、メーカーは高級車として開発しています。
それでは、その事を他人は認めていないのでしょうか。
「トヨタ クラウン」と入れてニュースを検索してみると、最初に出てくるのが、10月5日付けの大新聞の記事で、「トヨタは「高級」セダン・クラウンをマイナーチェンジした」、次は自動車評論家が投稿しているブログサイトで、「日本で一番売れている高級車!! トヨタ「クラウン」シリーズがダイナミックにマイナーチェンジ!!」というタイトル、、、何もこんなことをわざわざ書かなくても、クラウンが「自他共に認める」日本車で最長の歴史を誇る高級車であることは明らかです。
 この自動車評論では、さらに、「さすがにトヨタも今やクラウンを高級だと言って売ってはいないようではあるが」と書かれています。とんでもないことです。
 豊田章男社長は、スピーチの中で、新型クラウンは、トヨタのリボーンの象徴、14代目として歴史に名を刻むにふさしいものになったとお話されています。いったい、どういう受け止め方をすればこのような解説ができるのか全く理解できません。
 私は、私がここでこのように書くことも含めて「表現の自由」を最大限尊重するものでありますが、表現の自由とは、どんなことを書いて良いということもないと思っています。クラウンを「自称高級車=自他共に認める高級車ではない」とすることは明らかな間違いです。私には揶揄しているように思えます。

(クラウン60周年記念展には多くの来場者が訪れていました)
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〇「カラオケボックスのリモコンのような絵柄」?
 MC前のクラウンのCEだった山本CEによると、クラウンユーザーは団塊世代の方が中心になってきたといいます。団塊の世代といえば既に60歳代も半ばです。私の「いつかはクラウン」②の中でも書きましたが、クラウンの操作系は、何と言っても字が大きくて、操作系の表示も「TV」「オーディオ」「車両設定」「エアコン」とか分かりやすく書かれていて、高齢者に配慮していることは一目瞭然です。
実はこの大きな字の操作系は、私が購入を検討して試乗した時、最初に「自分にはまだ早い」と思った事の一つでした。当時私は後半とはいえ40代でしたから、「エアコン」とか「オーディオ」とか大きな字で書いてある操作系はもう少し遠慮しておきたいな、、、という気持ちがありました。でも、こういう操作系が有り難くなる年齢がもうすぐ目の前であることも分かっていました。既に近眼用の眼鏡では近くの文字は見にくくなっていましたから。クルマを運転するために遠くを見ると近くが見にくいといのは安全上危険なので、こうして字が大きいのはとても良いと思います。また、文字ばかりだと混乱するので絵柄を大きく採用するのも瞬間的な認識を高める上で有効でしょう。人間誰しも年を取り、また高齢化社会を迎える我が国にとって、こうした高齢者に優しいユニバーサルデザインは、何よりも事故の防止に繋がります。クルマは公共の公道を走る社会的な存在です。高齢者の多い高級車であるクラウンが、率先してこのようなユニバーサルデザインを取っていることをジャーナリストや自動車評論家の方は高く評価すべきではないかと思います。少なくとも私は、こうしたことに想像力が働かないのは、ユーザーに対する配慮が欠けていると思います。

(クラウンの高齢者に配慮したユニバーサルデザインのインパネ(MC前))
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下は、レクサスISのフロントパネル。ISは、クラウンと価格帯は同じだし、2.5ℓハイブリッドのシステムも共同開発ですが、ターゲットにしているユーザー層が異なります。レクサス共通のデザインでもありますが、この小さなスイッチ類は、クラウンの平均的なユーザー層の60代の方にはツライと思います。クラウンはユーザーに寄り添ったデザインをしているし、ISは、世界に出て行くプレミアムカーとしてデザイン的にもカッコ良いところを狙っている。どちらも間違ってはいないと思います。
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〇「アウディの影響を受けたデザイン」?
 王冠マークをイメージしたフロントグリルのことを指摘しているんだと思いますが、クラウンのこのグリルは、もちろん文字通り王冠のイメージと、あと、レクサスのスピンドルグリルのプレミアムなイメージとの共通化だと思います。クラウンの下段をひっくり返せばスピンドルになるでしょう?クラウンは、アウディは見ていないと思いますよ。(もともとのレクサスのスピンドルグリルのデザインの手法はアウディのAフレームと似ていると思いますけどね。)

(左:レクサス IS 'F SPORT' 、右:クラウンアスリート(MC前)
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最近のトヨタ車って、よく見るとフロントデザインがスピンドルデザインを感じさせるものが多くなっています。レクサスとのそこはとないイメージの共通化を図っているのではないかと思います。
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最近のレクサス=LXやNXとアルファードだって、こうやって並べれば似ているように思います。クラウン(MC前のロイヤル)も、こうやって見ると他のものとのイメージがそれほど離れていないように見えるのではないでしょうか。
別にこういったデザインが好きだという訳ではありません。クラウンだけを取り上げて、「アウディのコピーだ」なんていう評論を見ると、「いや、そうではなくて、トヨタの中は、今こうやってレクサスとのイメージを合わせているのではないですか?と言いたくなるんです。評論家の方はドイツの方ばかり見ているからそういう風に見えるのではないかなと思ったりします。
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今回で終わろうと思ったのですが、時間がなくなってしまいました。あと1回、よろしくお願いします。

by bjiman | 2015-11-05 05:00 | CAR | Comments(0)

トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~クルマの自虐史観から抜け出せ~さらばクルマジャーナリズム⑥

私が20代の頃、愛読していた自動車専門誌の鼎談形式の評論集(1984~1992年)では、クラウンに対して非常に否定的な議論がなされてきたということを書いてきました。このことを書いたのは、自動車ジャーナリズムには基本的にこうしたスタンスが今も引き継がれているからです。そしてその意図するところに私はどうしても共感することができません。今回は、この特集で書きたかったテーマの本題を書きたいと思います。
この鼎談集では、8代目クラウンに続いて9代目クラウン(1991~)について、「ユーザーの気持ちを理解しているクルマだが、それ以外の人には興味がない。」「お客様は神様」という(考え方)とした上で、「保守本流のクルマなんか×でいいのではないか」としています。
〈9代目クラウン・マジェスタ〉
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私は、トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~日本人の誇りを載せて④~のところでも書いたように、ユーノスロードスターやR32スカイラインGT-Rが登場した1989年から9代目が登場した1991年頃というのは、日本車が一つの到達点に達した年だと思っています。1989年の税制改正を持って、それまでの5ナンバーサイズと3ナンバーサイズのボディサイズによる課税規制が撤廃され、ボディサイズによらず排気量による課税とされることで、全幅規制(1,700mm)の制約がなくなり、クラウンのボディサイズ設定も標準のロイヤルで全長4800mm×全幅1750mm、このマジェスタは、全長4800mm×全幅1800mmと、同時代のメルセデス・Eクラス(W124)のサイズ(全長4740mm×全幅1740mm)と比べてもディメンションに差が全くありません。
差がないだけではなく、この代の頃から、クラウンには日本的な上品さが備わってきたように感じています。(むしろ現行型より。)私は、この初代マジェスタがイチバン好きかもしれません。
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保護税制もなくなって、欧州車と同じディメンションを纏ってようやく国際的なサイズになって出てくると、今度は、保守本流はいらないという考え方を示す。このような評価がジャーナリズムであるというのであれば、もはや自動車ガイドという領域を超えて、ユーザーに考え方の変革を促しているという風に考えているように思います。つまり、クラウンを支持するファンにとっては魅力的だろうということは分かっている、完成度も高いと評価している。でも、評価しない。8代目クラウンの時は、クラウンは、現代社会を肯定しているところが気にくわないと言っている訳です。これではユーザーがついて行けない。ある自動車評論家の方は、「クラウンは、自動車ジャーナリズムを相手にしていない」と書いていましたが、相手にしていないというより、「相手に出来ない」ということだと思います。

〈14代目・現行型クラウン(MC前モデル)〉
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2012年12月25日、現行型14代目クラウンの発表会の際の豊田章男社長の豊田章男社長のスピーチが素晴らしいので、私は何度も読み返したのですが、この中で、豊田社長はクラウンは、「日本の高級車の最高峰として、いつの時代も日本を背負ってきた」「最高峰を求めるお客様のプライド、生産、販売に携わる全ての人のプライド、、、日本人のプライドを背負って走ってきたクルマだと思っている」とお話されました。
クラウンは高級車です。購入できるユーザーは限られたものですし、それは日本の社会で、社会のために貢献してきた方々でしょう。そういうユーザーのこうあって欲しいという要望を適えてきたクルマに対して、「保守本流なんていらない」と切って捨てることは、言ってみれば自分達の先達に対する否定だと思います。私はそのような否定はしませんし、できません。
私は、学生時代の恩師から「現役時代に成功したと思ったら、それは先輩の成功だと思いなさい」と教えられてきました。それが学校の伝統を支えているものであるとも思っています。クラウンもそうでしょう。なぜ、セダンの市場が限られたものになった現在の状況で、クラウンとカローラが国内販売ランキングのベスト30に入っていられるのか。カローラなんか最近は2位です。それは、先達から引き継いできた財産があるからでしょう。財産とは、第一にまず長年愛用してきたユーザーからの要望やクレームという財産、そうしたユーザーに販売してきた販売店からの「こうしないと売れないよ」というデータ。これに基づいて、第一にユーザーの思いを適えてきたからでしょう。それが伝統に繋がるのではないでしょうか。戦後、日本のクルマを成長産業に育てようとした時、識者は何と言ったか?白洲次郎氏は、「100年掛かる」と指摘したそうです。戦後、日本車に一番欠けていたものは、欧州にはある伝統です。歴史の伝統の時間差だけはいかんともしがたい、、、だからこそ、白洲氏は、トヨタの躍進を非常に高く評価しておられたそうです。

(現行型クラウンロイヤル(MC前))
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現行型クラウンが登場した時、かつて私が信頼していた自動車専門誌の特集記事は、「誰のためのクラウンなのか」というタイトルでした。疑問系で終わるキャッチは、昔、BMWの広告で、「なぜあなたの会社の社長車はBMWにしないのか」といったものが高く評価されていたので使うのかもしれませんが、私は、ジャーナリズムが疑問系で終わる文章を書くのはおかしいと思います。誰のためのクラウンなのか、と思うなら、メーカーに電話して取材すれば良い話です。聞けば返ってくるでしょう。実際、GAZOOのインタビュー記事を見れば書いてあります。現行型は団塊の世代が中心で、ユーザーに聞いたらば、半分くらいの方がハイブリッドが良くて、価格は470万円くらいが良いという答えだったと。若い人にも幅広くファンになってもらえるように価格が高くなりすぎないようにしたと。MC前のクラウンの売れ線「ハイブリッド・アスリートS」は469万円でした。
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にも関わらず、この特集記事では、特に根拠もなく、他のクルマのレベルも上がったのだから、「もはやクラウンなんてなくてもいいのではないか」と思ったという。あろうことか、大都市圏ならいろんなクルマが買えるが、日本国内には国産車しか買えない地域が多いからクラウンが必要なんだと思い直したと書いてあるのです。大都市なら輸入車が買えるからクラウンなんていらないが、地方では輸入車が買えないからクラウンがいるんだ、と。私はよくこんな失礼なことを書けるなと呆れてしまいました。また、いかにこういった視点が、狭い東京の、東京だけの視点だということも。
例えば、あくまで参考としてですが、2014年度の輸入車販売台数を世帯数で割ってみるとどうなるか、というデータを見てみました。縦長で見にくい表ですが、世帯数当たり2014年度に販売された輸入車台数は、全国的に見て0.003台から0.005台程度の県が多く、東京都(0.008台)とさほどの違いはありません。むしろ富山県や福井県、山梨県、和歌山県など東京都よりも高い数値です。
ちょっと前ですが、法事で父の実家(三重県)に帰ったとき、親戚のクルマはレンジローバーでした。私は他の親戚のメルセデスに乗せていただいて移動しましたが、別に地方だからといって輸入車など今更全然特別なものではないことは言うまでもないことです。三重県の世帯当たり輸入車購入数は0.006で私の住む千葉県(0.005)より高いのです。千葉県は輸入車買うのに困るような県じゃありませんよ。
自動車保有台数ランキングで見てみると、東京都より世帯当たり輸入車購入台数の割合が高い富山県や福井県、山梨県は、人口100人当たりの自動車保有台数がベスト10に入っています。(富山4位、山梨5位、福井7位。ちなみに三重県は千葉県(41位)よりも上で10位。東京なんか47位でビリです。人口対比の所有台数が少ないのですから高額な輸入車でもいいでしょう。でも複数台所有あるいは1人1台所有が当たり前みたいな地方では、気軽なクルマが多く売れたり、あるいは家族で移動する際に便利なワゴンが好まれたりもするでしょう。単に地方でディーラーが少ないから輸入車が買えなくてクラウンがいるんだ、みたいなことはではないのではないですか?
この程度の表で何か言える訳ではありませんが、自動車専門誌の方は根拠なしですからそれよりはマシではないでしょうか。
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(資料:世帯数:総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査」、輸入車販売台数:JAIA輸入車新車登録台数速報。ともに2014年)

私は、クラウンが今日の販売ランキングで、ベスト30に入り続けているのは、そんな地方で、輸入車が買えないからしょうがないから買っているのではないと思います。

次回に続きます。次回で最後にしたいと思っています。

by bjiman | 2015-11-04 02:10 | CAR | Comments(0)