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トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~クルマの自虐史観から抜け出せ~さらばクルマジャーナリズム④

クラウンの歴史を振り返っていくと、60周年の歴史を支えたものは、クラウンを選択し続けたユーザーの歴史でもあるという思いに至ります。なぜなら、クラウンは初代RS型が米国に輸出されたことがあるものの、基本的には当時の通産省が国産車保護のために設けた5ナンバー規制に基づく国内独自規格の小型車枠一杯のサイズで企画された国内専用車であり、最初はタクシーなどの法人需要を中心に発展し、高度経済成長とともに高級なオーナーカーとして、地位を得た日本人ユーザーのために作られ続けてきた唯一のクルマだからです。
(オーナーカーを意識して白色のボディカラーイメージカラーにした初のクラウン、3代目「白いクラウン」MS50系 1968年式2DrHT)
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クラウンから2年遅れる1957年に初代が登場し、このまま行けば2017年にはクラウンと同じように60周年を迎えられる筈であるスカイラインも、プリンス自動車時代からの桜井眞一郎主管により開発され、長く国内専用車として愛されてきた歴史がありますが、スカイラインは、10代目のR34型(1998年~2001年)で国内専用車としての使命を終えR34型の後継車は開発が凍結されてしまい、スカイラインとは別に米国用に企画され、開発されていたインフィニティQ35を日本用にはスカイラインとして売るというものに変わってしまいました。私はQ35もデザインが好みではありますが、米国用に別のクルマとして企画されたものを好評だったから日本にはスカイラインとして売るというようなコンセプトでは、歴代スカイラインを愛してきたユーザーの心に響かなかったんだな、ということを今回クラウンの記事を書いていて逆説的に実感しました。それが、今日のクラウンとの販売台数の差になっているんだと思います。

(ニッサンSkyline KPGC10型 GT-R 1970年式)
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「スカイラインは演歌だ」と言われてきたように思います。特にスカイラインGTは、プリンス時代の最後のS54型のとき4気筒用のクルマだったスカイラインGTのフロント部分を伸ばして無理矢理6気筒エンジンを詰め込んだS54B型でスポーツカーのポルシェ904GTSと鈴鹿でレースし、予選時にクラッシュして手負いの状態だった904を抑えて1周だけトップで走ったことで観衆を熱狂させ、負けた翌日のスポーツ新聞で「泣くなスカイライン鈴鹿の華」なんて報道された伝説を持つ、まさに日本人の魂を熱くさせたクルマです。そういうクルマを、インフィニティQ35で「代用」しようという発想がユーザーの心を掴めなかった原因だと思うのです。
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スカイラインといえば、前から走るボディ下部のプレスラインと後ろから走るラインが2本走る「サーフィンライン」が印象的でした。特にとりたてて素晴らしいデザインという訳ではないのですが、スカイラインらしさを感じさせたこのラインは、3代目の「愛のスカイライン」C10型から5代目の「ジャパン」C210型まで引き継がれ、一端なくなっていましたが、皮肉な事に最後のR34型クーペで再登場してそのまま消滅しました。それでなくなるのかと思うと、最新のスカイライン・インフィニティQ50型ではちょっと変形してボディ上部にサーフィンラインが入っています。私はこれを見た時に、あぁスカイラインだなと思って嬉しくなりました。しかし、今のスカイラインはインフィニティQ50ですから、ボディサイズ設定が米国のミドルクラスに合わせてあり、全長4,800mm×全幅1,820mmと、ヨーロッパで言えばDセグメントとEセグメントの境目にあるような大型車になってしまいました。このことも、スカイラインは、ユーザーを見る目が不徹底だなぁと思うポイントの一つです。
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クラウンは14代に渡って、国内専用の高級車として一貫したコンセプトで作られてきました。
そうすると、ユーザーもずっと安心して乗り継いで行かれる。先達に続いて後進も、先達のようになったらクラウンに乗ろうという風に目標にできる。そうやってユーザーの心に寄り添ってきたことが、クラウンをクラウンにしたという風に思います。新旧クラウンを見ていると、まるで、時代に合わせてリレーしているように見えるのです。

(ZEROクラウンから13代目クラウンへ)
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しかし、自動車ジャーナリズムは、多くのシーンにおいてクラウンを認めてきませんでした。むしろ、クラウン的なものを批判し、クラウンを否定してきたといってもいいと思います。
学生時代から社会人になった当初の頃、私が夢中で読んでいた自動車専門誌の鼎談形式の評論集(1984~1992年)が手元にありますが、それを見てみると、例えば1988年の鼎談では、当時の8代目クラウンが初めて5ナンバーサイズの殻を破って3ナンバーボディになった時、その全幅を日本中の道を調べた上でかなり抑制的な1,745mmに抑えたことに対し、暴論であるとは断りつつ、道なんてどうだっていい、駐車場なんか壊すか引っ越せばいいじゃないか、とコメントしています。トヨタのユーザーに寄り添った慎重な考え方が嫌だと言っているのですが、こんな発想をしていたのでは、伝統を紡ぐことができません。何より道や駐車場を考慮せずに拡幅されたら最も困るのは誰かといえば、それはユーザーじゃないですか。ジャーナリズムはユーザーが不在の議論をしているのです。
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一昨年に読んだ専門誌にこんなコメントがありました。メルセデスの現行型ニューCクラスが登場したとき、そのサイズアップが「業界の大方の予想を裏切り、常識的な範囲に収まった」と。私はこれを読んだ時も思ったのは、間違っているのは、その「業界の大方の予想」の方だということです。メルセデスの展示会が地元の伊勢丹であった時、私はセールスマンにそのことを伺ってみたところ、セールスマン氏は、「(Cクラスは)クラウンのサイズを凄く気にしていますから」と言っていました。「業界の予想」という思考の中には、欧州車のトレンドといった視点しかなく、メルセデスでも気にしている「日本のユーザーの視点」がないということを示しているように思いました。(Cクラスの全幅は、1,810mmで現行型クラウンの1,800mmに近い。)

時間になってしまいました。続きは、次回。

2015.9.20 トヨタ MEGAWEBにて

by bjiman | 2015-10-30 02:21 | CAR | Comments(0)

トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~クルマの自虐史観から抜け出せ~さらばクルマジャーナリズム③

クラウンの60周年に際して改めて私が思うことは、この日本で伝統を紡いでいくことの難しさと、それをきちんと評価できないメディアの質の低さです。
私はこの数年間の中でギリシア神話に出会ったことと、白洲次郎氏に惹かれたことで人生観に大きな影響がありました。学生時代からもっと熱心に勉強していればもう少し早く気づいていたのだと思いますが、、、
このような前提で、クラウンの伝統と、その周辺にあるメディアの問題点について考えてみたいと思います。これが、私の「さらば、クルマジャーナリズム」のまとめになると思います。
クラウンは、60年の歴史を刻んできました。そしてそれは、日本の戦後社会の発展とともにあったのだと思います。
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初代クラウンの登場は昭和30年。戦後、少しずつトラックの生産から再開し始めた戦後のモータリゼーションの揺籃期に登場したそれは、クルマを所有するなんて想像もできなかった時代、日銀の総裁が日本でクルマ産業を育てようなんて無駄だ、アメリカから輸入すればいいんだという、今日から見ればおよそ想像もつかない意見が経済人としては常識的だった状況の中で生まれたのです。そんなクラウンの誕生までの開発者達のモチベーションを支えたのは、創業者から伝わる「日本人の手で、クルマを作り上げるんだ」という強い信念だったのではないかと思います。
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クラウンは、現行型のGSR210系に至るまで、14代のモデルを重ねてきました。これは国産乗用車最長であり、そのモデルチェンジの歴史は、日本の戦後史における、自動車の発展の歴史そのものであるように思います。
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今回、改めてクラウンの14代を俯瞰して眺めてみて、色々な試行錯誤があっただろうクラウンの歴史は、まさしく先人の成し遂げてきた技術、誇りの結晶であるように思いました。
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そしてその歴史は、クルマの開発者、メーカーだけではなく、そのクルマを買い支え続けてきたユーザーや、そのクルマの歴史を支えてきた戦後日本の社会が成し遂げてきた足跡でもあるのだと思います。
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私を育ててくれた母校は創立100周年を超えましたが、現役の頃、お世話になった恩師に文化祭や体育祭の運営が成功した時などにいつも言われていたことは、「上手くいったと思うなら、それはお前達の成功ではない。後輩にバトンを渡した先輩達が頑張ったということだ。」ということでした。伝統を形作ってくれた、そしてそれを間違いなく伝えてくれたという先人に感謝し、そして卒業する前にきちんと後輩に伝えていくんだぞという教えであったという風に今では解釈していますが、私は今でも恩師のそんな教えを十分には実践できなかったなという反省とともに人生の糧にしています。最近トヨタは、クルマジャーナリズムが十分には伝えてくれないであろう開発の歴史や、開発者の意図を自分たちの言葉で発信しようと努めているように思いますが、トヨタが運営するGAZOOの開発者インタビューの中で、現行型クラウンの開発チーフエンジニアの山本卓CEのインタビューを読んでいたとき、山本卓CEが、クラウンの開発は、レクサスLSを開発していた時よりも楽しめた、なぜならクラウンには50年以上の歴史、伝統があり、過去の苦労は歴史を紐解けば分かる。長年使い続けてきたユーザーやそんなユーザーを知る販売店がある。それが開発のアドバイザーとなるからです。」と仰っていたのが印象に残りました。また、雑誌のインタビューでも、「(クラウンのCEは)大変だろう、重いだろうと言われるけれども、歴代の仕事を踏まえつつ、全く新しく作るんだという気持ちで向かい合わないと作れない、だからこそ楽しかったのだ」と仰っていたのも印象的でした。
(第14代 ’YAMAMOTO’クラウン)(MC前)
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ここ数年で書き手が変わった毎年出る車評本のクラウンの評価では、そんな開発の歴史に過去からの制約が厳しいとか、過去のしがらみで買い支えられている、、、というような揶揄が書いてありましたが、私は(レベルは相当違うものの)50代の組織人としては、もし自分が担当したら、、、という目線で見てしまいます。そんな時、過去の制約がどうのとか、過去のしがらみがどうのとか、そのような些末なマイナス思考は全く無駄であり、クラウンのような伝統があって、その過去の伝統を踏まえる必要があるということは、却ってラクだ、むしろ型がある分、好都合だという風に思うようにするでしょうし、リーダーとしてはそう思うべきだとも思います。しかもクラウンの伝統は、常に新技術への挑戦という革新を伴った歴史です。守るだけではなく、挑戦してやろうという風に自分をポジティブシンキングに持って行けることは、とても素晴らしいと思います。もちろん難しいでしょうけれど、始めからラクな仕事なんてもともとありません。そんな幸福な歴史を持つクラウンが、現在国内自動車販売ランキングのベスト30の中で唯一、セダン専用車としてランクインしている。ただランクインしているだけではなく、MC直前の4~9月期においても22位という好成績を出していることは、実に喜ばしいことだと思います。山本CEの仕事の見事さだけではなく、それを理解し、「よし買おうじゃないか」というユーザーがいることも幸せなことです。
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クラウンが幸福な、神に祝福されたクルマだと思う事は、クラウンを熱烈に支持するユーザーがいることです。私の父の知人にも熱烈なクラウンユーザーがいます。その方に、レクサスのHSにするかクラウンにするか迷っていた時、自分はまだ40代だったので身分違いなのではないかと相談したのですが、返ってきた答えは、「今はそんな年齢の挌なんて気にしなくていいんだ。クラウンにしなさい」というものでした。(結局私はHSにしてしまったのですが、納車後、知人に見て頂いたとき、「レクサスは別だ。これならいい。」と言って下さいました。でも、「オレのクラウンの方がトランクが広いぞ」とも自慢されましたが(笑)。)クルマは、ジャーナリストの批判のためのものではなく、ユーザーのものなのです。そして、熱烈なユーザーに支えられたクラウンを理解できないというジャーナリズムは、ユーザーを見ていない、ユーザー不在の議論をしているということです。私はそのことが、いちばん問題だと思っています。
(歴代クラウンのリアトランクは、ゴルフバックを4セット積みやすいことが大事な要素でした。)
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次回は、私が特に問題だと考えているジャーナリズムの記述振りについて、事例を挙げながら考えてみたいと思います。

2015.9.20 トヨタMEGAWEBにて

by bjiman | 2015-10-29 02:04 | CAR | Comments(2)

トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~日本人の誇りを載せて⑥~

クラウン特集も6回目。今回は、2000年以降の最近のモデルを取り上げます。

12代目 'ZERO CROWN' (GSR180系・2003年~) SIGMA DP1 Merrill
 12代目、ゼロクラウンことGSR180系のクラウンは、スタイルの面でそれまでのモデルからずいぶん変化した、「現代的な様式」になったモデルです。
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特にフロントまわりは、単に角張ったとか流線型で柔らかでというものではなく、立体的なダイナミックさ、躍動感を感じさせるものになっていて、それまでの静かな威厳さを感じさせる印象から変化した印象があります。一言でいえば「静から動へ」という感じでしょうか。
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グッとモダンになったヘッドライトまわり。
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リアピラーは穏やかで風をすっと後方へ流し去る空力の良さを感じさせながら、おなじみの位置にあるクラウン伝統のエンブレムをきれいに配置し、あぁクラウンだなという印象を与えます。
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内装も、豪華さだけではなくて丁寧な設えを感じさせるようになってステッチなどもずいぶん上手な雰囲気で入るようになりました。

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全長4,840mm×1,780mmと11代目より全幅をさらに+15mmしたこのスタイルは、前後オーバーハングを詰めたこともあって適度なワイド感があります。先代の頃は、同クラスの私も好きだったオペル・オメガと同程度のディメンションでしたが、この頃から目立って肥大化する傾向の出てきた欧州車と比べて再びスリムさが数字に出てきました。この時代、例えばメルセデスのEクラス(W211型)は、全長4,820mm×全幅1,820mmと先代から+20mmされています。クラウンは、再び日本独特のディメンションになり始めた頃です。この時代以降、欧州車は競争激化によるクラス構成の変化が出てきて、特にDセグメントとEセグメントの統合・再編により、Dセグメント車が大型化する要因になりました。私の好きだったオペル・オメガは2002年に販売中止となって、同時にオペルはEセグメントから撤退しました。プジョーはこの時代に生産していた607がEセグメントとしては現状では最後で、Dセグメントの407と統合し、2011年に508に整理をしています。このため、508は、全長4,800mm×全幅1,860mmとDセグメント車としては大きすぎるサイズになってしまいました。プジョーとシャシーを共用するシトロエンも同じ流れの中にあって、かつてはとても使いやすいサイズだったシトロエンのエクザンティアは、C5へ進化し、EセグメントのC6が生産中止になりクラスから撤退した状態になると一層C5が大型化、2007年に登場した現行型C5は、全長4,795mm×全幅1,860mm、回転半径は6.1mにもなり、これでは日本市場に合いません。結果的にC5は今年5月に日本市場からの撤退が発表され、国内販売のDセグメント車はCセグメント車のC4ベースのDS5だけになってしまいました。そのDS5も全幅は1,870mmもあり、回転半径は5.7mとEセグメントクラスのクラウンが国内用に1,800mm、回転半径を5.2mに抑えているのとは対照的に肥大しつづけています。この流れの中にあるのが、欧州車的なラインナップ構成をとるマツダ車のアテンザで、あの特異に欧州車的なディメンション(全長4,860mm×全幅1,840mm)は、DセグメントとEセグメントを統合する欧州車の流れに沿ったものです。クルマの使いやすさとは何なのか、自動車専門誌にはよく解説してもらいたいんです。あの白洲次郎氏は、ソアラの開発助言に当たって、回転半径がもっと小さくならないか、という指摘を出しています。こういう指摘に、今でもクラウンは寄り添っているという風に感じられます。
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13代目クラウン (GSR200系・2008年~)
 ゼロクラウンを一層磨いて洗練させたモデル。この代からハイブリッドが搭載されたことが特徴かと思います。
 デザインはゼロクラウンをリファインしたという感じで、一見見分けがつかないほど似ていますが、良く見ると、全長が伸びている関係からか、ゼロクラウンの方が量感があるふくよかなデザイン、このモデルの方がより日本的な、やや上下方向にやや薄い(つまり細長いというか)印象を与えるように思います。全幅は1,795mmに拡大されていますが、当時の6代目VWゴルフでさえ1,790mmだったことを考えると、既に日本独自のプロポーションといってもいいサイズ設定です。
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こうして流れで見ていくと、クラウンは、フロントフェイスの洗練・変化を大切にしているように感じます。
この13代目は、躍動感のあったゼロクラウンに比べて重厚感を付加したものになっているように思います。これでだいぶ印象が違いますね。
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ヘッドライトのディティールが、メルセデスやアウディなどの派手なデザイントレンドに遅れないようにアップデートされています。より、「走り」という雰囲気が出ていますね。
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それでいて、リアピラーを中心とした後ろ姿は、従来どおりの落ち着いた、上品なイメージを継承していくという風に見えます。非常に空気をきれいに流し去っていくという印象のスタイル。
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走りのアスリート・モデルも代を重ねて、すっかり定着してきました。むしろ、アスリートシリーズの方がメインになってきたように思いました。
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14代目クラウン (GSR210系、2012年~)MC前
 そして現行型クラウンです。(写真はMC前の限定モデル)
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現行型クラウンについては、私の「いつかはクラウン」特集をご参考いただければと思いますが、私にとっては初めて見積もりをとって試乗もして現実的に購入を検討したモデルですので、色々勉強したり感じたりしたことが多くありました。
今回、流れでクラウンを振り返って見たのも、最後の最後に、私なりのクラウンに対するメッセージとともに、飽きない自動車メディアの偏向的な姿勢を批判して終わりたかったということもあります。そんな時、偶然、お台場のMEGAWEBでクラウン特別展があったのでこれだけの写真を撮ることができたことに感謝しています。
そんな思いも込めて、次回は、さらばクルマジャーナリズム特集のひとつとしてクラウンについて書いてみたいと思います。

2015.9.20 トヨタ MEGAWEBにて
SIGMA DP1 Merrill

by bjiman | 2015-10-22 05:00 | CAR | Comments(0)

トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~日本人の誇りを載せて⑤~

クラウン特集も5回目。最近のモデルに近づいてきました。

10代目クラウン(JZS150系、1995~) SIGMA DP1 Merrill
 10代目が登場した1995年は平成7年。私はホンダビートに乗っていた頃ですから、このクラウンが登場した頃の同時代の思い出はないのですが、今眺めてみると、先代マジェスタでぐっとモダンになったデザインを継承し、モダンでメルセデス風のところもありつつ抑制のきいた落ち着いた上品さがあって、あぁクラウンいいなぁと思うデザインです。
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フロントグリルのデザインも伝統を継承しつつ一層凝った造形になり、また、塗装の品質が非常に良くなった印象があります。これらが合わさってより高級な品質感を感じさせるようになったと思います。
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クラウンはこの世代から先代マジェスタに続いて伝統のフレーム構造から現代的なモノコック構造に変わりました。そもそもフレーム構造を用いたセダン自体クラウンにしか残っていなかったものを止めたということなのですが、こうした辺りにもトヨタの時代に流されない「自分の考え」を感じます。フレーム構造を残していたのはクラウンらしい乗り心地と静粛性を優先してのことでしょうし、この時代、モノコック構造に変更したのは時代が求める安全性と軽量化によるエコのバランスを取った結果なのでしょう。
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先代辺りから、クルマ自体のデザインそのものが上品だな、好きだなという風に思ったのは、これまで書いてきたこととある意味矛盾するのですが、特にこの代から横幅を1760mmとしっかり取って5ナンバー時代の1700mm以下のボディから開放された伸びやかさにあるのではないかと思います。4,820mm×1,760mmのボディサイズは、例えば同時代のFR車で私が好きだったオペル・オメガ(4,790mm×1,785mm)から見ても僅かに細身な程度で、Eセグメントの欧州車基準に近いものです。この時代、欧州車は今よりもだいぶ手頃なサイズのクルマがありました。この後欧州車が肥大化していくことが、クラウンのサイズが日本独自なものになっていくことにも繋がると思います。
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内装も、かつてのキャディラック辺りを彷彿とさせるようなソファ風のものから、すっかり様変わりし、ドイツ風の硬質なものよりも優しく、好印象な独特の日本風ともいうべきものになったと思います。
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11代目クラウン(JZS170系、1999年~)
 11代目クラウンは、一見10代目と見間違うようなキープコンセプトのデザインで、実際ボディサイズは全幅が5mm大きくなっただけで全長は同じです。
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大きな違いは、6代目から続いているピラー付きのHT(ピラードHT)から、よりオーソドックスな4Drセダンになったことでしょうか。そのせいか、BピラーからCピラーにかけてのキャビンのスタイルがよりメルセデス的な雰囲気を漂わせています。
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先代と同じ雰囲気でありながらより磨きが掛けられた塗装感、グリルの精密感。
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風格があり、若返りを図っている今のクラウンよりも年齢感が高い感じがありますね。
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インテリアもすっかり現代的になっています。これなら乗ってみたい。
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次回は、クラウン特集の最後になるかな、2000年以降のモデルを特集したいと思います。
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2015.9.20 トヨタMEGAWABEにて
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by bjiman | 2015-10-14 02:35 | CAR | Comments(0)

トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~日本人の誇りを載せて④~

プロ野球解説の張本勲氏が、先日メジャーリーグのフロリダマーリンズの最終戦でイチロー選手が投手を希望して勤めたことに対して「お客さんや他のピッチャーに失礼」だと発言したとのことですが、私はこういう発言を好ましく思いません。ご本人も一言触れたようですが、新聞報道によると、メジャーリーグではスター選手がリタイアする年の最終戦などに希望して投手をすることはあるようですし、普段の試合でも死力を尽くした延長戦で投手がいなくなって野手が投手をつとめていたシーンは私も見たことがあります。そもそもプロ野球選手、ましてやスター選手であれば「高校時代はエースで4番」という選手も多いもので、エースナンバーを背負った投手は、野球選手の憧れでもあるでしょう。もちろんイチロー選手だって高校時代の途中までは投手でもありました。スター選手になっても一度、投手をやってみたいという素直な憧れを少年のように持ち続けているということも素敵なことだと思います。少年達に夢も与えることでしょう。こうした他国の通常の習慣に対して尊重することができない方は、自国の文化も大切にすることができないと思います。日本のスポーツ界を盛り上げることもできないでしょう。イチロー選手はグローバル規格の真のプロフェッショナルで、メジャーリーグでも尊敬されていると思います。だからこそ、投手をするという希望も叶えられたのでしょう。こうした真のプロフェッショナルに対してはもっとリスペクトすべきだと思います。もっと言えば日本だってこうした習慣を見習っても良いのではないかと思います。オールスターでイチロー選手が投手をつとめた時、ピッチャーの高津投手を代打に出したことがありますが私はこの方が疑問でした。プロ野球はプロフェッショナルスポーツであると同時にトップエンターテイメントでもあります。同じように比較することは出来ませんが、フィギュアスケートのエキシビジョンではシングルの選手がペアを演じることもあるようですが、私はこれがペアの選手に失礼であるとは思いません。オールスターのプレミアを高めるのであればメジャーのように1試合限定にすれば良いと思いますが日本は興業優先の立場が目立ち3試合もやっていました。非常にちぐはぐだと思うのです。
いつも思う事ですが、日本が真の意味でグローバルになるためには、グローバルバージョンの基準と国内基準の複眼的なスタンスを持つ必要があると思っています。クルマだって同じだと思うのです。
トヨタクラウンは、複眼的な視点を踏まえた「国内基準」のクルマです。クラウンはその成り立ちから「日本のために」生まれたクルマでした。輸出されたこともありますが、通産省が自動車を国内産業として育てるために設定した小型車規格(5ナンバー)の枠いっぱいのサイズを守って作られ、国際基準から見たら縦長で細身のスタイルをずっと堅持し、5ナンバーの殻を超えてからも、グローバルサイズになるのはカムリやレクサスに任せて、横幅を1.8mに抑えつつ「日本の高級車」として育ってきたのです。日本にクラウンがあるからこそ、グローバルに打って出たレクサスは安心してグローバルサイズを取る事ができ、グローバルな基準に合わせたクルマ造りが出来るのだと思います。
経済コンサルタントの方が書いた記事で、アメリカでベストセラーになっているカムリやアコードが日本で売れないのはおかしいというものを読んだことがあります。カムリやアコードはアメリカの嗜好・規格に合わせて作られています。販売台数が桁違いに多いのですから当たり前のことだと思います。かといって、そうしたものが日本でそのまま使いやすいかと言えばそうともいえないと思います。アメリカの食事がそのままでは多くの日本人には量が多すぎるといったことと同じ事です。一方では、自動車専門誌がカムリに対して「白物家電のような」とか「ふわふわのハンドリングで」とかこれまた欧州車偏向の観点からのみ捉えた批判をしていることもおかしなことです。アメリカという異国で13年も連続してセールス1位を取る仕事の素晴らしさを認めることのできないジャーナリズムというのは何なのかと思います。こうしたリスペクトのない評価が科学者が逃げるという現象にも繋がってしまいます。単眼的な議論はクルマを使うユーザーにも社会にも寄り添っておらず、結果にも結びつかないものだと思います。トヨタはグローバルと国内基準の「複眼的な視点」を大切にしているのではないかと思っています。それがクラウンの60周年という伝統につながっているのでしょう。

7代目クラウン(MS120系・1983~) SIGMA DP1 Merrill
 7代目クラウンは、私がクルマに興味を持った大学時代のジェネレーションなのでとりわけ思い出深いクルマです。
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私が免許を取った時の教習車はクレスタでした。世の中は「マークⅡ三兄弟」と呼ばれたクレスタ、マークⅡ、チェイサーの三兄弟が人気を呼んでいた頃。マークⅡやチェイサーもそうでしたが、この頃のトヨタのハードトップは、ピラーがガラスに隠れて一見ピラーレスのように見えるというタイプのもの。この2世代前までは2DrHTがあり、それを継承するようなカタチでの4ドア版なのでスポーティさを演出する意図があったのでしょう。
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この世代で好きだったのが後でマークⅡにも似たデザインが採用されたリアピラーのクリスタルピラー。クラウンらしい高級感と上品さが演出されていたように思います。
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今のクラウンとは隔世の感があるのが当時多かったアメリカン・セダンスタイルのソファみたいな内装。これは当時からあまり好きではなかったです。
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クラウンを代表するコピー「いつかはクラウン」はこの7代目時代の「’いつかはクラウンにと多くの方がおっしゃいます’」から来ています。
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エンジンは3ℓ直6もありましたが、2ℓスーパーチャージャー付きもありました。2ℓにもこうしたハイレベルなエンジンを積んだのは、この時代はまだボディサイズの設計の基本は5ナンバーで、バンパー長を抑えた5ナンバー車を用意していたからです。
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8代目クラウン(MS130系・1987年~)
 8代目クラウンは、7代目クラウンのデザインをベースにしつつも角が取れ、全体に丸みを帯びると同時に何か品格のようなものが磨かれた印象のモデルです。この当時、トヨタは既に1989年からレクサスをデビューさせることを発表していました。グローバルデザインと国内デザインを区分することを意識していたと思います。この世代の特徴は、3ナンバー車はボディが専用のものになって5ナンバーの小型車ではなくなったことです。1989年(平成元年)の税制改正によって事実上の保護策となっていた5ナンバーサイズの横幅規制(1700mm以下)から開放されることによってクラウンも伸びやかなボディを手に入れました。同時に3ナンバー輸入車の競争力が相対的に強くなる時代でもありました。
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特にこの辺りの世代から、塗装の品質が良くなっているなと感じます。
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クラウンは国産車では唯一といってもいい「グリルのイメージ」を確立したクルマです。クラウンと同じように長い歴史を持つスカイラインが、実際にはインフィニティQ50としてのコンセプトが強いにも関わらず、「スカイライン」というブランドを捨てたくないために、フロントはインフィニティ、リアにSKYLINEと表示する迷走を見ていると、クラウンが確立したイメージはもっと評価するべきだと思っています。
メルセデスのスリーポインテッドスターやBMWのキドニーグリルは無条件に認める日本のジャーナリストは、日本のクラウンのグリルは認めません。不思議な人達です。
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9代目クラウン(JZS140系・1991~)
 私も中古車を愛用したユーノス・ロードスターやスカイラインGTR、セルシオが登場した1989年、ホンダNSXが登場した1990年の頃、国産車は一つの到達点に達した時代だったと思います。80年代以降のアメリカ風からヨーロッパ風へのスタイルチェンジがあってそれがレベルアップし、ユーノスロードスターのようにヨーロッパで高く評価され、BMW・Z3やメルセデスSLK、フィアットバルケッタのようにフォロワーを生むというクルマがとうとう出始めたという意味で私もとても驚いた頃でした。さきほど触れたように日本では1989年の税制改正によって事実上の国産車保護策の撤廃により、それまでは目標であった欧米車と同じ土俵で比べる時代の始まりであったように思います。
 この時代、クラウンも大きな変化をしました。3ナンバー車がロイヤルとマジェスタに分かれ、いわば上級クラウンともいうべきボディが生まれたからです。形式名がそれまでのMS系からJZS系に変わったように、マジェスタはシャシーが伝統のフレーム構造から現代的なモノコック構造を取った初めてのクラウンになりました。すでにアメリカではレクサスも始まり、日本ではセルシオとして発売もされていました。レクサスは当初日本では展開の予定がなかったそうですが、クラウンにはセルシオとは異なる国内専用という性格が強く練り込まれたのではないかと思います。
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塗装の品質の良さが一層感じられるようになり、スタイリングの上品さに艶を与えているように思いました。
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今回改めてクラウンを俯瞰して、この辺りの世代から、私はこの上品さが魅力だと思うようになりました。自分が実際に買えるか買えないかは別にして、「欲しいクルマ」として意識しました。好きなクルマ、好きなデザインでもあります。
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次回は、近年のステップアップしたクラウンたちを取り上げたいと思います。

2015.9.20 トヨタMEGAWebにて
SIGMA DP1 Merrill

by bjiman | 2015-10-12 02:26 | CAR | Comments(0)

トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~日本人の誇りを載せて③~

秋に入り仕事がやや多忙になったため少々間が開いてしまいましたが、写真はたくさん撮っているので元気にやっていきたいと思います。
クラウン特集の3回目。スピードアップしていきたいと思います。

3代目「白いクラウン」MS50系 1967~ (SIGMA DP1 Merrill)
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クラウンというと「白」のイメージがありますが、3代目の頃はまだ法人需要が半分を占めていたという時代、MS50系は、オーナーカーを意識して「白いクラウン」をイメージの前面に出したクルマです。意外な点としてはクラウンが6気筒になるのはこの代からということと、88万円というお値段でお買い得感を訴求したものでもあったということ。現行型クラウンは若返りを図ろうと廉価グレードを設定していますが、そうするとすぐそれを揶揄するジャーナリズムを目にしますが、歴史を振り返れば昔もそうだったと聞くと、やはり歴史を知らないといけないな、と思うのです。
この2DrHT版は3代目でお初の登場で、パーソナル感を出す狙いがあったとか。
今はこういうクルマがありませんが、今あったらちょっと魅力的なボディだなと思います。
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この代のボディから現代に通じる魅力があるな、と思っていたら先代までのアメリカンデザインを捨て、この世代から日本を意識したボディデザインのコンセプトにしたんだそうです。なるほど、と思いました。
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4代目「スピンドルシェイプ」MS60系(1972年)
 4代目の特徴は、先進的な紡錘(ぼうすい)型のボディ。フロントデザインを初め、丸みを持った流線的なカタチがきっとモダンだったんでしょうね。
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この代は、石原裕次郎さんの「太陽に吠えろ」で使われていたので最近、再放送のビデオを見ながら、お~スピンドルクラウンだ!と思っていました。
ちょっと細かいディティールだと、バンパーがボディ同色になっている所なんか、モダンです。
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このワゴン(クラウンカスタム)、デザインがとてもモダン。後ろ向きのサードシートが今見ると新鮮なディティールです。
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伸びやかなボディラインがいい。スピンドルシェイプを感じさせます。
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今のクルマには見られなくなったディティールとしては、ボディに貼ったレザーがありますね。スポーティなレザートップは、私はとても大好きでした。この頃、クラウンのワゴンボディはスペシャルボディということで「カスタム」という名前でした。
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スピンドルシェイプに合わせて、フェンダーミラーも砲弾型でカッコいいんです。
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この代は不人気で初めてクラストップの座を明け渡すことになるのですが、このモダンなデザインがちょっと新しすぎたんでしょうね。特徴的なフロントデザインは、「クジラ」の名称で愛されました。
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5代目 MS80系クラウン(1974~)
4代目が不人気だったために、3年9ヶ月でモデルチェンジされた5代目MS80系は、一転して重厚なデザイン。これ、まだその辺から走ってきそう。「ザ・クラウン」的なイメージがあります。
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6代目クラウン MS110系(1979~)
デザイン的な飛躍が感じられるのがMS110系。80年代を走った最初のクラウンだけに80年代中頃に免許を取得した私にとってはあぁこれがクラウンという感じがあります。
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この代のクラウンって、王冠エンブレムが青だったんですね。なかなかいい色。
2,800ccエンジンを示す「2.8」のデザインもプレミア感がありました。
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この頃、角形4灯ヘッドランプが大好きでしたね。
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さて、明日は私が青春を過ごした頃のクラウンに入っていきたいと思います。

2015.9.20 トヨタMEGAWebにて

by bjiman | 2015-10-10 05:00 | CAR | Comments(0)

トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~日本人の誇りを載せて②~

〈トヨペット マスターラインバン RS-26型 1961年〉 SIGMA DP1 Merrill
マスターラインは、初代クラウンRS型が乗り心地のために前輪にダブルウイッシュボーン式の独立懸架を用いていたのに対し、堅牢製を重視するタクシー業界の意向を勘案してビーム式懸架を用いて初代クラウンRSと同時に誕生させた「マスター」をベースに、マスターの生産中止後、クラウンのデザインに統一して「マスターライン」という名称で登場させたバンです。
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もともとの成り立ちは別のクルマでありながら、イメージをよく統一したムードです。
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この代には、すでに現在と共通するイメージの「王冠=クラウン」エンブレム。
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私が小さかった頃、アニメなどで見かけるクルマは、まだまだ商業車=バンでした。乗用車なんて贅沢で、商売をしている人がこうしたバンを持っていれば凄かったころ。
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荷台のスノコは木製でした。時代を感じます。
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「Masterline」の文字デザインも格好イイです。
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〈2代目クラウン RS40系〉
初代登場から8年後の1962年に登場した2代目クラウン、RS40系は、初代のクラシックモダンなデザインから格段にリファインされ、アップデートされたイメージ。初代は少し英国調な感じもしましたが、これはどこから見てもアメリカンなデザイン。三菱の初代デボネアにも似た感じです。
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シャープなラインは、クラシックメルセデスのSクラスをちょっと思わせます。
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王冠エンブレムもよりはっきりと。デラックスは、105万円だったとか。
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今の時代のデザインとは違いますが、私はこのクラウン、かなり気に入りました。
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1964年には、V8エンジンを搭載したクラウンエイトも登場したそうです。日本のモータリゼーションが本格的な普及を迎えてきたころでしょう。
明日は3代目から行きます。

2015.9.20 お台場MEGAWebにて

by bjiman | 2015-10-02 05:00 | CAR | Comments(0)

トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~日本人の誇りを載せて①~

シルバーウィークの初め9月20日に、お台場にあるトヨタのMEGA WEBで開かれていた「クラウン60周年記念展」に出掛けてきました。

〈初代クラウン・1957 Mobilgas Rally (Round Australia)仕様〉SIGMA DP1 Merrill
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「日本人の頭と腕」で世界を席巻する日本製自動車を作るということは、1910年(明治43年)にトヨタの創業社長・豊田佐吉氏がアメリカで自動車産業を見て以来の理念であったそうです。いきなり結論になりますが、私は、この創業者の思いが今日のトヨタを生み、そして支えているのではないかと思います。
VWの不正事件に掛かる記事を多くの方に読んで頂いて嬉しく思います。新聞などのメディアは連日、VWの経営はとか、VW幹部の責任だとか修理で直せるのか、といった目先のことしか報道していませんが、私はこのようなことに何の興味もありません。今回の不正事件は、世界的に進む環境対策の流れの中で数多くあるメーカーの一つが焦りに任せて行ったことであり不幸なことだとは思いますが、仮に、報道されているようにVWが今回の不正事件を修理で乗り切ることが出来たとしても既に過去のものとなった規制値のクリアに過ぎないこと、目の前の2020年には新たな規制値が導入され、さらに2025年の検討もされているその規制値はディーゼルエンジンも含む現在の内燃機関だけでは乗り切れないとみられている中で、各メーカーとも「その先」を見据えた未来が既に始まっている環境下だということから見れば、ますます激しくなる今後の技術開発においてニッポンの技術を応援したいと思うばかりです。むしろ、こんな時だからこそ、「自分の頭と腕」で考えるべきだという豊田佐吉氏の理念を見ることが大事なのだと思います。
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自動車ジャーナリズムは、VW POLOが出れば「またやられた」、UP!が出た時にも黒船が来襲したかのように「もうダメだ」と書いてきました。ドイツ車のクリーン・ディーゼルが良いとなれば「日本のハイブリッドはエコじゃない」と書いてきました。でも2015年の現時点において、小型車市場はどうなっているでしょうか。アクアもフィットも元気です。ハイブリッドを搭載したカローラの販売も好調です。米国での乗用車販売のシェアは2014年の年間トータルで1~5位まで日本車でした。近未来を見ればハイブリッド車の電気部分を今より少しリッチにしたPHEV車は、これからのますます厳しくなる排気ガス規制を乗り切る上で有効な手段であることは間違いありません。ボルボの自動ブレーキがいい、だからボルボがいいんだというジャーナリストもいます。でもそれなら優秀なスバルもあります。欧州を見なくても良いということではなく、過剰に心配せず、自分の道を確かに歩んでいけば良いのだと思います。

〈初代トヨタ・クラウン 1958年 MODEL RS-L〉
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第2次世界大戦終結後、敗戦した日本は自動車の製造もGHQの許可制であり、敗戦直後の1945年9月25日にまず最初にトラック1500台の製造許可がされてもその台数まで製造できないような状態だったそうです。しかし、日本の占領政策を背負った男・白洲次郎氏が活躍して誕生した通産省は、成長産業として自動車産業を育成する方向を決断します。しかし1948年以後のいわゆるドッジライン政策によって疲弊していた日本経済を活性化させることは容易ではなく、日本銀行総裁だった一万田氏は、「日本で自動車工業を育成しようとするなど無駄。今は国際分業の時代であり、米国で安くて良いクルマができるのだからそれを輸入すれば良いではないか」という趣旨の発言をしたことは有名です。「国際分業の時代」を「グローバル化の時代」に、「米国で」をどこかに置き換えればまるで昨今の議論のようです。敗戦直後の疲弊した状況を考えればやむを得ないとも思いますが、仮に一万田氏の発言どおりにしていたなら、結果論ですが、それからわずか20年もしない1967年に世界第2位の生産台数にまで成長した日本のクルマ産業による活力は得られなかったことになるのです。歴史は繰り返すということを念頭において、今後のチャレンジもしていくべきだと思います。
、、、とこんな環境の中で1950年代の日本の各自動車メーカーは、ニッサンは英国オースティンと、いすずは英国ルーツと、日野自動車はフランスのルノーとそれぞれ技術提携し、分かりやすく言えば外国のクルマのノックダウン生産をしながら技術を学ぶ方法を選んだのに対し、トヨタとプリンス自動車は、最初から独力で開発する方法を選びました。それが、初代トヨタ・クラウンと、プリンス(後のニッサン)スカイラインの歴史の始まりになっていくのです。

〈初代クラウン・RS系〉1955年発売
昭和30年に発売された初代クラウンは、前輪の独立懸架と観音開きのドアが印象的です。
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初代主査の中村健也氏は俳優のような精悍な顔立ちが印象的なエンジニアです。
中村氏は、初代クラウンの設計にあたって、アメリカンなスタイルながら、日本の小型車枠一杯に納めて、乗り心地がよいクルマをコンセプトに据えて開発したとのこと。当時乗用車ユーザーの主力であったタクシーでの乗り降りを重視して乗り降りのしやすい観音開きドアを採用するとともに、乗り心地のために前輪独立懸架を採用するなど、日本のユーザーに優しく、また先進技術を積極的に導入していくという今日のクラウンのコンセプトが早くもここで確立していることを感じさせます。

〈TOYOPET CROWNの文字。トヨペットは、トヨタのペットから来ているとのこと。〉
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初代は、こんなエンブレムだったんですね。
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こうしてみると、私の目にはアメリカンというようり、ちょっとロールスのような英国風の風格も感じたりします。なかなかに上品で、落ち着いた高級車という感じですね。
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初代だけでだいぶ分量を割いてしまいました。次回からは、ちょっとペースを上げていきたいと思います。

2015.9.20 お台場 TOYOTA MEGA WEBにて

by bjiman | 2015-10-01 05:00 | CAR | Comments(0)