カテゴリ:テニアン日記( 4 )

スーサイドクリフ ~この大空と大海原に馳せる想い~

北マリアナ諸島・テニアン特集も今回が最後です。
(1) テニアンのチュルビーチは白い砂の砂浜がとても美しいビーチです。 (Pentax MZ-3,PentaxSMCP-A28mmF2.8,FUJI RDPⅢ)
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(2) テニアンに米軍が上陸作戦を展開したのは、このビーチからでした。そしてここに米軍を迎え撃ったときの日本軍のトーチカが残されています。数多くの弾痕跡が戦争の傷跡を感じさせます。
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(3) フレミングレストラン
ツアーが終わり、フレミングレストランで昼食。悲しい歴史を学び、あまり食欲がわかなかったことを覚えています。
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「M&F HOTEL」の名前にあるとおり、ここは名鉄の資本が入っていた時代があり、名鉄フレミングホテルのレストランでもありました。今は名鉄が撤退しており、内部も改装されたり、併設されていたショップがなくなったりと時々刻々と変わっているようです。
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(4) ここのレストランには前日の夜も来ていました。この頃レストランで取り組んでいた鉄板焼き。シェフが慎重に一生懸命調理している姿が印象的でした。 (SONY Cyber-shotU30)
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(5) ツアーの後、シェフがホテルまで送っていってくれたのですが、前日に会っていたご縁もあってか、送りがてらいろいろ案内してくれました。パパイヤと一緒に。いい笑顔です。
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(6) テニアン島の南端のカロリナス大地は、米軍に占領された後、日本軍が最後の防衛線を張った場所です。ホテルの近くということでシェフが好意で寄ってくれたのだと思いますが、この場所がこの旅でいちばん印象に残りました。 (Pentax MZ-3,PentaxSMCP-A28mmF2.8,FUJI RDPⅢ)
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(7) スーサイドクリフ
  米軍に追い詰められた日本人は、最後の最後、ここの断崖絶壁から身を投じたそうです。テニアンの浅瀬のビーチの水色と違って、断崖絶壁になっている分、ここの海は深く紺碧の色をしています。
鮮やかな青い空と深い紺碧の美しい海が、そんな悲しい歴史とあまりにも対照的で非常に印象に残ります。私たちを案内してくれたシェフの方も祈りを捧げてくれました。
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(8) 沖縄の塔
   テニアン町だった頃は、サトウキビ生産が盛んだったので沖縄県の方が多数移住しており、テニアン玉砕のために沖縄県から移住していた方が多数亡くなりました。沖縄の塔が建てられています。
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写真右は徳島県有志の方が建立した慰霊碑です。
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(7) 鎮魂不戦の碑
  テニアン町だった頃、テニアンに在住していた日本人の方々によって建立されたものだそうです。
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(8) 鳥居の慰霊碑
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鳥居の脇に碑文があります。ここに全文を記載したいと思います。

「碑文」
この大空と大海原に馳せる想い
~日本からこの地を訪れたすべての人々へ~

あなたの純真な心に純粋に美しく映える
この見渡す限りの大空と大海原が、
ひととき悲しみに曇り涙に霞んだ真実を忘れること無く
後世に伝えて欲しいと願います・・・

大東亜戦争当時、
日本を遠く離れこの島を含め南洋の多くの島々で
戦没された軍人兵士『英霊』や、
運命を共にされた当時の在留邦人の多くは、
国家防衛と国民平安の為に尽くされ、
祖国の永続と民族の永遠とをひたすらに願い、
尊い命を捧げられました

激戦の果てに行き場を失い日本民族の誇りに懸けて、
この断崖から紺碧の海に我が子と共に身を投げることなど、
我々には想像もし難い事実であります

平和な次代を残す為に
日本人としての生き方を示し遺された先人達に
感謝の心と敬慕の念を以ってお報いする為、
慰霊の誠を捧げていただければと存じます

散華された『英霊』と戦没者の御霊は、
祖国に帰り靖國神社にお祀りされております

そして幸せに元気よく今の世を生きている
『あなた』を見守っていて下さいます

帰国後は、この島のこの場所であなたが感じた
見渡す限りの大空と大海原の美しさを、
靖國に鎮まる御霊にあなたらしく伝えていただければと願います
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(10) 旅を終えて ~歴史から学ぶこと~
テニアンの海はとても美しいです。まさに南洋の宝石と呼びたくなるほど。
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テニアンは私たち日本人には悲しい歴史を持っています。
グアムの時も思ったことですが、それでも私はこの海の美しさを伝えたいと思いました。
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私たちには辛い歴史のある場所ですが、百聞は一見にしかずでもあります。
歴史は往々にして風化していってしまうものですが、忘れてはいけない歴史もあるのだと思います。
私たちはここに旅行して良かったと思っています。
ただ美しいだけではなく、日本との深い、そして悲しい歴史のある島でした。
南洋の宝石と呼びたい美しい海。そして悲しい歴史とあまりに対照的な断崖絶壁からの紺碧の藍色。。。

短い旅でしたが多くの出会いがありました。日本人のガイドさんやダイビング会社の方だけでなく、チャモロ人の方との触れあいもありました。
ここを訪れた当時、私たちはまだ若く、まだまだ見ていない場所も多くあるので、いつかまたこの場所を訪れることが出来たらと思っています。

テニアン特集を終わります。

2006.4.6~9 北マリアナ諸島 テニアンにて
SONY Cyber-shotU30
PENTAX MZ-3
PENTAX SMCP-A28mmF2.8
FUJIFILM RDPⅢ
Canon CanoScan9000F
by bjiman | 2013-01-23 01:57 | テニアン日記 | Comments(0)

テニアン町だった頃 ~歴史を風化させないために~

テニアン島の歴史は戦争によって翻弄され続けた歴史でもあります。
この地域の歴史は古代チャモロ人によって始まりますが、グアムなどと同じくスペインによって支配されます。現在の名前「北マリアナ諸島」の「マリアナ」もそもそもはスペインの王女・マリア・アナに因むというのだから歴史というのは皮肉なものだと思います。スペインが米国との米西戦争に敗れるとスペインはテニアンの支配権をドイツに「売却」。第一次世界大戦でドイツが敗れるとテニアンの統治権は日本に移り、国連によって委任統治領となりました。日本は南洋庁サイパン支局テニアン出張所を設けました。そのテニアン出張所がタガハウスを説明するために昭和13年に建てた石碑が今でも残っています。この近くには日本人慰霊碑があります。
(タガハウスを説明する石碑。テニアン在住の日本人ガイドの方の説明を聞きながら。)(Pentax MZ-3,PentaxSMCP-A28mmF2.8,FUJI RDPⅢ)
石碑には、タガハウスの石柱の説明や、この周囲を「テニアン町美化委員会」で掘ったり基礎固めをしたりして整えた事、その際、土化した人骨を発掘したので周囲に埋葬した事等が記載されています。テニアン町美化委員会といったあたりが日本人的だなと思いました。
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(タガハウスとその周囲)
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(2) テニアン町だった頃は、大規模なサトウキビ生産が行われ大きな製糖工場やその運搬のための鉄道などが敷設されるなど小さいながらも整った街に整備されていきましたが、太平洋戦争によってテニアン町は大きく破壊されました。街中にはそんな戦争の傷跡が今でも生々しく残されています。
(街中にそのまま残されている飛行機のエンジンとプロペラ。建物は水産組合事務所跡。弾痕が生々しく残っています。)
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(3) 旧日本海軍通信所跡
   激しい攻撃の後が残り、戦争の激しさを生々しく現代に伝えています。
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(4) 鳥居
   破壊を免れた鳥居がぽつんと立っています。
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(5) 原爆搭載地跡
    テニアンの日本軍飛行場は米軍の占領後、大規模なB29用の基地に拡張され、日本への空襲が行われました。またこの場所は広島に落とされた原爆(リトルボーイ)や長崎に落とされた原爆(ファットマン)がB29に搭載された場所でもあり、その搭載地点はこのようにガラスケースで覆われて内部が見られるようになっています。当初は土で埋め戻し、椰子の木などを植えたそうですが、特に広島型(リトルボーイ)を搭載した地点の方は椰子の木が枯れてしまうなど育たなかったそうです。ここで原爆がB29エノラ・ゲイに搭載されたのかと思うと、私たち日本人には正視に耐えない場所ですが、しかし、悲劇ではあっても知らない事の方が罪深い事のように思うので、しっかり見ました。ピットは広島型・長崎型搭載地点の2カ所がありますが写真という気持ちにはなれずこれ1枚しか撮りませんでした。
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(6) 日本軍航空隊司令部庁舎跡
    玉砕の戦闘が行われた場所。激しい戦闘がリアルに感じられ、写真を撮る気分にもなれませんが忘れないために1枚だけ撮りました。
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(7) オールドビジレッジ
   日本人捕虜の収容場所があったところ。かまぼこ型の宿舎が残っています。テニアンは終戦後、ヤップ島からチャモロ人が移住しましたが、その際にこの場所が使われたので古い町という意味でオールドビレッジと呼ばれているのだそうです。
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今日は時間になってしまいました。
続きはまた明日。

2006.4.8 北マリアナ諸島 テニアンにて
PENTAX MZ-3
PENTAX SMCP-A28mmF2.8
FUJIFILM RDPⅢ
Canon CanoScan9000F
by bjiman | 2013-01-21 01:47 | テニアン日記 | Comments(0)

テニアン島を知る

テニアン島は、アメリカ自治領のミクロネシアのサイパンやロタ島と並ぶ北マリアナ諸島のひとつ。
古代はチャモロ人が自給自足の生活を送っていたと考えられています。

(1)そんな古代チャモロ人の歴史を代表するものが、このラッテストーン。 (Pentax MZ-3/Pentax SMCP-A28mmF2.8/RDPⅢ,以下同じです。)
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高さは4mほどもある石柱です。グアムやサイパンにもあり、北マリアナ諸島の旗にも使われるなど古代チャモロ文化を象徴するものです。
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(2) タガ・ハウスと呼ばれるこの場所には、古代チャモロ人の時代、古代スンハロン村の指導者・タガが住んでいたと考えられています。このラッテストーンは家を支える柱だったとの説や墓石だったのではとの説もありますが古代チャモロ人が滅亡したため分からないままです。この石柱はこの場所を伝える最も古い絵によると12体あった事が分かっていますが現在こうして立っているのは1体のみです。約3500年前のものと考えられています。ラッテストーンはタガストーンとも呼ばれており、まさにここがその象徴ともいえる場所ですね。
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ちなみに下の写真は、グアム島に行った時に撮ったラッテストーン公園のラッテストーン。テニアンのものよりだいぶ小ぶりですが、上のタガハウスのラッテストーンもこれと同じような配置になっていたことが記録の絵で確認できています。確かに高床式住居の足のようにも見えますね。
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(3) そのタガ王朝時代、タガ王専用の水浴び場とも言われるビーチ。こじんまりしていますが、とても美しいビーチです。
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美しいテニアンブルーを鑑賞できます。
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このように整備されています。
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テニアンブル-を感じていただけると嬉しいです。
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(4) こちらはデジタルのサイバーショットで撮ったもの。デジタルとフィルムの違いで色合いも違います。 (SONY Cyber-shot U50)
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翌日にもここを見学に行きました。この時は子どもたちが楽しそうに遊んでいました。
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洞窟探検かな。
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(5) ブローホール
 テニアン観光ポイントのひとつ。潮吹きの高さは10mにもなることがあるそうです。
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今日は日本ゆかりの場所まで取り上げられませんでした。
次回に続きます。

2006.4.6~7 北マリアナ諸島 テニアンにて
SONY Cyber-shotU30,U50
PENTAX MZ-3
PENTAX SMCP-A28mmF2.8
FUJIFILM RDPⅢ
Canon CanoScan9000F
by bjiman | 2013-01-17 05:00 | テニアン日記 | Comments(0)

テニアン日記(2006年4月の南洋見学)

今日、1月14日の関東地方は大雪。こんな日は南洋の常夏の色を感じたい。
たまっているフィルムスキャンもこんな時でないとなかなか整理もできないし、、、ということで。
今日は2006年4月6日~9日に旅した南洋の島・テニアン島の思い出を。

(1) テニアン島といえば南洋の美しい白浜とテニアンブル-といわれる海 その象徴のひとつ「タガビーチ」  (2006年4月8日 Pentax MZ-3/Pentax SMC-A28mmF2.8/FUJI RDPⅢ)
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(2) 日本からの直行便はないテニアン。サイパン経由で行きます。この写真はたぶんサイパンの飛行場と、飛行場からバスに乗ったところ。テニアンはサイパンから5kmほどの距離で、私たちが旅した頃はプロペラ飛行機と高速船が選べて私たちは高速船で行きました。高速船は現在は運休中で、現在のアクセスはプロペラ機の国内線のみのようです。でも飛行時間は10分で、コミューターのように飛んでいます。 (2006年4月6日、SONY Cyber-shot 上DSC-U50、下DSC-U30、以後DSC-U30。一部画像修正)
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(3) 宿泊したホテルは、テニアン島唯一のリゾートホテル・テニアンダイナスティホテル。(Tinian Dynasty Hotel&Casino)。このホテルは現在も営業していると思います。日本語のホームページもあり、予約もできるようです。香港系資本のホテルですが、日本人のツアーデスクもあるのでチェックインなど私たちの時は特に不自由しませんでした。私たちの頃はターシツアーズというサイパンの会社でしたが、HPの情報などによるとターシは撤退し、その後、日本人の方がMKツアーズという会社を起業してツアーデスクの運営を継続しているようです。
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ブレブレですが、室内写真です。
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最初の夜はホテルの中華レストラン(ダイナスティコート)で、私たちが行った時は、日本語のコースメニューは高価だったので英語メニューでバラバラに注文しました。高級な感じで、味は良かったです。今ホームページでチェックする限りは、他に日本料理店やブッフェなどもあります。私たちは朝食はホテル内のカジノにあるカジノカフェでハンバーガーを(これは肉の焼き方も聞いてくれる本格的な感じで味も良かったと記憶してます。)、最後の夜はピザ(モンスターピザパブというお店)でピザを食べました。ホームページを見る限り現在もあるようです。
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(4) 翌朝、4月7日の朝は快晴。ホテルのプールを眼下に眺め、その先にあるビーチの青が眩しい。(2006年4月7日 Pentax MZ-3/Pentax SMC-A28mmF2.8/FUJI RDPⅢ)
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(5) ホテル前のタチョンガビーチにて。これがテニアンの白い砂浜。 (SONY Cyber-shotU50、以後同じです。)
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(6) テニアンはサイパンからごく近くですが、ずっと人が少ないです。あまり混んでいないビーチでのんびり遊ぶ人を眺めながら、ベンチに横になってのんびりと。
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(7) タチョンガビーチでは、BIG BOYZ Ⅱ MARINE というアクティビティの会社がビーチを運営していました。ここは当時は日本人スタッフもいて安心して利用できました。閉鎖した、再開したとの情報があったので実際に利用する際はホテルに確認が必要だと思いますが、とりあえずホームページは現在でも日本語ページがありました。
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ここの売りはバナナボートでちょっと沖まで出てウミガメをシュノーケルで見るウミガメツアー。私たちも参加しましたが、とてもキレイな海とウミガメを楽しみました。2006年当時はこんな看板も出ていてわかりやすかったです。(2006年の写真ですので運営や料金はお問い合わせください。)
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(8) カメラをもってちょっとお散歩。
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サンタンカのような赤いお花やハイビスカスなどのリゾートらしい雰囲気のお花たち。
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テニアンは比較的気軽にアクセスできる距離でありながら、マイナーなリゾートでもあるので、個性的な旅がしたい方には興味深いかもしれません。
何よりここはかつて日本が統治していた歴史があるゆかりの深い島です。
明日はそんな歴史を振り返ってみたいと思います。

2006.4.6~7 北マリアナ諸島 テニアンにて
SONY Cyber-shotU30,U50
PENTAX MZ-3
PENTAX SMCP-A28mmF2.8
FUJIFILM RDPⅢ
Canon CanoScan9000F
by bjiman | 2013-01-14 18:34 | テニアン日記 | Comments(4)