カテゴリ:ご挨拶・お礼( 13 )

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2017.8.21 BJIMAN

by bjiman | 2017-08-21 01:19 | ご挨拶・お礼 | Comments(0)

あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます
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本年もどうぞよろしくお願いいたします。
2017.1.1 bjiman

by bjiman | 2017-01-01 00:00 | ご挨拶・お礼 | Comments(2)

年末を振り返って

12月は猛烈な忙しさで、ブログもあまり書けませんでした。たくさんの方のご来訪に感謝します。
あっという間の年末、少し振り返ってみたいと思います。

11月27日 ANAホテル
ANAホテルは結婚式を挙げた思い出のホテルなので、たまに今でも食事に行きます。 (SIGMA DP1 Merrill)
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この日は、中華「花梨」でした。
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このアワビはとてもキレイで、味も良かったです。詳しくは、また来年にでも取り上げたいと思います。
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12月11日 マリー・アントワネット展
六本木ヒルズで開かれていたマリー・アントワネット展に出かけました。
写真は、この展覧会で唯一写真が撮れる展示だったマリー・アントワネットのプライベートな自室を再現したもの。ヴェルサイユ宮殿内にあった「プチ・アパルトマン」と呼ばれたこれらの自室等は、マリー・アントワネットの好みが色濃く反映されたものなのだそうです。意外と地味な感じでした。
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マリー・アントワネットについて深い興味があった訳ではありませんでしたが、展示は興味深いものでした。オーストリアのハプスブルク家に生まれながら、政治的な思惑によってフランスにやってきて後のルイ16世となる皇太子と結婚し、ルイ16世の即位後は女王として激動の時代を生き、フランス革命の中に命を落としていくその人生は、さながらに走馬燈のようで、華やかさと運命の残酷さが大きなコントラストを描いて見るものにその運命の激しさを訴えかけてくるものがありました。
特に印象的だったのは、革命後、処刑に際しての態度の立派さでした。娘に書き残した、ルイ16世がそういったように、自分が処刑されたことを恨んではならないという言葉はなかなかそういう心境になれないのではという点で、王位、女王の位にあった方の品位を感じさせました。また、ギロチンでの公開処刑、市民の見ている前で行われる残虐な行為に、市民革命の恐ろしさを見た思いでした。
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折角来たので、六本木ヒルズの屋上まで上がってみました。
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12月11日 東京ディズニーランドホテル 「CANNA」
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このエゾシカは絶品でした。
詳しくは、これも別項で取り上げたいと思います。
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クリスマスは、日比谷公園の南部亭。この日のお魚メニュー、伊勢エビの一皿はお見事でした。
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今年の年末は、ハワイの話題もありました。私も、2014年の8月にパールハーバーに行きました。
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楽しいハワイ旅行、それも限られた日程の中で、終日見学に要するパールハーバーを見に行くということは、普通、かなり困難なのではないかと思いますが、私の場合は、理解あるツマのお陰で日程をさくことができました。
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百聞は一見にしかず、といいますが、ここに来ないと実感できないこともあります。その代表的なものは、この戦艦「ミズーリ」の巨大さでしょう。
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1945年9月2日、戦艦ミズーリのこの場所で、降伏文書に調印したことで、我が国の敗戦が確定しました。
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我が国では、ポツダム宣言を受諾した8月15日の方が多く取り上げられますが、本当の敗戦日とはここに記された9月2日だ、ということをこの場所に来ると実感します。
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有名な話ですが、この戦艦ミズーリは、神風特攻隊攻撃を受けています。特攻機が突撃した場所は、衝撃でこのように曲がっています。今回、首相の訪問で基地内に突撃した日本パイロットの埋葬を行った話が紹介されましたが、このミズーリでも、亡くなったパイロットの埋葬を海軍式の水葬で行ったこと、この判断をしたキャラハン艦長が敵味方とはいえ、国を守るためにとった行動は米軍にとっても同じ事であると水兵に諭した話とともに紹介されています。ここでは毎日、こうしてビデオ解説つきでこのように紹介しているのです。戦勝国だからできたことなのかもしれませんが、非常に洗練された立派な態度だと思いました。
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ここからは戦艦アリゾナの沈没した上にある「アリゾナ記念館」もすぐ近くですが、アリゾナ記念館は定員が少ないので私たちは入れませんでした。
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時間があったら、基地内にある太平洋航空博物館をごらんになっていただきたいと思います。ここでは真珠湾攻撃の様子が、詳細に紹介されています。
(航空母艦「加賀」から発艦するゼロ戦の様子を再現したもの)
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とても驚いたのは非常に詳細にわたって攻撃の様子が説明されていたことでした。
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浅瀬に停泊中の軍艦を攻撃するために、沈みにくい魚雷を開発して低空からこれを使う高度な技術が真珠湾攻撃のハイライトですが、このことも丁寧に説明されていました。
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投下されると沈み込んでしまう特性を改良工夫した魚雷はわざわざ再現して作ってありました。
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沈み込まない工夫をした、ということは小学生の頃から知っていましたが、実物がこういう木製のフィンによるものだった、ということはこのとき初めて知りました。

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対米戦争など、始めてしまったこと自体が愚かではありますが、山本五十六連合艦隊司令長官が綿密に計画した攻撃内容自体は、米国では「緻密な攻撃だった」と評価されることが多いように思います。真珠湾攻撃の攻撃隊を率いた淵田美津雄氏は終戦後、東京を空襲したドーリットル空襲の元パイロットと親交を深めキリスト教徒になり、米国の市民権も得ますが、氏の聖書を紹介するこんな展示にも、軍人同士の畏敬の念を持って接している様子がうかがわれます。
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一方、年末にNHKが放送した戦艦武蔵の番組は感心しませんでした。


武蔵が沈没した地点が特定され、米国の調査団によって写真撮影に成功したことがきっかけでしたが、その写真の断片をつなぎ合わせてCGを再現したところまでは見事だと思ったものの、わざわざ内容を書き起こしてくれた方がいてこちらをごらんいただければお分かりいただけるように、この番組のテーマは、絶対に沈まない不沈艦がなぜ沈んだのか、ということと、その原因は、防御装甲をつなぐ鋲であり、鋲が爆風に耐えられずに吹き飛んだことが浸水を招いた、というものでした。
これを、番組では「明らかになった武蔵の思わぬ弱点と海軍がそれを知りながら放置した実態。」
と説明しました。ちょっと詳しい方ならご存じだと思いますが、定説を覆すも何も、(いみじくも番組中で紹介しているとおり)これらは、いずれも昭和18年末の大和が受けた攻撃で日本は知っており、大和型戦艦の設計者でもある牧野茂氏が「艦船ノート」として出版している本の内容にあり、同様の指摘をした構造上の問題を指摘した本も以前から出ていますし、ネットのWebサイトを検索してみれば多数その話が出てきます。戦後、米国調査団が「大和のアキレス腱」と指摘しているなど多くの関係者が知っていることが、「明らかになった武蔵の弱点」なのでしょうか。番組では、「装甲板のつなぎ目の弱点は実は早くから危惧されていた事も明らかになった。」としていますが、もうずっと前から設計者が自ら語っているような、色々な本が出版されていて既に指摘されていることが、なぜ「明らかになった。」なのか。
また、「絶対に沈まない浮沈艦」など設計できようはずもありませんし、武蔵はそのように注文された船でもありません。大和型戦艦の防御能力の注文は、「魚雷2本の命中を受けても戦闘力を維持し、3本命中でも沈没することなく基地に帰投できる」といった範囲のもので、実際に武蔵が沈没した戦闘状態でも、魚雷5本、爆弾2発を受けても速力22ノットを維持し、戦闘状態を保っていたそうですから十分基準はクリアしているのです。まして、沈没までには魚雷20本以上、爆弾17発、至近弾20発というもので、こんなに被弾して沈まない設計などあり得ない、むしろよくぞここまで耐えたというのが通常の見解というものです。「海軍がそれを知りながら放置した実態」というけれど、これだけ耐えられたということが、逆に、弱点ではあっても対策するまでの必要はなかったという判断が、「放置した実態」というものではないことも示しているのではないでしょうか。そもそも昭和19年の資材不足の状態で、しかも溶接技術の問題という時代背景を踏まえれば、有効な対策などなかったでしょう。
番組では、武蔵がなぜ水中でバラバラになったのかを執拗に迫り、壊れるはずのないバイタルエリアが壊れて浸水したのではないか、と指摘していますが、魚雷20本も受けるまで沈まなかったという事実が装甲の頑丈さを裏付けていますし、武蔵は沈没の際、煙突から小爆発があったとの証言があることから、バイタルエリア内の機関部分に引火した可能性は十分あり、それが主砲下部の弾薬庫に引火して大爆発を起こしたとしても少しも不思議な結論ではありません。しかも、この番組ではご丁寧に沈没の際にスクリューが回転している様子が再現されていましたが、これは、4軸あった機関室の内側には浸水していなかったとの立場に基づくもので、これは大和でもそういう証言がありますから、やはり浸水がしにくい構造だったことが分かる訳です。そもそも沈没の際の内部爆発は、設計の問題ではありません。
不沈艦というのは、主として、戦艦を受領した海軍と、それを見た乗組員さんたちが思ってきたことで、それは、この戦艦ミズーリを見たって分かるというものです。こんなでっかい船(まして武蔵はこれより大きいのですから)、沈むなんて思わないのが普通でしょう。私は生まれて初めてNHKに電話して苦情を申し上げました。決して悪意があるのではないことはおわかりいただけると思います。不沈艦というものなどない、設計する方は、相対的な不沈、つまり沈みにくい艦だということで、武蔵はそういうものでした。なぜ拘るかと言えば、客観的なことを学ばないと、目が曇ってしまうからです。歴史から学ぶことができなくなる。
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パールハーバーの基地では、日本の攻撃内容を正確に伝えています。この差は大きいなと思いました。
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大艦巨砲主義の象徴のように言われる大和・武蔵ですが、多くの方が大和・武蔵以外の戦艦というと長門くらいしか思いつかないのではないでしょうか。実際日本は、条約破棄後、戦艦は大和と武蔵の2艦しか建造・就役をしていません。起工された3番艦の信濃は航空母艦に変更、4番艦は途中で中止解体になっています。大和・武蔵が計画承認される段階で、当時航空本部長だった山本五十六は、大和・武蔵の建造に反対し、これを認めるならと同時に正規空母の翔鶴・瑞鶴も認めさせ、条約によって戦艦から改装した加賀・赤城、条約時代の龍驤、蒼龍、飛龍、中小型空母の瑞鳳と祥鳳など10艦を開戦時に揃え、その後も改造空母の準鷹、飛鷹などを続々就役させたのと対照的で、これは、当時の日本が、色々な考えはあっても主力は航空主兵だと考えていた証です。大和・武蔵は実戦に出る機会も、その主砲を撃つ機会もほとんどなかったことから揶揄の対象になりますが、問題だったのは船でも時代でもなく、当時の日本海軍には、自らが作り出した航空主兵の時代なりの戦艦の運用というものを思いつかなかったという運用面の問題だという議論が、そろそろ主流になってもいいのではないかと思います。そのことがここ、パールハーバーにくると分かるのではないでしょうか。米国は条約破棄後に戦艦を開戦時までに10隻を就役させていますし、このミズーリに至っては昭和16年起工で就役は昭和19年です。その後30年に退役、昭和61年には湾岸戦争に伴って再就役すらしています。問題とされた大和・武蔵の船体構造も、アメリカの戦艦でも同様の構造を持っているものもあるそうです。こうした横を眺めないで批判するから浅い、客観的ではない議論に沈泥することになるのです。
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2016年は、いろいろなことが動いた「変化の年」であったと思います。
こうした変化の時代にあって、大切なことはしっかり客観的な事実に基づいて時代を見つめ、そして大いに議論することではないかと思います。
来年は、そうした健全な議論がきちんとなされることを期待して、今年の終わりとしたいと思います。

2016.12.31 bjiman

by bjiman | 2016-12-31 11:04 | ご挨拶・お礼 | Comments(2)

新年明けましておめでとうございます


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新年明けましておめでとうございます。
本年も「しゃしん三昧」をよろしくお願いし致します。

2016.1.1 bjiman

by bjiman | 2016-01-01 07:38 | ご挨拶・お礼 | Comments(4)

2015年の年の瀬に

今年もお世話になりました。
〈戸定邸(旧徳川昭武邸〉にて〉 SIGMA DP2 Merrill
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 2015年もあっという間に年の瀬を迎え、我が家でも慌ただしく新年の準備に追われています。
「男着物・3年目の着物道楽」を書いている途中に12月に入り仕事もそれ以外も多忙になってしまい、記事が途中になってしまいましたが、新年に入ったらまた再開したいと思っていますのでよろしくお願いします。
 私にとって、2015年は出会いの年でした。年を重ねたせいか、旧友との再会の機会も増え、また、ちょっとした偶然から町会の役などもやらせていただき、お祭りやお餅つきなどの伝統的な行事などにも触れ、改めてその神事としての意味を知ることができたのは良い機会でした。
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 2015年は、世の中もずいぶん慌ただしく変動した年だったと思います。
 インターネットによる圧倒的な情報量が溢れる一方で、物事をしっかり考えるということがややもすると出来にくくなってきたように感じ、本を読む時間を増やそうということを意識するようになりました。年を重ねれば重ねるほど、自分の無知を知ることになり、若い人から教えられることも増えました。
 テレビや新聞などでは連日、喧しい議論がなされていますが、クルマジャーナリズムの記事でも触れたように、議論に複眼的な視点が欠けていると感じられる機会が多くありました。どんな物事にも多面性があり、ある面から見ればそう見えても、それを裏から見れば違う視点になることが往々にしてあるものです。この頃は地位のある方がおよそ耳障りのよくない発言をされたりすることがありますが、思い起こせば学生時代、私たちが最も重んじていた様式は、自由な議論ということであったように思います。旗幟を鮮明にすることも大切なことだと思いますが、読む人、聞く人の立場も考えてバランスのよい考え方をもっと大事にして欲しい世相だと思います。

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松戸市にある二十一世紀の森と広場という公園は、この地域に豊富にある湧き水を活かした心地よい空間です。
もっとも多いエリアでは1日770トンもの水量がわき出しているとのことであり、ひとつひとつの流れは小さくても絶えずわき出す清水は、私たちの生活を麗し、絶えることのない時の流れを感じさせてくれます。
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写真家・大西みつぐさんのムック「ほのぼの旅情カメラ」は、もともとは「水景譜」というタイトルで雑誌に連載されていた記事をまとめたもので「水」がキーワードになっています。水に誘われて短い旅をする、、、そんなスタイルに惹かれて、今年は何度か養老渓谷を訪れました。
穏やかな気持ちではなかなかいられない日常であるからこそ、清らかな水の流れと心地よく吹き抜けていく風のある森林空間に身を置いて、心身の健康を保ちたいという風に考えていました。

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 白洲次郎さんの著作集「プリンシプルのない日本」の寄稿の中で作家の辻井喬さんは、「私は、風とは自由であり、水と共に我が国の美意識の源なのだ」と書かれていましたが、私もそのように思います。
 また、方丈記に「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。」とあるように、絶えず流れゆく時の流れの前には、一人一人の存在など所詮小さなものであるようにも思います。
 流れゆく清水には、様々なことを洗い流し、新たにしてくれる力があるようにも思います。「水に流す」は私たちの美意識のひとつです。それは、「ノーサイド」のルールに見られるように、ひとつひとつにけじめをつけて前を向いていく考え方にも共感するものです。
 清水の絶えない流れのように、自分も心を磨き、新たにして、飛躍する新年にしたいと考えています。
 来年もどうぞよろしくお願いします。


2015.12.31 bjiman

by bjiman | 2015-12-31 14:08 | ご挨拶・お礼 | Comments(0)

シグマ、レクサス、着物の日々

ご無沙汰してしまいました。
ちょっと袋小路に入ってしまった感がありましたが、自分なりに今後の方針が固まりましたので、これからは迷い無く書いていけると思います。写真はたくさん撮っていますので、ぜひまた見て下さい。

レクサス HS250hは、我が家に来て1年7ヶ月になりました。走行距離は1万キロ弱。ここまでの平均燃費は、16.1km/ℓとなっています。まずはこのレポートから始めたいと思います。 
(H27.6.6 船橋県民の森駐車場にて/SIGMA DP1 Merrill)
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相変わらず私たち夫婦は、森林探索を好んでいます。ここ船橋県民の森は、規模こそ限られているものの、私たちが札幌在住時代に好んでいた野幌森林公園の雰囲気を少し感じさせてくれるいい森の路です。
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紫陽花が可憐な姿を見せてくれました。
(SIGMA DP1 Merrill,F2.8,1/40秒、ISO400)
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着物コレクションも充実してきて、結城紬や大島、お召しなどの基本形から始まり、夏の小千谷縮や夏大島、普段着の久留米絣や会津木綿などが揃いました。だいぶリサイクルなども活用しましたが、こういう過程で学んだこと、これから学んでいくことなどを書いていきたいと思います。
写真は、最近買ったリサイクルの結城紬。10月から着る袷なので、秋を楽しみにしています。緑と黒と茶色の糸が見事に織り込まれたものです。初心者ではありますがこうした着物の魅力を発信していきたいと思っています。
(SIGMA DP2 Merrill)
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そんな私の、「シグマとレクサスと着物の日々」ですが、どうぞよろしくお願いします。

平成27年6月 bjiman


by bjiman | 2015-06-10 01:10 | ご挨拶・お礼 | Comments(0)

あけましておめでとうございます

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新年あけましておめでとうございます。

昨年は、あまりブログの更新ができませんでしたが、今年こそは心機一転、記事を増やしたいと思っておりますのでよろしくお願い致します。

今年の抱負としては、身近なところから、まだ知らない近郊の名所・旧跡を訪ねて見聞を広げること、趣味の取り組みとしての和服・着物について、今年はより積極的に発信することの2点について、特に取り組んでいきたいと思っています。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

2015年1月 bjiman

写真は、上段左が会津・鶴ヶ城、右がハレイワビーチのサンドバー、下段は、左が秋の昭和記念公園、右が香取神宮です。

by bjiman | 2015-01-04 02:29 | ご挨拶・お礼 | Comments(4)

「趣味の探訪」始めます!

長々とブログをお休みしていましたが、そろそろ再始動していきたいと思います。
仕事は非常に多忙な状況が続いているので休み休みだとは思いますが、写真はだいぶ溜まっているので、少しずつまとめていけたらと思います。

(銚子ポートタワーにて) SIGMA DP1Merrill,19mmF2.8
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お休みしている間もたくさんの方にご訪問いただき、感謝しております。
再始動するまでの間、ブログをどんなコンセプトにしていくか、ずっと考えていました。
どんな記事を読んで頂いているのかなぁと記事ランキングの欄をたまに見ていると、シグマの記事、着物(和装)の記事と並んで、レクサスHS250hの記事もずっとベスト10に入っていました。

レクサスHS250hがやってきてからちょうど1年、この間、いろいろなところに走りに行きましたが、クルマの性能も良くなったので以前よりずっと楽に遠くまで走って行けるように思いました。
日本各地には美しい美の数々があり、それぞれの歴史があり、改めて知らない事ばかりだと思い知らされた1年、これからもずっと好奇心を持って探訪していきたい、そんな思いを込めて、サブタイトルに「趣味の探訪」を入れました。

そんなレクサスとのドライブの数々、そして我が儘な趣味として楽しんでいる着物(和装)、もうずっと以前からの趣味である食器、器の数々などを中心に、「趣味の探訪」をこのブログでまとめていけたらと思っています。
どうぞよろしくお願いします!

                                           2014.10.19  bjiman
by bjiman | 2014-10-19 01:13 | ご挨拶・お礼 | Comments(4)

2012年も今日が最後の日。今年も色々ありましたが、9月18日に3つ上の兄が病気で亡くなった事は、とりわけ辛い事でした。
(1) 兄と。横浜ドリームランドにて 
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(2) 3つというのは子どもにとっては割と大きな差です。自分が三輪車なら兄は自転車、自分が幼稚園なら兄は小学校、、、3つ上の兄はいつも自分より先の世界を行っていて、友達というのではなく、大人のように感じるちょっと離れた存在。(写真:兄とおそろいの服で。奥に当時飼っていた犬の「シロ」も見えます。)
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(3) 自分の知らないことをたくさん知っていて、いつも先に行っている兄は、手の届かない憧れでした。
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(4) 兄は自分よりずいぶんと背が高かったし、運動もできて闊達な子どもでした。自分もあの年になったら同じようになるんだといつも意識していた目標でした。
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(5) だからといってこんなに早く鬼籍に入らなくてもいいのに。何より無念であったのは本人だと思うと今年はずいぶん辛い涙を流しました。 (写真:当時住んでいた家の庭で。昔はこの辺りもずいぶん雪が積もったものです。)
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(6) 同じ男の子でも、大きくなるにつれて考え方や好みの違いなどもずいぶんありました。どちらかといえばすべてに闊達で我先にと進む兄に対して私はいつも奥手で周りを見てからいちばん後にやるような、そんな性格でした。(写真:父と着物の正月。兄は1年中半袖半ズボンで通していました。3年後、この時の兄と同い年になったとき私も真似して半袖半ズボンで通してみたら風邪をひいてしまい、同じ事はできないなぁと痛感した出来事のひとつになりました。)
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(7) 中学に進学する頃になると、兄はもう高校生。すっかり生活も変わってしまい、この頃には兄を目標にすることもなくなり(できなくなり)、自ずと自分の道を定めて進むようになりましたが、特にお互い趣味であった音楽のことに関してはこの先もずっと兄は先生となり、たくさんのレコードを聴かせてくれました。後年はずっと何を聴いていても「俺が教えてやったんだろ」が口癖でしたが、実際そうでしたので言われっ放しでした。(写真:中学進学の前に制服を試着して兄と記念写真。)
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大学時代に数年同居しました。当時はお互い多忙でしたからどんな事を話したのかよく覚えては居ませんが、たまに食事などを作るとうまいうまいと褒めてくれた事が嬉しい思い出として残っています。
そんな兄でしたが、もう話すこともできません。ずいぶん先に鬼籍に入った父と、今は2人で好きだったお酒を酌み交わしていることと思い、今年の年末年始は静かに送りたいと思っています。

このような事で、お年始のご挨拶はできませんが、皆さま今年も1年間大変お世話になりました。
来年も「しゃしん三昧」をどうぞよろしくお願いいたします。

2012.12.31 bjiman
Canon CanoScan9000F
by bjiman | 2012-12-31 05:30 | ご挨拶・お礼 | Comments(8)

あけましておめでとうございます

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新年あけましておめでとうございます。
今年は、よい年になると信じて、楽しく写真を撮っていきたいと思っていますので、引き続き本年もどうぞよろしくお願い致します。

(写真は、今年の我が家の年賀状です。今年は昨年一番思い出に残った青森をぐるっと回った旅行から写真を選んでみました。)

2012.1.1 bjiman
 
by bjiman | 2012-01-01 10:52 | ご挨拶・お礼 | Comments(6)