ニッサン・スカイラインについて(ジャーナリズムに意見しておきたいこと)

既に時間が経ってしまいましたが、年末、V6になった初めてのスカイライン、V35型に対する批判記事が目に留まりました。著名な女性の自動車ジャーナリストのもので、V35型スカイラインは「でぶ」で「スカイラインの名前の伝統や思いを微塵も感じさせない」というのです。このような記事に対していちいち反論を書くことは意味がないと思っているのですが、この記事には日頃私が感じている、ジャーナリズムが落ちてはいけないと思うことがいくつかあります。そのことを書くのにちょうどいい記事でしたので、これを題材にして書いてみたいと思います。
私が免許を取った当時、スカイラインは形式名の最初にRが来る最初の型、R3Oでした。この型は、CMのキャラクター(ポール・ニューマンさん)から「ニューマン・スカイライン」あるいは、FJ20エンジンを搭載したRSのフロントフェイスを形容した「鉄仮面」と呼ばれたモデル。小樽の石原裕次郎記念館に行った時に、RSの西部警察バージョンが展示されていたので思わず写真を撮りました。

スカイラインRS (DR30) 西部警察バージョン (SIGMA DP1 Merrill)
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スカイラインの象徴といえば、「GT」の名前、直列6気筒2,000ccエンジン、そして、サーフィンラインとか、4灯丸目のフェラーリのようなリアテールランプ、何より「GT-R」というレースを感じさせるボディタイプ、でしょうか。
でも、このR30タイプにしても、イメージリーダーは直列6気筒の「GT」ではなく、DOHCエンジンを復活させたFJ20Eを搭載した「RS」の方でしたし、鉄仮面スカイラインにはサーフィンラインもありません。スカイラインという名前が想起させるイメージは、「レース」という共通のものがあるものの、ディティールは当然時代の事情、ニーズに合わせて変化しているのです。
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私が免許を取った当時のスカイラインは上記のRSの時代でしたが、現役で路上を走っていたスカイラインはまだまだ「ジャパン」も多かったので、私はスカイラインというとジャパンのイメージが強いのですが、もちろん「教科書」(専門書)などでお勉強したスカイラインは、60年代のプリンス・スカイラインS54Bの輝かしいレース史です。4気筒1,500ccが標準だったプリンス・スカイラインのエンジンルームにプリンス・グロリア用の6気筒2,000ccエンジン(当時はまだOHC)を突っ込むためにホイールベースとフロント部分を延長するという手法は何とも荒々しささえ感じさせるチャレンジングであり、プリンス自動車のエンジニア・桜井眞一郎氏を有名にしました。ライブで体感できない60年代の話でも、本を読みながら興奮したものです。そして、スカイラインのレーシィなイメージとは、そのプリンス自動車を吸収合併したニッサン自身が作成した以下ビデオに語られているとおり、1964年に開催された第2回日本グランプリにおけるスカイラインGT対ポルシェ904の闘いによって形成されたものというのは、我々世代のクルマ好きなら誰でも知っていることだと思います。本格的ミッドシップスポーツカーのポルシェ904と所詮は乗用車ベースのスカイラインGTが闘っても勝負は分かっていること。スカイラインをドライブした生沢徹さんとポルシェ904をドライブした式場壮吉さんは、後に著名な自動車評論家となる徳大寺有恒さんたちも含めて若い頃からの友達同士で、生沢さんが事前に冗談で、1周でもいいから前を走らせてくれと言っていたこと、実際にレースで偶然、式場ポルシェが遅い前のクルマに引っかかったところを生沢スカイラインが前に出たので、その時に、式場さんが、そういうえば1周だけでも、、、の話を思い出して1周だけ様子を見たこと、、、これはご本人同士が認める、偶然が演出したできごとですが、判官贔屓もあって、圧倒的に不利なシチュエーションでありながら1周だけ前に出て大観衆の前を先頭で走ったスカイラインは熱狂を呼んで名を上げたのです。翌日のスポーツ新聞の見出しには「泣くなスカイライン」という文字が躍ったとか。時代の雰囲気を感じさせます。

そしてスカイラインの歴史の中でも燦然と輝くのが、ニッサンとなってからの新型スカイライン、GC10型。とりわけDOHCエンジンのS20型を搭載した、初代GT-Rでしょう。4ドアで始まったGT-Rですが、ツーリングカーレースでの戦闘力を保つため、途中でホイールベースを短縮した2ドア仕様のGT-RにスイッチされたKPGC10は、最終的にツーリングカーレース50連勝という金字塔を打ち立て、スカイラインの中で最も有名な型だと思います。少なくとも私の中では。
スカイラインGT-R KPGC10型 @TOYOTA MEGAWEB (DP1 Merrill)
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リアタイヤハウスの周りにある上下のラインが、スカイラインならではの「サーフィンライン」
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しかしS2Oのような純粋にレーシングエンジンとして開発されたものをデチューンして搭載したGT-Rは当然高価であり、1969年で154万円という価格はサラリーマンにとっては高嶺の花。ですが、この50連勝の活躍が、スカイライン伝説を一層輝かせ、スカイラインの一般車の販売を押し上げていきます。スカイラインの歴代販売台数を見ると、スカイラインというクルマがどういうものだったのか、その一端が分かると思います。
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スカイラインは、2代S54Bの時代、第2回日本グランプリ(64年開催)で名を上げ、販売台数が11万台に一気に増加、3代GC10時代(68年~)、GT-Rのツーリングカーレース50連勝の金字塔で3倍の31万台、続くC110型、通称ケンメリと言われる、ケンとメリーの「愛のスカイライン」の時代('72年~)に歴代最高となる67万台を売り上げています。

ケンメリの時代、GT-Rは作られたものの、第一次オイルショックが1973年、狂乱物価と言われたのが1974年です。排出ガス規制の影響もあって、ケンメリGT-Rは197台しか作られず、レースにも出場しませんでした。
時代が省エネ時代に変わって、脚光を浴びたのは小型の省燃費車です。その代表格がホンダ・シビックでしょう。バズが「愛と風のように」でケンメリの愛のスカイラインを歌ってから4年経ち、それに変わって、当時の時代の寵児だった吉田拓郎が「僕の車」という曲の中で、「僕の車は待っている、ホンダシビック~」と歌ったのが76年。スカイラインはそういう空気感の中で歴代最高となる67万台を売り上げはしたものの、時代の雰囲気はすっかり変わっていったでしょう。スカイラインの販売台数が落ち始めるのが1977年発売のジャパンからというのは、この間の空気感の変遷とリンクしていると思います。私の敬愛する白洲次郎さんは、この頃、ホンダシビックや三菱ミラージュを愛用し、助手席に乗るというスタイルを取り、黒塗りの大型車の後部座席に乗る経営者達を皮肉っていました。そういう時代の雰囲気だったんだろうと思います。

その後、スカイラインは一定の支持がある人気車ではあったものの、結局R34でR型スカイライン、つまり直列6気筒のスカイラインが終わるまで一度も販売成績が上向いたことはありません。あの名車と言われるR32ですら、健闘したものの、トヨタ・マークⅡ3兄弟に端を発する「ハイソカーブーム」の流れの中で大型化した「セブンス」、それこそ当時「らしくない」と言われた「7代・都市工学スカイライン」の販売台数を上回ってはいないのです。要因はいろいろあるでしょうが、クルマは商品で、ユーザーの支持がなければ「ニーズが変わっている」と思うしかないこともあります。スカイラインの歴史はそれでなくても快適性のための大型化と贅肉をそそぎ落とすための小型化の繰り返しでもあり、ユーザーの年齢の高齢化でもあったと思うのです。続きは、次回。私はV35型スカイラインが気に入っていたという立場から、自動車ジャーナリズムが落ちてはいけないと思う視点について、具体的に書いてみたいと思います。

by bjiman | 2017-02-12 13:00 | CAR | Comments(4)
Commented by tamsanpe at 2017-02-13 11:35
興味深く読ませて頂きました。
続きを楽しみにしております。

GT-Rはちょっと縁があります。父が車好きでR33 GT-Rに乗ってたのでたまに乗らせてもらってました。
個人的には大きな車体とデザインがあまり好きではなかったけど、自分の車と比べて「まあ、良く走るな~」と感じたものでした。

僕はデザインが好きでBMのZシリーズにずっと乗ってましたが、二人で買い物に行っても荷物が載せれないしキャリーバックも載らないので、今は14万キロ越えの四駆でガタガタと走ってます(笑)
Commented by bjiman at 2017-02-14 02:15
tamsanpe さんこんばんは。ありがとうございます。お父様がR33 GT-Rにお乗りだったとは、、、滅多なことは書けないですね。
続きの内容は、頭ではできているので、あとはグラフを作ったりしてから書きたいと思います。今週中には載せたいと思いますので
よろしくお願いします。
そうですか、私はGT-Rに乗ったことはありませんが、仰るとおり、特にR33の頃は、ボディも大きくなっていたしよく走る車なのでしょうね。
私はマツダのロードスターに乗っていたので、BMWのZシリーズもとても好きです。今レクサスを駐車している駐車場にもZ4がいるのですが、
そのデザインを初めて見たときは本当に惚れ惚れしたものです。私は、ロードスターは、やはり荷物が載らないし、ということでハッチバック
のシトロエンに乗り換えたのが30代の時でした。定年後か、いつかは分かりませんがいつかはもう一度ロードスターに乗りたいな、というのは
あります。理想はMGなんですが。四駆、14万キロはすごいですね。
Commented by renchiyan3 at 2017-02-16 05:36
おはようございます
ハコスカ今でも飽きの来ないスタイルですね
Commented by bjiman at 2017-02-18 00:08
夢遊さんこんばんは。
そうですね、私もニッサンはこういうスタイルがいちばん好きだなと思います。
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