喜多方市を歩く③熱塩駅に残る旧車両

旧日中線は、ここ熱塩駅(旧耶麻郡熱塩加納村:現・喜多方市)と喜多方の11.6kmを結ぶ地方選で、昭和13年に開業し、昭和59年に旧国鉄の再建計画の一つとして廃線になりました。熱塩駅の駅表示が、かつての鉄道の歴史の記憶をとどめています。(SIGMA DP1 Merrill)
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この駅舎の先に、旧車両がひっそり保管されていました。
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このラッセル車、キ100型という形式のものです。
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雪深かったであろう当時の日中線で、雪を吹き飛ばしていた姿が忍ばれるウイングです。
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ウイングの裏側はこうなっています。雪の猛烈な抵抗に耐えられるようにしっかり支えられています。
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飯野車両 昭和29年、と書いてあるように思えます。調べてみると、キ100型ラッセル車は、国鉄初の単線用鋼製ラッセル除雪車で、昭和3年から昭和31年まで、国鉄と飯野産業等において製造され、全部で194両あったそうです。キ100型からキ293型まであったそうなので、この車両は、キ100型としては最後の頃の飯野産業製のものということになりそうです。(SIGMA DP3 Merrill)
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内部にも入れるようになっています。こういう時、子供のようにワクワクします。(DP1 Merrill)
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中に入ってみます。内部は木造になっていました。明るい水色の塗装。運転席とその後ろに交代用でしょうか、同乗する乗務員用の座席とストーブがあります。
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運転席はちょっと高い部分にあります。運転席側から全体を俯瞰してみました。木造の内装、大きなタンクをまたぐ鋼製の梯子(というか踏み板というか)などの様子がわかります。
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運転席です。ハードな男の職場という雰囲気が満ち満ちています。2席あるようですが、右側は壊れてしまったのか、おいてありました。
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ハードそうな操作系。除雪翼の操作系のようです。私は零戦のコックピットと似ているなぁと思いました。年代的なものかもしれませんが。
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綺麗に整備されています。スイッチ類は可動しそうな感じがします。
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客車の方も覗いてみます。オハ60系客車は、木造車両を鋼体化した、戦後昭和の輸送を支えた車両の一つです。
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オハフ61-2752。オハ61系は1500番台までしかないので、?と思って調べてみると、電気暖房改造車は元番号+2000番なのだそうですので、この客車の元番号はオハフ61-752ということで、初期型0番台のものだと思います。北海道向けに作られたものだとか。三等緩急車です。
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台車部分もきれいに整備されています。保存車両としてはいい見学になりますね。
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三等客車ということで、背板は木製のままでクッションもないし、座席間ピッチも狭く、当時の緩急車両の標準的な定員が80名に対し、この車両は88名と詰め込んだ仕様であるのがわかります。車両も少ない戦後昭和の時代、とにかく輸送量を確保しようという思想が見て取れます。
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車両の窓と窓の間の柱には、日中線が現役時代の写真が展示されています。これは当時の状況がわかりやすく、非常にいい展示だなと思いました。
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列車は長距離運転の仕業に従事するので、こうした洗面台やお手洗いが必須の装備だったんですね。今見ると、なんともレトロモダンな感じがするものです。
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もう少し見ていたかったのですが、先があるので名残惜しく、熱塩駅を後にすることにしました。
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駅では、記念切符が買えるようになっています。当時のままの切符ホルダーのようなものから自分で取る方法。手間もかからず、なんともおしゃれです。100円を入れるのを忘れずに。
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この桜は、日中線が開通した昭和13年に植樹されたものなのだそうです。訪れた時は、運良くきれいに咲いていました。
日中線は開業当時から1日6往復、戦後すぐには朝、夕、夜の1日3往復に削減されたというローカル線で、昼間(日中)に走らないことから、「日中走りま線」等と揶揄されたとか。それでも、地元の方にとっては貴重な鉄路で、誘致に当たっては対象の用地を思い切り安くして融通するなどして配慮したのだそうで、廃線が決まった時は、あの時配慮してあげたのに、、、という複雑な思いがあったとか。朝夕は、鉄道を利用する子供達で賑わうこともあったろう、そんな過去への思い入れが、この保存につながっているのかなと思いました。

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日中線記念館の案内があります。往事の日中線開業の際の住民の歓喜の様子や、戦後、さらなる延伸に期待する運動とその中止、やがて廃線に至る経緯などが詳しく書かれています。
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この辺りの観光案内図です。ご参考まで。
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近くのバスターミナルのようなところに、ライラックが咲いていました。
DP3の解像感溢れる画像は、時にお花を即物的に見せてしまうキライもあるような気がします。 (DP3 Merrill)
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シモクレンは満開でした。
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次回は、喜多方の蔵の町へ行きます。

2016.5.5 @喜多方市、熱塩記念館にて
SIGMA DP1Merrill
SIGMA DP3Merrill

by bjiman | 2016-06-20 10:47 | 東北旅日記(福島、会津) | Comments(0)
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