トヨタ・クラウン60周年記念展に思う~クルマの自虐史観から抜け出せ~さらばクルマジャーナリズム④

クラウンの歴史を振り返っていくと、60周年の歴史を支えたものは、クラウンを選択し続けたユーザーの歴史でもあるという思いに至ります。なぜなら、クラウンは初代RS型が米国に輸出されたことがあるものの、基本的には当時の通産省が国産車保護のために設けた5ナンバー規制に基づく国内独自規格の小型車枠一杯のサイズで企画された国内専用車であり、最初はタクシーなどの法人需要を中心に発展し、高度経済成長とともに高級なオーナーカーとして、地位を得た日本人ユーザーのために作られ続けてきた唯一のクルマだからです。
(オーナーカーを意識して白色のボディカラーイメージカラーにした初のクラウン、3代目「白いクラウン」MS50系 1968年式2DrHT)
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クラウンから2年遅れる1957年に初代が登場し、このまま行けば2017年にはクラウンと同じように60周年を迎えられる筈であるスカイラインも、プリンス自動車時代からの桜井眞一郎主管により開発され、長く国内専用車として愛されてきた歴史がありますが、スカイラインは、10代目のR34型(1998年~2001年)で国内専用車としての使命を終えR34型の後継車は開発が凍結されてしまい、スカイラインとは別に米国用に企画され、開発されていたインフィニティQ35を日本用にはスカイラインとして売るというものに変わってしまいました。私はQ35もデザインが好みではありますが、米国用に別のクルマとして企画されたものを好評だったから日本にはスカイラインとして売るというようなコンセプトでは、歴代スカイラインを愛してきたユーザーの心に響かなかったんだな、ということを今回クラウンの記事を書いていて逆説的に実感しました。それが、今日のクラウンとの販売台数の差になっているんだと思います。

(ニッサンSkyline KPGC10型 GT-R 1970年式)
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「スカイラインは演歌だ」と言われてきたように思います。特にスカイラインGTは、プリンス時代の最後のS54型のとき4気筒用のクルマだったスカイラインGTのフロント部分を伸ばして無理矢理6気筒エンジンを詰め込んだS54B型でスポーツカーのポルシェ904GTSと鈴鹿でレースし、予選時にクラッシュして手負いの状態だった904を抑えて1周だけトップで走ったことで観衆を熱狂させ、負けた翌日のスポーツ新聞で「泣くなスカイライン鈴鹿の華」なんて報道された伝説を持つ、まさに日本人の魂を熱くさせたクルマです。そういうクルマを、インフィニティQ35で「代用」しようという発想がユーザーの心を掴めなかった原因だと思うのです。
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スカイラインといえば、前から走るボディ下部のプレスラインと後ろから走るラインが2本走る「サーフィンライン」が印象的でした。特にとりたてて素晴らしいデザインという訳ではないのですが、スカイラインらしさを感じさせたこのラインは、3代目の「愛のスカイライン」C10型から5代目の「ジャパン」C210型まで引き継がれ、一端なくなっていましたが、皮肉な事に最後のR34型クーペで再登場してそのまま消滅しました。それでなくなるのかと思うと、最新のスカイライン・インフィニティQ50型ではちょっと変形してボディ上部にサーフィンラインが入っています。私はこれを見た時に、あぁスカイラインだなと思って嬉しくなりました。しかし、今のスカイラインはインフィニティQ50ですから、ボディサイズ設定が米国のミドルクラスに合わせてあり、全長4,800mm×全幅1,820mmと、ヨーロッパで言えばDセグメントとEセグメントの境目にあるような大型車になってしまいました。このことも、スカイラインは、ユーザーを見る目が不徹底だなぁと思うポイントの一つです。
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クラウンは14代に渡って、国内専用の高級車として一貫したコンセプトで作られてきました。
そうすると、ユーザーもずっと安心して乗り継いで行かれる。先達に続いて後進も、先達のようになったらクラウンに乗ろうという風に目標にできる。そうやってユーザーの心に寄り添ってきたことが、クラウンをクラウンにしたという風に思います。新旧クラウンを見ていると、まるで、時代に合わせてリレーしているように見えるのです。

(ZEROクラウンから13代目クラウンへ)
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しかし、自動車ジャーナリズムは、多くのシーンにおいてクラウンを認めてきませんでした。むしろ、クラウン的なものを批判し、クラウンを否定してきたといってもいいと思います。
学生時代から社会人になった当初の頃、私が夢中で読んでいた自動車専門誌の鼎談形式の評論集(1984~1992年)が手元にありますが、それを見てみると、例えば1988年の鼎談では、当時の8代目クラウンが初めて5ナンバーサイズの殻を破って3ナンバーボディになった時、その全幅を日本中の道を調べた上でかなり抑制的な1,745mmに抑えたことに対し、暴論であるとは断りつつ、道なんてどうだっていい、駐車場なんか壊すか引っ越せばいいじゃないか、とコメントしています。トヨタのユーザーに寄り添った慎重な考え方が嫌だと言っているのですが、こんな発想をしていたのでは、伝統を紡ぐことができません。何より道や駐車場を考慮せずに拡幅されたら最も困るのは誰かといえば、それはユーザーじゃないですか。ジャーナリズムはユーザーが不在の議論をしているのです。
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一昨年に読んだ専門誌にこんなコメントがありました。メルセデスの現行型ニューCクラスが登場したとき、そのサイズアップが「業界の大方の予想を裏切り、常識的な範囲に収まった」と。私はこれを読んだ時も思ったのは、間違っているのは、その「業界の大方の予想」の方だということです。メルセデスの展示会が地元の伊勢丹であった時、私はセールスマンにそのことを伺ってみたところ、セールスマン氏は、「(Cクラスは)クラウンのサイズを凄く気にしていますから」と言っていました。「業界の予想」という思考の中には、欧州車のトレンドといった視点しかなく、メルセデスでも気にしている「日本のユーザーの視点」がないということを示しているように思いました。(Cクラスの全幅は、1,810mmで現行型クラウンの1,800mmに近い。)

時間になってしまいました。続きは、次回。

2015.9.20 トヨタ MEGAWEBにて

by bjiman | 2015-10-30 02:21 | CAR | Comments(0)
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