(その2)Lexus HS250h

(1) Lexus HS250hは、レクサスでは初めてのハイブリッド専用車です。 (SIGMA DP2 Merrill)
私は、トヨタがレクサスというブランドを20年、ハイブリッドカーを16年かけて育ててきたことをとても素晴らしいことだなと思っています。
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(2) 私たち世代のクルマ好きというと、二言目には欧州車に憧れてきたものです。学生時代に仲が良かった友人がクルマに詳しく、家が自営業だったこともあって仕事用に使っていたメルセデスS300Dに私もよく乗せてもらい、色々教えてもらいました。S300DはSクラスだからもちろん高級なのだけれども、同時にディーゼルで実用車でもありました。質素な内装で室内も決して静かという訳ではないけれど飾らない上品さというものがあり、助手席の足元は先が届かないほど広い。長大なSクラスのボディにシンプルな3000ccディーゼル縦置きのFRなのでボンネットの中はガラガラでハンドルが切れるから、サイズの割にターニングサークルが小さくて大型車なのに小回りが効くこと、高級でありながら実用的でもあったあのSクラスは、今も自分の中でひとつの基準であり続けています。そんな感覚をずっと持っていたので、'89年、ユーノス・ロードスターが登場してから、BMW・Z3、FIAT・バルケッタ、メルセデスSLK、Rover MGFと、欧州メーカーが雨後の竹の子のように2シーターロードスターを発表した時、「欧州車でも日本車の影響を受けることがあるのか!」と驚いたものです。もちろん開発はしていたのでしょうが、先陣を切って発売し、好評を博したのはユーノス・ロードスター(MX5ミアータ)だったという事実は動きません。50万台以上を売り上げ世界で最も生産された2シーター小型スポーツとしてギネスブックに登録されるまでになった、そんなロードスターが私はとても誇らしく、後で自分でも中古車を買って愛車としました。(愛車だったユーノス・ロードスター/Canon PowerShotA5)
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(3) 一方、2シーターのロードスターは、お手本と言われたロータス・エランを持ち出すまでもなく、英国の文化そのものという感もあり、ユーノスもブリティッシュ・グリーンのボディにキャメルのレザー仕様といういかにも英国的なグレードを用意していた事でも分かるように、やっぱりこれは「ヨーロッパの文法」に則ったクルマでした。(私のロードスターは、BBSホイールとナルディのステアリングでした。)
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(4) それだけに、トヨタが独創的なハイブリッドカーのプリウスを世に問い、そして抜群の燃費と未来的なドライブ感覚で米国発のブームを起こし、最初は懐疑的だった欧州車をして、BMWもメルセデスもAUDIも、こぞってハイブリッドを用意せざるを得なくなった時代を作り出したことは、賞賛に値すると思っています。ハイブリッドシステムそのものは、フェルディナント・ポルシェ博士が、メルセデスに引き抜かれる前、ウイーンのローナー社で作った彼設計の2作目の自動車(エンジンでダイナモを回して発電するハイブリッド車)が嚆矢だそうでさすがポルシェ博士だなと思いますが、当時このシステムが普遍性を得た訳ではありません。トヨタハイブリッドはすでに世界中に500万台も出荷したそうですが、最初の100万台を達成するのに10年がかり、それから6年で500万台ということなので、諦めずに追い続けてきたことが実を結んだということだと思います。
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(5) 私は山本五十六氏が帝国海軍の航空技術本部長だった昭和7年頃、まだ外国人が設計に参加している、あるは外国製部品が使われている方が通りが良かった時代に、外国人が設計に参加していない飛行機を作ってみよと指令し、「外国機の輸入は航空科学技術の恥と思わねばならぬ。それは日本科学の試験台だ。もし国産機が外国製の単なる模倣に終わったら、欧米科学に降伏したものと思え、その代わり、これを凌駕する優秀機が作られたら、勝利は日本科学の上に輝いたと思え」と言われたという言葉が好き(プライドをもった考え方という意味で)なのですが、トヨタのハイブリッドカーは、世界に影響を与えたという意味で、クルマではこの言葉が当てはまる初めてのものだったと思います。
(三菱・堀越二郎氏設計の零式艦上戦闘機:SIGMA DP1 Merrill)
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(6) レクサスというブランドを、20年掛かって構築した事も、素晴らしいことだと思っています。 (DP2)
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(7) ブランドイメージってそんなに簡単にできるものではなくて、ずっと挑戦し続けて、評価を受け続けないとできないものです。バッチを付け替えたトヨタ車と言われながら、ずっとチャレンジし続けて、20年がかりで高いイメージを作ってきたこと、まさに「ローマは一日にしてならず」を実践し続けていることが素晴らしいと思います。欧州の牙城は高く諦めればすぐに見えなくなってしまうでしょう。私は、そんなの悔しい。
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終戦連絡事務局次長の要職にあってGHQ作成の日本国憲法原案の翻訳作業に携わった白洲次郎氏は、稀代の自動車好きでもありましたが、氏が後年、トヨタ・ソアラ(2代目)の開発に助言した話はつとに有名です。今回、レクサスを考えるに当たって、氏がソアラの開発に助言した言葉の中で、いちばん好きな「No Substitute」(かけがいのないものを作れ)という言葉を思い出しました。氏は、この言葉を言うためかは分かりませんが、氏が後年最も愛したポルシェをトヨタに寄付した事も、口は出すがカネは出さないというケースが多い中で、なかなか出来ないことだと思います。氏自身、ソアラ初代は購入していたし、2代目ソアラの開発に際しても非常に細かく注文は付けたものの、開発の推移を聞きながら、発売されたら買おうじゃないか、と約束してもいます。(約束を果たせずに氏は亡くなってしまいましたが、夫人の正子氏が購入されました。)
氏も素敵ですが、そういう白洲氏の助言を正面から受け止めたトヨタは懐の深い会社だなと思います。そしてLEXUSというブランドを構築してきた姿勢の中に、氏が残した「No Substitute」という精神がきっとどこかに息づいているのではないかと思うのです。高級を語るにはこういう物語をどれだけ自家薬籠中の物にできるかという事ではないかと思いますし、それはイリュージョンを売るモノであると同時に、受け継がれてきた伝統を売るものだとも思うからです。
もちろんトヨタのハイブリッドも、レクサスというブランドも、激しい競争の中にあって、ホンダはもっと燃費のいいアコードを出しましたし、BMWのクリーンディーゼルも凄いものです。ハイブリッドばかりではなく、ベースのガソリン車の性能向上も必須だと思いますし、ハイブリッドも、バッテリーのリサイクルなど取り組むことは多いでしょう。でも挑戦し続けること、そしてこれまでに成し遂げてきたことには私は賞賛を惜しみません。私はもう外国車に憧れることには飽きてしまいました。もっと国産車を賞賛したいし、賞賛に値するものが溢れた社会の一員でありたいと願っています。そして、注文はつけるがしっかり応援もするという白洲氏の姿勢を見習いながら、生きていきたいなと思っています。

2013.9.28ほか
SIGMA DP1 Merrill
SIGMA DP2 Merrill
by bjiman | 2013-11-03 01:33 | CAR | Comments(0)
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